Review

James Blake: Assume Form

2019 / Polydor / Universal Music
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一人、愛の海の中を、泳ぎ、時に溺れそうになりながらも、探し当てた音のユーフォリア

20 February 2019 | By Daichi Yamamoto

ママの死や恋人との別れでひどく憂鬱になった、過去とは異なる自分を表現することをロボ声に委ねたカニエ ・ウエストの『808’s & Heartbreak』。「こんなの僕の人生じゃない」と歌いながら同じく複数のロボ声を登場させるフランク・オーシャン『Blonde』。憂鬱に浸る過去と、愛と幸福を知る現在の自分、その間を行き来してしまう自分が複雑に入り交じる、ロマンティックで正直な、この『Assume Form』は、そんな2作をべンチマークとして両脇に並べてもいい。

冒頭の「Assume Form」はそんなアルバムの性格を象徴している。不協和音を含んだようなピアノのアルペジオ。ブレイクが居る部屋に射す光が明るく照らすように、ストリングスの音は段々と厚みを増し、「生の自然と接して」視界が開けた彼は自分の存在を確かめる。「ずっとクリアになっていないか?/繋がっているように感じないか?」その声は、ピッチシフトされロボ声になったもう一人の彼から返ってくる。ナマの声とロボ声を用いることで、外の世界や他者と繋がることの喜びの中に、戸惑いや不安という相反する感情を内包しているようにも聴こえる。

女優のジャミーラ・ジャミリとの交際は、ブレイクに愛についての作品を作るきっかけを与えた。彼女への感謝を歌う「Into The Red」、愛に感動するような「Can’t Believe the Way We Flow」、”死んだほうがマシと思っていたけど間違いだった”という「Power On」を始め、リリックからは運命を見つけたかのように愛に浸っているのが存分に伝わる(自分の顔を何の加工も無く使ったカバーアートもその結果だろう)。

サウンドの変化も驚きだ。正直、これまでのジェームス・ブレイクの音の核である独特の重低音に、私はどこか取っ付きづらい印象を持っていた。『Assume Form』ではそれが、多彩なゲストの歌を包み込むストリングスの響き、旋律に取って代わっているし、それによってリリックで描かれる「エモさ」がこれまでよりダイレクトに伝わり、このアルバム特有のロマンティックなムードが引き立っている。

そうした変化の最大の果実が、ブレイクが私たちへのメッセージを発するラスト2曲である。「Assume Form」から地続きだった気付きを確かなものに、幸福や喜びを感じられる瞬間を「(悲観的になることで)逃さないで / 僕がしてしまったように」と歌う「Don’t Miss It」、眠れぬ人に「大丈夫だよ」と優しく語りかける「Lullaby For Insomniac」。セラピーを必要とする側だったはずのブレイクは、今や私たちを癒す立場に変わっている。

だが、”サッド・ボーイ”だったブレイクの心の中は、本当に一面バラ色になったのか?

このアルバムは、「愛は人を救う強いもの」という普遍的なことを教えてくれるだけでなく、愛の脆さについても考えさせる。どうにも愛が本物か確かめたくなってしまう「Are You in Love」や、「全てがバラ色」と自分に言い聞かせながら「これは現実?」と疑問を投げかける「Where’s the Catch」を聴いていると、喜びの先にある「今いる場所から離れたくない」という依存心がよぎるし、強い幸福感と不安は表裏一体なんだということを思い出してしまう。

ポップスターのように星の数ほどの聴き手を鼓舞することなんて意図していない、裸のままのパーソナルな世界。そういう意味では、ビヨンセからケンドリック・ラマーまでどんなにメインストリームのスターたちに必要とされるようになっても、この作品はジェームス・ブレイクのそれでしかない。兄弟のような声でブレイクと歌い合うモーゼス・サムニー、神に救いを求めるロザリア、そして『Blonde』と同じく憂鬱をテーマにしたヴァースで「楽観的であることは自分を檻に閉じ込める」と投げかけるアンドレ3000。それらは「Assume Form」でのロボ声のように、彼に寄り添う声であり、彼を代弁する声である。この12曲はブレイクが、一人、愛の海の中を、泳ぎ、時に溺れそうになりながらも、探し当てた音のユーフォリアであり、あまりに生々しく混沌としているが、だからこそ最高に美しい。(山本大地)

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