Review

Melody’s Echo Chamber: Emotional Eternal

2022 / Domino / Beatink
Back

自然と戯れ自由になれ―メロディ・ポシェットが獲得した平穏

29 April 2022 | By Kenji Komai

南フランスから音楽の旅を始めたメロディ・ポシェットによるプロジェクトの通算3作目となるアルバムは、次のように幕を開ける。〈溢れる想い/国境が連れていく/風のなかで思う/心の中で馬と走ろう/孤独を抱きしめる/自然は与え、取り戻す/それが私を永遠に感動させる〉。ゆったりとしたグルーヴのなか、ポシェットのささやくようなヴォーカルは、いつになくリラックスしているように感じられる。この曲が描くファンタジックな光景は、前作『Bon Voyage』(2018年)に収録された彼女曰く「私の困難な人生の旅路を描いた、いささかパンクな」ナンバー「Desert Horse」を思い起こさせる。「私の手にはたくさんの血が流れていて/破壊するものはもう残っていない」(「Desert Horse」)と悲痛なまでの切迫感で歌ったポシェットは、新作で安息の地を見つけたかのようだ。

そこには、フレンチ・アルプスへ居を移し、生まれたばかりの子供そしてパートナーとの新しい生活をスタートしたという実生活での変化が大きな影響を与えていることは間違いない。そして、『Bon Voyage』に続き共同プロデューサーを務めるフレドリック・スワーン(ジ・アメイジング)とレイネ・フィスク(ドゥンエン)との関係性が構築されたことへの自信もあるのだろう。前作の重厚で狂気をはらんだサイケデリアに変わり、シンプルで風通しの良いサウンドスケープが貫かれている。

レコーディングはストックホルムにあるスワーンのスタジオ〈Buller & Bäng〉を拠点に、フレンチ・アルプスとファイルの交換をしながら進められた。スウェーデンの古楽器シターを導入した「Looking Backward」のほか、クラシックの素養を持つポシェットがかねてから挑んでいた弦楽器も大幅に導入。「Personal Message」など自身でヴァイオリンをプレイし、イェンス・レークマンなどのサポートで活躍するマルチ・インストゥルメンタリスト、ジョセフィン・ランスティーンとピースフルな空気を生み出している。この曲に代表される自然の聖域や神秘といったモチーフに、彼女の環境の変化が如実に反映されていることは間違いない。

今作の開放感にもうひとつ大きな貢献を果たしているのが、70年代から活動しプロテスト・ソングを数多く歌うトルコのフォーク・シンガー、セルダ・バージャンの存在だ。10年ほど前、レアグルーヴ/サンプリング・カルチャーからも再評価を得ているセルダの音楽を知ったポシェットは、そのエモーショナルな歌声とトルコ社会の貧困層の悲しみを伝えるアチチュードに感銘を受けた。「Pyramids in the Clouds」はトルコの伝統的な民族楽器サズをフィーチャーした、セルダのサイケデリックなグルーヴを換骨奪胎したプロダクションに仕上がっている。

その特徴的なウィスパーボイスに隠れがちだが、「アーティストの役割はリスナーのために空間を作り出すこと」と音楽の機能について信じてやまず、サウンドのパレットを自在に構成しながら音の密度と隙間で高揚感を伝えるポシェットのプロデューサーとしての才覚については、もっと指摘され、評価されるべきではないだろうか。 アルバム最後の「Alma_The Voyage」でポシェットは、包容力に満ちたストリングスにのせて「私はとても幸せで/とても誇りに思っている」と娘へ語りかける。2012年にファット・ポッサムからデビューして10年、メロディーズ・エコー・チャンバーはポシェットの孤独を反響させ世界に伝える装置であることは変わらないが、こと『Emotional Eternal』においては、リラックスした充足感ととともに、音楽的旅路の末に獲得した平穏を届ける。(駒井憲嗣)

More Reviews

1 2 3 72