Review

Travis Scott: Astroworld

2018 / Epic
Back

過去を背負って生きてゆくというありふれた、でもひたむきな美学

27 August 2018 | By Daiki Takaku

スピーカーから冒頭曲「Stargazing」が流れ出した瞬間、僕らはトラヴィス・スコットの大きく開いた口=『Astroworld』のゲートに吸い込まれてゆく。酩酊を錯覚するようなシンセと、繊細に、そして伸びやかに鳴る研ぎ澄ませたサウス・サイド直系のビート、その上に彼の緩やかなフロウ、オートチューンとディレイの掛かったファルセット・ボイスが重なれば、もう高揚で目が眩んでくるはずだ。「ようこそ!『Astroworld』へ!」という声が聞こえそうな気がしたのも束の間、ブツッと音が切れ突如転調。不穏なサウンドとともに「金も問題も敵も、成功のアメニティだ」と語りかけ、過去を振り返りながら「俺はひどい奴だ、君もそう思うだろ?」と自らを責め立てる。それは幼い彼が地元ヒューストンに実在したアミューズメント・パーク、シックス・フラッグス・アストロワールドのゲートをくぐったときに持っていたはずの野心や無垢さ、それに伴った残忍さはすでに失われてしまったのだとふつふつと実感するかのような。そう、この『Astroworld』と名付けられた全17曲に及ぶ大作にはそんなピュアな感情を失ってしまった自分を憂う感覚がまとわりついている。

ノートリアス・B.I.G.やグッディー・モブの引用を始め、フランク・オーシャン、キッド・カディ、ジェイムス・ブレイク、ザ ・ウィークエンドら多数の豪華な客演、テーム・インパラを含む複数のプロデューサーによるトラック、そしてスティーヴィー・ワンダーやジョン・メイヤーらのアレンジは、絶妙な緩急を持って繊細かつ大胆に纏め上げられており、さながらアミューズメント・パークの如く終始耳を楽しませてくれる。しかし同時に心のどこかにある暗がりが炙り出されてしまう。僕らが抱える、誰かを傷つけ、誰かに傷つけられた、たくさんの後悔や記憶、そしてそれを厭わなかった無垢で愚かで幼かった頃の自分を。リリックの節々で彼はそれに向き合い、ときにドラッグに頼ったり、フレックスすることでそれに背を向ける。本作に刻まれているのは、進んでは立ち止まりを繰り返すそんな1人の人間の歩みだ。それは誰しもが経験することなのかもしれないが、ただなぜだろう、どうしようもなく美しいのは。(高久大輝)

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