音楽と映像の主従関係を反転させる
ジム・オルークの新作は、カイル・アームストロング監督による映画、『Hands That Bind』のサウンドトラックである。2021年制作のカナダ映画で、出演者にはウィル・オールダム(ボニー・プリンス・ビリー)も名を連ねている。日本未公開ゆえ、映画自体は未見なれども、「スローバーンな大草原のゴシックドラマ」と評されているというこの映画は、1980年代のカナダの州アルバータの田舎町を舞台にした作品で、現実と非現実とが入り混じったような不可解な出来事や心理描写など、どこかサイコスリラー風の趣となっているようである。
オルークは、アームストロング監督の前作『Until First Light』(2018年)でも音楽を担当している。アームストロングは、長編劇場映画だけではなく、物語的要素によらない、フィルム、ヴィデオを問わず、さまざまな映像メディアや実験的な表現手法を駆使した短編映画を多く制作しているようで、一般的な商業映画とは異なる指向性を兼ね備えた映画作家なのだろう。作品は、映画館だけではなく、ギャラリーやコンサートでのライヴ・パフォーマンスなど、多様な形態で上映されている。彼が影響を受けた映画作家には、スタン・ブラッケージ、ホリス・フランプトン、タル・ベーラ、アレクサンドル・ソクーロフ、ガイ・マディン、アンドレイ・タルコフスキーといった名前が挙げられており、アヴァンギャルドから実験映画をはじめアート映画にいたる広範囲な指向性が伺える。そうしたことも、映画マニアとしても知られるオルークとの協働関係に影響しているのではなかろうか。
アルバムに先立って公開された、「A Man’s Mind Will Play Tricks On Him」のヴィデオは、アームストロング自身が監督、編集を行なっている。映画のサウンドトラックの楽曲のミュージック・ヴィデオが、あらためてその映画の素材を再編集して制作されているというのも、もともとの映像と音楽の関係が転倒しているようで興味深いが、使用されている撮影素材が、監督が好む手法としての、再発見された既存の映像素材の使用(ファウンド・フッテージ)のように感じられるような映像のリミックス感がある。それによって発見されたのが、このサウンドトラックのジャケットの画像が、映画の1シーンを上下逆さにしたものだということだ。
この映画は大草原と大空が印象的だと言われているように、映画中に画面を2分する地平線が登場する。その大草原とそこにたたずむ主人公らしき人物と大空とが逆さまにされている。最初見た時には、それが映画のシーンであることが認識できていなかったが、先のヴィデオに画面がゆっくりと180度回転して天地が逆さになるシーンがあるように、憶測に過ぎないが、映画の再編集によるもので、おそらく映画中にはないシーンなのではなかろうか(クラッパーボード、いわゆるカチンコが出てくるので微妙ではあるけれど)。
そう考えるなら、公開から2年をへて音盤として発表されたこのサウンドトラックは、かつてサウンドトラックだった音楽が、音楽と映像の主従関係を反転させる意図を持ったものとも言えるのではないか。もちろん、それはサウンドトラックとして十分に役目を果たし、映画の内容を表すものであっただろう(楽曲のタイトルは、映画における使用されたシーンとの関係を表しているようでもある)。その上で、映画から切り離された音楽を、あらためて独立した作品それ自体として聴くことができる。オルークの音楽は、ドローンでもなくポピュラー音楽ともちがう、編集を主体にしたものだというが、演奏がどのように編集されているのかはわからない。ジャズ、アンビエント、電子音、といった要素が淡々と緩やかに進行する。
オルークの作品では『Bad Timing』(1997年)のような、「耳のための映画」ともいえる、めくるめく情景が変化していくような、映画的構成を持った作品がある。しかし、本作では実際の映画のために制作された音楽でありながら、映画とこの音盤と、どちらを入口にしてもよく、それによってどちらもが見え方聴こえ方が変わるような、映画と音楽の関係が築かれているのかもしれない。ジャケットの反転した風景は、そんなことを表しているのではないだろうか、とふと思った。(畠中実)
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