メキシコ・ルーツのプロデューサーが生み出す“バイカルチュラル”なサウンド
“テキサス”という州の名を聞いて、どのようなものを思い浮かべるだろうか。カウボーイ、カントリー、アラモの戦い、ブッシュ父子……など色々なイメージがあると思うが、スペインに支配されたあとメキシコ領となり、その後アメリカに併合された歴史を見ても分かるように、実は中南米文化と非常につながりの深い地域である。そんなテキサス、ヒューストンを拠点とするSanta Muerte=Frank Brionesもまた、メキシコにルーツを持つヒスパニックのひとりだ。彼はメキシコで生まれ、そこからしばらくメキシコとアメリカを行き来したのち、このヒューストンに落ち着いた。しばらくこの“H-Town”のナイト・シーンでプレイしたのち、2015年に同じくメキシコ系のSinesと意気投合してSanta Muerteを始動。そこで目指したのは、自らのルーツであるラテン・ミュージックを取り入れたサウンドだった。
活動開始後は数枚のシングルに加えて旺盛にエディットやブートを制作し、同じく中南米のサウンドを発信して異彩を放っていたメキシコシティのレーベル《NAAFI》にエディットを提供した。また、ニューヨークの《GHE20G0TH1K》、メキシコシティーの《Infinite Machine》といった著名なパーティ/レーベルにもリリースを残す。同時期にマイアミではNick Leónがレゲトンや《GHE20G0TH1K》の影響を受けて独自のサウンドを作り出していたわけだが、Santa Muerteの音楽もNick Leónと同じく、デコンストラクテッド・クラブの影響を受けた“辺境” (*1) リズムの実験……という大きな流れのなかに位置づけることができるだろう。その後、ケレラ『Take Me Apart』(2017年)のリミキサーにLSDXOXOやケイトラナダなどと並んで起用されたのち、2019年には自レーベルからファースト・アルバム『Diluvio』を発表。この作品ではメキシコ神話の黙示録的イメージを援用し、ダークかつインダストリアルなラテン・サウンドを作り上げた。
こうしたSanta Muerteの音に興味を示したのが、大西洋を挟んだUK、ロンドンの《Hyperdub》だった。南アフリカ、中東、そしてシカゴのフットワークまで多様な音楽に興味を示してきた《Hyperdub》だが、その射程に、ついに中南米のサウンドも入ってきたということだろうか。ともあれ、《Hyperdub》から今年2月にリリースされた4曲入りのEP『Eslabón EP』を見ると、ジャケットには黄色壁の植民地建築と、チカーノ・カルチャーを連想させるMedievalフォントのタイトル、そして、メキシコの歴史や神話をモチーフにしたタイトルが並んでいる。スペイン語のヴォイスが流れるなか、不穏なシンセと重いキックが緊張感を煽る変則的テクノ・トラック「Tonantzin」、アッパーなデンボウに急き立てられるサイバー・レゲトン「Laberinto」と、SF的な雰囲気のトラックはいずれも興味深いが、なかでも気になるのは2曲目の「Coahuiltecan」で、そこでは金属質で重いハットとおどろおどろしいシンセ、そしてスクリューされたヴォーカルが異彩を放っている。
中盤から入ってくるビートも含め、「Coahuiltecan」のサウンドが連想させるのは米南部のギャングスタ・ラップだ。Brionesが拠点とするヒューストンといえば、ゲトー・ボーイズやUGK、E.S.G.、そしてまさに“チョップド&スクリュード”を発明したDJスクリューなどに象徴されるサウスラップの中心地である。実際に、過去のインタビューでBrionesは伝説的デュオ、UGKを讃えて「彼らは地元の英雄だよ! Bun BとPimp Cはヒューストンのアーティストやプロデューサーに道を開いたんだ」と語っていたり、その影響はやはり大きいようだ。Santa Muerteのサウンドには全体に攻撃的な“重さ”があるが、それはかの地のラップ由来のものなのではないか、と思える。そして、そのヘヴィさ、ダークさ、そしてラテンのハネるリズムという組み合わせが、結果としてクラシックなダブステップ──初期の《Hyperdub》を決定づけた音楽――と通じる雰囲気を纏っているのもまた面白いところだ。
冒頭でも述べたが、10年代中盤以降、プロトタイプを破壊しつつ自らのアイデンティティを表現するラテン系ミュージシャンの活躍は際立っている。そのなかでもこのSanta Muerteについて興味深いのは、メキシコに生まれ、ヒューストンで生きるというライフ・ストーリーをそのままトラックで表わしているところだろう。過去のインタビューでBrionesは自らの在り方について、自分は“バイカルチュラル”だと思うと語っている。その“バイカルチュラル”な在り方は、ラテン・ミュージックとサウスラップの融合、さらにはそれを経て未知のサウンドを作り出すこと……に表われているといえる。このように、いま、プロデューサーたちはエスニシティ、ジェンダーなどが絡み合った複雑なアイデンティティをダンス・ミュージックという開かれたフォーマットのうえで表現しており、それはさらにインターネットを通して離れた土地で解釈され、新しい音楽を生み出している。『Eslabón EP』はこうした世界から響く“声”に、今後も耳を傾け続けたいと思わせるのである。(吸い雲)
西欧・英語圏中心主義的な響きのある言葉でどうかとも思うが、たとえば《NAAFI》が“辺境のリズム (Priferial Rhythm)”という言葉をレーベルの綱領に掲げているように、デコンストラクテッド・クラブ以降の非英語圏のミュージシャンにとって“辺境性”というものが創作における自主的な、あるいは戦略的なアイデンティティとなっている側面は否めないため、このように書いている。
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