Review

Marika Hackman: Big Sigh

2024 / Chrysalis
Back

大きなため息に覆われたものの正体

20 February 2024 | By Nana Yoshizawa

『Big Sigh』=(大きなため息)に隠されたものは、マリカ・ハックマンの幼少期から抱える不安だろうか。これまでで最もハードだと話す、5年ぶりの新作は終始悲しみに暮れている。交際していたジャパニーズ・ハウスことアンバー・ベインがスランプに陥ったように、マリカも同時期から曲が書けなくなっていたという。本作ではそうした喪失の影響に加えて、幼少期をありありと振り返っている。

前作のシンセサイザーをフィーチュアしたアップビートから一転して、本作は大々的にストリングスやピアノを導入。切ないメランコリックな雰囲気が広がる。とくに冒頭を飾る「The Ground」の<金は地上にある。しばらくの間、幸せだった>という詩的なフレーズの繰り返し、つま弾くピアノのメロディが段々とストリングスに飲み込まれていく様は、映画音楽のように壮大だ。この「The Ground」については、マリカ自らレディオヘッドの「Daydreaming」(2016年)を引き合いに出すなど、本作がレディオヘッドの影響を受けていることを明かしている。同時に、ザ・スマイル『Wall Of Eyes』(2024年)、ウォーペイント『Radiate Like This』(2022年)を手がけるサム・ペッツ・デイヴィスがプロデューサーというのも大きな要因ではあるだろう。また、アルバム後半の「Slime」もストリングスとエレクトロニクスの抑揚が際立つ楽曲だ。こうした悲しみと安らぎを共存させる緻密なストリングスは本作において印象深い。

このストリングスやダイナミクスの影響を受けて、赤裸々な歌詞がより露わになる。子どもから大人に成長する痛みを綴った「Blood」、<ママは私を皮膚の無駄遣いだと言う>といった痛ましい歌詞が印象的な「Vitamins」など血や臓器を用いた生々しい描写が続く。そしてパニック発作を起こさないためのリストでもある「No Caffeine」では<友達みんなと話せ、でも携帯は見るな。><恋から離れよう、服を脱ごう>といったリアリティを伴う言葉がある。それでも感情を吐き出す歌詞は叙情的だ。このリリシズムは、祖母が詩人であることと母親の好んだ詩が強烈な作風だったことに由来しているそうだが、幼少期から身の回りにある不安だけでなく見聞きした詩のエッセンスをも本作で表現しているのかもしれない。

あとこれは筆者の勝手な推測だけれど、アルバム・ジャケットの樹木が気になった。というのは、作品の雄大さや奥行きを表すのに自然と山々を描いていたそうだが、どうもバウムテストを反映したジャケットに見えてくる。美術を専攻していたマリカの意図的な作風かもしれない。左側にある樹木の位置・形とも、本作における過去・幼少期・情景など数多くのイメージに当てはまっていて偶然とは思えないからだ。マリカ・ハックマンの無意識を書き出した本作は、切なくもゆったりとしたカタルシスへ誘ってくれる。この『Big Sigh』に覆われたものの正体は、過去のくすぶっていた感情であり悲劇だ。(吉澤奈々)


関連記事

【REVIEW】
The Japanese House『In the End It Always Does』

去りゆく誰かとの回顧録
http://turntokyo.com/reviews/in-the-end-it-always-does/

【REVIEW】
The Big Moon『Here Is Everything』

 不安と希望、大きな変化を讃えるように輝く精悍なバンドサウンド
http://turntokyo.com/reviews/here-is-everything/

More Reviews

1 2 3 72