Review

Jhené Aiko: Chilombo

2020 / Def Jam
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“STAY HOME”が求めた、癒し、暴力、そして、祝福のソウルミュージック。

18 May 2020 | By Si_Aerts

レコードノイズ、ジャジーなピアノ旋律、まるでシャンゼリゼ通りのクラブで歌うブロッサム・ディアリーとも言えるくらいコケティッシュかつ甘美な歌声が印象的なイントロ「Lotus」。「Lotus」はアジアで神聖さとともに女陰のシンボルとして伝えられるが、ギリシャ神話においては、口にすると“浮世の苦しみから解放され、楽しい夢を結んでくれるもの”ともされている。COVID-19によるパンデミックが社会を揺るがし始めた丁度その頃(2020年3月6日)にドロップされた本作がやけにそんなムードに溶け合ってしまったのは、全く見通しのつかない“STAY HOME”という全ての人に何の前触れもなく突きつけられたであろうメンタルヘルスの問題に、誰もがそんな「Lotus」なるものを見出そうとしたからなのかもしれない。

本作において元恋人であるビッグ・ショーンとの別れがどれほど影響しているのかは確かでないが、何かしらマイナスのエネルギーが“引き金”(2曲目「Triggered (freestyle)」)とならなければ成し得なかった作品であることは否定出来ないだろう。3曲目の「None of Your Concern (feat. Big Sean)」はそんなビッグ・ショーンをフィーチャーした曲ではあるが、二曲編成というどこか隔てを感じずにはいられない構成の中でそれぞれが互いを意識したであろうリリックを書いているという点においても、二人のその時の関係性をうかがえる。それに続く様に、「B.S. (feat. H.E.R.)」、「P*$$Y Fairy (OTW)」、「Happiness Over Everything (H.O.E.) [feat. Future & Miguel]」(『Sailing Soul(s)』収録の「Hoe」のリメイク)と、深みにはまった恋、傷心、憎悪や、自暴自棄、セックスについてなど、特に前半は鬱々とさせる様な内容を扱っている印象だが、アルバムを聴き終える頃には不思議と肩の荷が下りた気持ちになる。繊細な感情の機微を、20曲(1時間3分)という時間の中でゆったりと表現し、やんわりとしてはいるが最終的になんとも味わったことのない「祝福」ムードを心に残してくれる。起こったことすべてを賛美するかの様に。

ギターのアルペジオと残響が清々しい「Speak」、まるで深海の様なアンビエントの中に実の父親であるカラモ・キロンボの語りが入る「Surrender (feat. Dr. Chill)」、“タイヤの跡/私の心には/同じビートなんて無い”と「Born Tired」から、海辺にいる様な開放感を覚える「LOVE」、ナズをフィーチャーした極上のラブソング「10k Hours (feat. Nas)」、天国の兄ミヤギを想う「Summer 2020 (interlude)」。ジョン・レジェンドとのデュエット「Lightning & Thunder (feat. John Legend)」や続く「Magic Hour」では、それでも恋は魔法なのだと立ち返る。“私が死んだら思いっきりパーティーして”、ラストの「Party for Me (feat. Ty Dolla $ign)」はあらゆる大切なものを失いながらも希望を持つことをやめなかった彼女が歌うからこそ大きな意味を持つのかもしれない。

失恋、死別、社会との関わりの中で失う多くの何か。『Chilombo』は、世間で言われる所謂メンタルヘルスの問題そのものが、今も昔も変わらず、その瞬間を懸命に生きる全ての人が抱える問題なのだということを暗に知らせる。ならば、痛みや苦しみと向き合いながらも、時に身を任せ、恋をし、周囲にいる人達と祝杯を交わし合うのが何よりも良い。シンプルなことなのかもしれない。「Party for Me (feat. Ty Dolla $ign)」の最後に彼女の笑い声が聞こえてくる。パーティーをしよう。離れ離れでも。乾杯には青いカップが良い。(Si_Aerts)


■Jhené Aiko
http://www.jheneaiko.com/

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