Review

Beach Fossils: Bunny

2023 / P-VINE
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帰る場所がここにある

27 June 2023 | By Nana Yoshizawa

おどけた愛くるしい表情のウサギがこちらを見ている。まるで憎めない誰かのようだ。もしくは、「最も個人的で傷つきやすく、ソングライティングとプロダクションの面でもこれまでで最高の作品」と話すヴォーカル&ギターのダスティン・ペイサー自身だろうか。今作『Bunny』は脆さのなかに強い愛情がある。「Dare Me」のMVやSNSで仲間と戯れる姿を見せながら、今作は父親になった自分自身とこれまでのビーチ・フォッシルズの活動を誇らしく表現しているように思えた。

デビュー・アルバム『Beach Fossils』がリリースされたのが2010年。少し前の2000年代のUSインディー・ロックは混沌と鮮やかな音楽でごった返していた。なかでも、ニューヨークのブルックリン地区(ビーチ・フォッシルズの拠点)からは、ヴァンパイア・ウィークエンド、アニマル・コレクティヴ、ダーティー・プロジェクターズ、グリズリー・ベア……などのアーティストが頭角を表し、縦横無尽にサウンドを混合してきた。フォーク、モダン・サイケデリック、チェンバー・ポップ、エレクトロニカを入り交ぜる革新的なポップ・ミュージック。そのどれもが作品毎に予想がつかない展開で驚きを伴わせた。そうしたハイブリッドなサウンドは2000年代後半にピークを迎えると、2010年代にはやや下降気味となっていくのだが。

加えて、Mike Sniperが2008年に設立したレーベル《Captured Tracks》との関連も重要だ。ダスティン・ペイサーが妻のケイト・ガルシアと《Byonet Records》を立ち上げるまで所属した《Captured Tracks》は清々しいほどの独創性を築き上げたニューヨークのインディーズ。マック・デマルコ、ワイルド・ナッシング、元メンバーのザカリー・コール・スミス率いるダイヴなどが名を連ね、ビーチ・フォッシルズもまたその一角を支えてきた。マック・デマルコが『Salad Days』(2014年)から積極的に取り入れたシンセサイザーのプロフェット5を始め、リヴァーブやギターに重点を置くサウンドで独自の特徴を持っている。筆者を含め、Lo-Fiでノスタルジックな音楽を探すときに参考にする人も多いだろう。澄み切ったギターの音色、シンプルなアルペジオがゆらゆらとシンセサイザーに絡むインディー・ロックはローカルならではの心地良さがある。このビーチ・フォッシルズのダスティン・ペイサーによるリヴァーブを重視したソングライティングとカチッとハマるのが、2010年代の《Captured Tracks》だったことは幸運な出来事だった。

『Bunny』は懐かしいのに新しい。『What a Pleasure』(2011年)の儚さと『Somersault』(2017年)のレイドバックを融合させたサウンドは、これまでの彼らのキャリアにおいては新しい試みとなる。さらに歌詞においても新しさが垣間見えた。『Somersault』の「Down the Line」で<本当のことは言えない。この頃、僕は正しいことを何もしていないような気がする>と鬱屈した言葉、「What a Pleasure」のとりとめのない散文的な様子など、内省的であることに変わりないが、今作の「Dare Me」で<決まり文句はちょっとやめて、ありのままを話そう。愚かなことを言う勇気をくれ、これ以上のものが必要なんだ>と自身を大胆に鼓舞している。父親になったことがこうした自分と向き合う心境の変化を生んだのだろう。とくに象徴的なのは、娘に宛てた「Run To The Moon」。クスリや酒でハイになっていた自分を引き戻してくれる愛しい存在について綴られた歌詞が、美しいハーモニーに乗って、明るく辺りを照らすようだ。そして父親になる際によぎった、不安や戸惑いの「Don’t Fade Away」へ流れていく。MVでも朝と夜を行き来するように、細やかな感情の動きを紡いでいる。こうした10年ほどの間に4枚ものスタジオ・アルバムを出すほどの精力的な活動と経験を示す、『Bunny』は彼らのエポック的な作品と言ってもいい。

ビーチ・フォッシルズの『Bunny』を聴いていると、ノスタルジーもいいものだと思えてくる。<常に新しいものを作るために、自分のコンフォートゾーンから自分を押し出している>とペイサーは語る。彼にはコンフォートゾーンという帰る場所があるから、勇気がでるのかもしれない。現在もニューヨークのブルックリンで活動する、傷つきやすい彼らの音楽は郷愁を呼び起こす、ぬくもりがある。(吉澤奈々)


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