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Aphex Twin: Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760

2023 / Beat / Warp
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何にも当てはまらないようで何にでも当てはまるみたいな

30 July 2023 | By Shoya Takahashi

5年前にリリースされた『Collapse EP』(2018年)は確かに素晴らしい作品だったが、私たちがエイフェックスに期待するものを詰め込んだファン・サービスのような作品でもあった。『Syro』(2014年)もそうだった。複数のクリティックが指摘したように、エイフェックスの音楽は歳月を経て音の際立ちがはっきりしたこと以外は驚くほど変わっていなかった。この『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』からの先行曲「Blackbox Life Recorder 21f」を聴いたときにも、はじめそれに近い感想を抱いた。音の配置やテクスチャの細かさはウィアードコアが手がけたアートワークのように目をみはるものがあるが、そのほかには意外性の少ない作品だと。

だがしかし、いざ『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』の4曲を通して聴いてみると、私はこのEPをこれまでのエイフェックスに対するイメージのどこに位置づけていいかわからなくなってしまった。置き場を忘れてしまったのか、それとも陳腐なことを書くようだが、そもそもかれの音楽に置き場なんてなかったのか。『Collapse EP』収録の「T69 collapse」は、『Richard D. James Album』(1996年)に代表されるエイフェックス流ドリルンベースだったし、『Syro』もバキバキのテクノ〜ドリルンベースが基調だった。ところが『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』では、そのような激しさや煩雑さは後退している。かといって、『Drukqs』(2001年)のように個人的なメランコリアに耽溺しているわけでもなければ、『Selected Ambient Works Volume II』(1994年)のように無意識と意識の境界をまなざすような作品でもない。『…I Care Because You Do』(1995年)のくぐもった薄汚れたグリッチ・ビートもない。『Computer Controlled Acoustic Instruments pt2 EP』(2015年)ほどの生々しさはないが、『Come To Daddy』(1997年)に比べれば機械的な冷たさはそこまでない。本作を無理やり位置づけるとすれば、『Selected Ambient Works 85-92』(1992年)の陶酔するようなドリーミーな音色と、「Windowlicker」(1999年)のややBPMを落としたブレイクビーツ〜ダウンテンポ路線との両立、とでもいえようか。

と、なるべくエイフェックスのそれぞれの作品に対する表層的な認識を開陳しつつ、この厄介なEPを並べるべき場所を模索してみた。だがかれも同様に、自身のキャリアの表層をなぞり滑空するように、手練れているゆえの奔放さともとれる身振りで『Syro』以降の活動を続けている。それでもやはり『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』のムードはいつになく醒めていて、どこか既視感を覚えつつも納得はしきれない。想定していたものとは違うが驚きも少ないという、不思議な感覚になる。

「Blackbox Life Recorder 21f」にしても「zin2 test5」にしても「in a room7 F760」にしても、1拍目にキック、2拍目にスネアがくる明快なリズムに始まる。「Blackbox Life Recorder 22 [Parallax Mix]」も3、4拍目にスネアがくる大胆なリズムが印象的。人間味を少しだけ残したような、ダウンテンポからビッグ・ビートの気配も感じるブレイクビーツ。どの楽曲も、そんな明快なリズムを徐々に崩すところからカオスを進行させていく。それでも以前の代表的な作品のようなやかましさや閉塞感はない。空間に一体化するようなアンビエンスや粒立ちのよいパーカッション、少しずつ複雑化するパターンは、複雑ながらも心に安定をもたらす。夜にひとりで思考するその時間や過程を形にしたようなサウンドから連想したのは、ブリアルの『Untrue』(2007年)だ。性急に聴き手の気分を揺さぶるのではなく、ただ慎重にじっくりと、じわじわと内部から闇を広げていく。思えば私はエイフェックスに、ドラスティックでラディカルな音楽性の変化ではなく、絶えず自分を安心させてくれる刺激を期待してしまっていた。しかしそれはきっと私に限ったことではなく、次々に与えられる強い刺激に依存して落ち着くことを恐れてしまうのは現在のカルチャー受容を取り巻く病でもあったかもしれない。

エイフェックスの近年の動向を振り返っても同じことを感じる。6月以降いくつかのイベントに出演し今後もフェスティヴァルへの出演が控えているわけだが、それ以前は影を潜めていて作品のリリースも散発的であった。まるで現世から存在をくらまそうとしているみたいに。90年代からテクスチャの細かさと音圧以外はあまり変わっていないように感じた『Syro』や『Collapse EP』のサウンドも、ウィアードコアによるヴァーチャルなヴィジュアル・イメージも、いまのエイフェックスの“実在”を否定するようで、存在すら架空のものになってしまったようだった(とはいえ現代音楽に接近した『Computer Controlled Acoustic Instruments pt2 EP』やテクノ・レコード『Cheetah EP』(2016年)、AFX名義やuser18081971名義でのリリースもあり、コンスタントに話題を生みつづけていたことは留意しなければならない)。だがそうした表舞台に姿を出さないスタイルや散発的なリリースは、“物語”に頼らず音楽そのものと戯れるという、活動初期からの態度であったことを思い出す。エイフェックスは決して、ヴァーチャルな存在としてのアイコン化を図ろうとしていない。先行曲リリースの直前には各フェスティヴァルの会場に、ロゴ入りのポスターがゲリラ的に貼り出された。QRコードを読み取るという、現場での受け手の主体的な行動を誘うこのインスタレーションはソーシャルメディアで大きな話題を起こしたが、それも「俺たちが住んでいるのはリアル・ワールドだぜ?」という揶揄いに近い問いのようにも受け取れる。

2023年に出演したイベントでエイフェックスはSlikbackの楽曲を何度かかけている。Slikbackにも代表される東アフリカの《Nyege Nyege Tapes》、《Hakuna Kulala》的なエレクトロニックは、90年代後半のエイフェックスの作品にみられるような攻撃性や過激さやグロテスクさを持っている。また『…I Care Because You Do』収録の「Alberto Balsam」はTikTok上で、エイフェックスの楽曲とは知られることなくヴァイラル・ヒットしている。やはりエイフェックスの音楽は、そのテイストの先進性やニュアンスの素晴らしさとは関係なく一般化/普遍化していき、刺激的な音楽はさらに刺激の強い音楽によって上書きされ、私たちの耳はより強い刺激を次々に求めていく。そんななか、『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』という作品の突然の発表と、この落ち着いた混沌としらふの夢は、急に貼り出されたポスターのように私たちを踏みとどまらせる時代の節目となりうるか。そしてエイフェックスにとっての新たなフェーズへの予感は、果たして的中するのかそれとも……。(髙橋翔哉)


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