Review

Florist: Florist

2022 / Double Double Whammy
Back

トラウマとの訣別と、仲間達と築く新章

08 August 2022 | By hiwatt

Floristは、2012、3年頃からブルックリンを拠点に活動を始め、フル・アルバムを3作リリースしてきた。結成から変わらぬメンバーで約10年という節目となる今年、4作目にしてセルフ・タイトル・アルバムとなるこの『Florist』を発表した。10周年でSTアルバム、更に全19曲で1時間弱の収録内容から、バンドの相当な意気込みを感じるが、中心人物であるエミリー・アン・スプレイグ(Emily Anne Sprague)の半生と共にこの作品を語らざるをえない。

彼女は、94年にニューヨークのキャッツキルで生まれ、現在はLAを拠点に活動する28歳。コットンのような歌声を持つ優れたSSWである上に、シンセサイザーを操り幻想的なイメージを展開する電子音楽家としての側面も持つ。彼女の人生は、ターム毎に良くも悪くも様々な変化が起こるが、彼女なりの受容方法で乗り越えてきた。ベビーフェイスで幼さの残る印象だが、非常にタフなメンタルの持ち主だ。

『Florist』はコウロギの鳴き声とレイドバックしたピアノをバックに、様々なエフェクトのかかったギターが絡み合う、何かが始まりそうな一夜をキャプチャしたインスト曲から始まる。

続くのはリード・シングルの「Red Bird Pt.2」。Floristの2作目となる2017年作『If Blue Can Be Happiness』の最後に収録されている「Red Bird」の続編である。この2作目の製作中に、スプレイグは母親を亡くしている。当時23歳の若者には余りにも大きな出来事だが、スプレイグは母親の思い出を「Red Bird」に込め、今際の際にこの曲のデモを送ったという。母と子、互いの死の受容を助けた曲であったが、Pt.2ではスプレイグが生まれる前のエピソードや、母が亡くなった後の虚無感、今も傍にいるような感覚を手紙のように綴った歌になった。

この曲を冒頭に据えたことで、母を失った悲しみとの訣別と新たな始まりを同時に表しているように思える。そう考えると、曲中のホーンがファンファーレのように聴こえた。

続いて、再びインスト曲が流れるが、この作品はインスト曲と声楽曲が交互に構成されている。このDJ的にも感じる構成は作品に緩急を付ける効果があり、この作品を傑作たらしめるまでに至った。

これらのインスト曲は、シンセサイザーで作られたアンビエント、楽器の音のサンプルのループ、フィールド・レコーディングで録音された鳥や虫の声等をベースにし、即興的な演奏を重ね合わせている。声楽曲にもこれらの要素は用いられているが、インスト曲はより実験的だ。

Floristだけを聴いてきたリスナーは、この構成に戸惑うかもしれないが、これらはスプレイグがソロ・ワークで会得してきたものだ。2017年からアンビエント。ミュージックに没頭し、特に20年作『Hill, Flower, Fog』は、その3年間の集大成となる傑作で、電子音楽家としての大器ぶりを見せつけた。

電子音楽とフォーク音楽、それぞれを極めた音楽家を思い浮かべた時に、そこまで多くはない。ジムオルークやビビオ、細野晴臣、山本精一などが例に挙げられるだろうが、このレベルの音楽家達に肩を並べるには、相当な才能と努力に加え貪欲さが必要になるのは想像に容易いが、スプレイグは将来的にはこれらの偉人達に肩を並べる素養を持っているかもしれない。

脱線したが、個人的にこの作品で特に印象の残った曲が2曲ある。一つは、死を俯瞰し2つの視点で哲学的に語る「Two Ways」。もう一つは、不安定な生に対する自己催眠にも捉えられる「Organ’s Drone」であり、いずれも死生観がテーマである。Floristを結成して間もなくスプレイグは交通事故に遭い、一時は危機的状況に陥る臨死体験をしており、その体験が基になっている。その達観したその歌詞世界に圧倒的な説得力を感じるのは、彼女の人生がバンドの演奏にまで波及しているからだろう。ソロ・プロジェクトという印象があってもおかしくないバンドだが、彼らの絆は不可侵で強靭なものなのだ。

前作『Emily Alone』は、多数のメディアとリスナーに絶賛されたが、今作はタイトル通りスプレイグが1人で作り上げた。その理由は、母を亡くしたトラウマから、愛する人々を失なうことを恐れるようになり、人間関係を断とうと単身でLAへと拠点を移したからだ。それでもFloristの名義を使用したのは、「As Alone」で“And Emily, just know that you’re not as alone”と自分自身に歌いかけているように、バンドの存在が彼女の心の支えであったからだ。「孤独」をテーマにしているものの、時間をかけて音楽を作ることで心を整え、ハートウォームなものに仕上げた。そしてその年、メンバーをLAへ呼び寄せ、再びバンドとしてこの『Florist』を作り上げた。

次の作品がFloristでも、ソロ名義でも、トラウマを仲間と共に乗り越え、また一つ強くなったEmily Anne Spragueの音楽に更なる期待が膨らむ。とりあえず、これまでよく頑張りました。お疲れ様です。ありがとう。(hiwatt)

More Reviews

1 2 3 73