開かれた親密さと連れ立って
アンビエントなトーンやジャズの感触、ポップスの軽やかさ、電子音から時には四つ打ちのキックまで。言葉にして並べれば雑多に思われるかもしれない多様なテイストを併せ持ちながら、頬や髪の間を少し掠めるように、フォークの穏やかな風は作品を通してたしかに吹き抜ける。
Andre Ethierはカナダ・トロントを拠点に活動するシンガー・ソングライターだ。ガレージロック的な勢いを持ったThe Deadly Snakesの活動後、ソロとしてはいわゆるシンガー・ソングライター然としたアコースティックギターによる弾き語りを軸としたスタイルのうえで、リズムボックスの多用やエレクトロニクスの装飾、ユニークなもので言えば猫の喉を鳴らす音を混ぜた曲もあったり、宅録ならではの素朴さや遊び心を感じさせてきた。本作でもその非凡さは隠せず、今回のクレジットに並ぶ名前がやはり単なるフォークのアルバムに留まらないことを予感させる。
同じくトロントを中心に複数の名義で活動、過去作より関わっているサンドロ・ペリが今回もプロデューサー兼プレイヤーとして参加。また、画家としても精力的に活動するAndreがその印象的なアルバムアートワークを多数手がけている、という繋がりが意外なJoseph Shabasonもアンビエントを薫らせるジャズの要素を担うサックスとして引き続き参加し、三者ともども地域性の色濃い作品と言えよう。
本作ではアコギは姿を消したがナチュラルな質感は残しつつ、相対的に手法のヴァラエティの豊かさが浮かびあがる。ピアノが引き立つ音像は少しクリアになっただろうか、サウンドスケープはより開放的とも思える。導入である「Caterpillars」は、さらに中盤〜エンディングと3回に分けてアレンジを変えながら、牧歌的でフォーキーなテーマソングとも取れるように繰り返すが、あたかも曲たちがバラバラにならぬよう緩く結びつけているようだ。そんな柔らかな冒頭から一転「Four Short Plays」ではそのパーカッションに、例えばPete brandt’s Method「What You Are」(1980年)なども想起させるレア・グルーヴ的質感が掘り起こされたり、飛躍を承知で言えば、新崎純とナイン・シープス「かじゃでぃ風節」のような抜けの良さすらあったり、ともかく、率直に興奮してしまうようなトラックにまずは心を掴まれた。
かと思えば「S.C.U.D.S Over Broadway」では、まさにShabason & Krgovichのアンビエント〜ニューエイジを巧みに落とし込んだポップネスをストレートに感じるし、「B.C.E」の四つ打ちには抑制されたハウスのようなアプローチも。終盤「Another Flowerpiece」では鍵盤を主体に据えつつ、エレクトロニクスや弦、ポエトリーリーディングをほんの少し含んだようなヴォーカルが、ビートレスな8分間の中で漂い、静かで複層的なアンビエンスが神経をゆっくりと鎮める(ちょうど、サンドロが『In Another Life』(2018年)など、長尺を得意としているのも無関係ではないかもしれない)。
けれども、なぜだろう。変化に気を取られながらも、本質はそこではないとも思う。彼の歌声が常にフォーク的な温もりをもっている事、むしろあらわになっているのは変わらない部分かもしれない。朴訥として深みを帯びながら、シグネチャーであることよりはどことなく懐かしい響き。その歌には常に、聞き手の気持ちが入り込むスペースがいつでも空けられている。間違いなく彼のサウンド、作品であることは明白なわけだが、同時にフォークロアやおとぎ話のように作り手という概念を軽やかに手放すことができるような、そんな開かれた親密さと連れ立っている。(寺尾錬)