2010年代のヒップホップを支えたトロント出身のアーティストによる8枚目のアルバム
過去約10年のヒップホップの歴史を振り返った時に、ドレイクの存在感を否定することはできないだろう。当時は新鮮だった、男性が恋愛についてセンチメンタルに歌うスタイルを確立し(『Take Care』[2011年])、ラッパーとシンガーの二刀流を完全にマスターした(『Nothing Was The Same』[2013年])。富と名声を手に入れた代わりに付いてきた批判を払拭するように、ラッパーとしての力量を存分に世間に見せつけた(『If You’re Reading This It’s Too Late』[2015年])。MVでのダンスでインターネット・ミームの素材を自ら提供したり(「Hotline Bling」[2015年])、ストリーミングでのヒットも欠かすことなかった(「God’s Plan」[2018年])。さらに、ギヴィオン、ウィズキッド、ジョルジャ・スミスなどは、彼の作品でのフィーチャリングをきっかけの一つにし名を馳せている。ドレイクが業界の誰かとビーフをすれば瞬く間にオンライン記事のヘッドラインとなり、常に世間は彼の動向に目を離すことがなかった。ケンドリック・ラマー、J.コールと共にドレイクが2010年代のヒップホップにもたらした影響は計り知れない。
しかし、トロント出身のストリーミング・スターが世界に証明しなければいけないことは、もう尽きているのかもしれない。8枚目となるスタジオ・アルバム『For All The Dogs』について、昔のドレイクが戻ってくると示唆していたにも関わらず、ファンが想像していた「昔のドレイク」と、本人が自認しているそれは違うのだろうか。ドレイクは終始集中していないように聞こえ、話題性のためかわからないが、「Fear Of Heights」ではかつて付き合っていた女性(リアーナ)を中傷的にディス。音楽だけでなくコスメティック・ブランドでも大成功し、今では幸せな家庭を築いている元恋人に相当な未練があるようだ。疲れた様子は、ドレイクだけなく客演にも見える。客演仕事に定評がある21サヴェージは珍しく、従来の能力を発揮していないようにも聞こえる。今夏一緒に北米ツアーを周っていた疲れだろうか、「Calling For You」では言葉に尽きた様子が伺え、「Fah-fah-fah-fah-fah-fah-fah-fah」と連呼。効果的に響いていない。
そんな中でも、アルバムが輝く瞬間はいくつかある。作品の序盤は、その後に続く楽曲に期待を持たせるほどのクオリティだ。フランク・オーシャンの未発表曲「Wiseman」をサンプリングしたオープナー「Virginia Beach」は、インストゥルメンタルに儚い美しさを感じさせる。続く「Amen」もゴスペル調のクラシックな良曲で、ドレイクのラップ、フロウも心地よい。また、お決まりのタイムスタンプ楽曲「8am in Charlotte」では、「金自体が言葉を話す、俺はそれを占い師と呼ぶ(誰かに自分の運を教えてもらう必要がないほどお金を稼いだという意)」など、いくつかのワードプレイが面白いヴァースも披露されている。
その他の記憶に残る楽曲は、イート(Yeat)のラップがダークなレイジ・サウンドにピッタリな「IDGAF」、大活躍中のセクシー・レッドとシザがガールズ・パーティを開く「Rich Baby Daddy」、そして要は、今年の《ドリームヴィル・フェスティバル》にもドレイクを共同ヘッドライナーとして招いたJ.コールとの「First Person Shooter」だろう。コールは2人に加えてケンドリック・ラマーの名も挙げて自分たちをビッグ・スリーと形容し、今年も客演仕事が完璧だったノースカロライナ出身のMCは、ドレイクの影を薄くするほどの存在感だ。
『Dark Lane Demo Tapes』(2020年)を除いて、正直『Scorpion』(2018年)以降にリリースされた作品はストリーミング回数重視の、統一感のない楽曲が集められたアルバムだった。もちろんコンスタントに新しい楽曲をリリースすることも素晴らしいが、リスナーはもう一度、ハングリーでフォーカスしたドレイクの音楽を期待しているはずだろう。そもそも、昨今のヒップホップ作品に置いて、ビジネス重視なラッパーたちは、質よりも量に偏っているのは事実である。この流れは、アーティストの健康的なキャリアのためにも、リスナーにとっても、今後どこかのタイミングで区切りが打たれるべきだ。また、最近のドレイクの女性を軽視した発言も、子供を持つ37歳の男性としては疑わしいものであり、実際世間の目も厳しい。『For All The Dogs』のリリース後、体調管理の優先を理由にドレイクはしばらく休みを取るとも発言している。きっと十分過ぎる額を稼いだはずだろうし、しばらくストリーミングとゴシップから離れた空間で、精神的にも肉体的にも休息を取ってほしいところだ。(島岡奈央)
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