時代に呼ばれ世界に愛される、21歳の"空虚"
スティーヴ・レイシーは、現代という時代に愛されている。これは大袈裟ではない。弱冠21歳にして、文字通り、数え切れないほどのフィーチャリング、ソング・ライティング、プロデュース。話題作のクレジットを見れば、またスティーヴ・レイシーの名が。もはやいちいち作品名を挙げるのも億劫になるくらいで、つまりは今やほとんどの人が何らかの形で彼と邂逅を果たしているに違いない、ということだ。おそらくは、曲を生み出す天才的な瞬発力の高さが彼を“引っ張りだこ”な存在にせしめているのだろうが、同時に、その現象によって彼はその登場からたったこの数年ほどで“世界が求めるギター・サウンド”の定義をすっかり変えてしまったのだ。
『Apollo XXI』はそんな“スティーヴ・レイシー純度100%”のアルバムだ。初の正式なソロ・アルバムにもかかわらず「宅録のデモか?」と思わせる楽曲の雑多さ、相変わらずのローファイさも含めて、である(実際、自宅の空いた妹の部屋をスタジオ代わりに、制作したらしい)。まさかのシタールで始まる冒頭の「Only If」をはじめ、ビートのデッドさが西海岸の正統=Gファンクを思わせる「Like me」、スウィートなソウル風の「Lay Me down」、影響を受けたというマック・デマルコ的なユルいインディー・ロックのようにもとれる「Love 2 Fast」など、振り幅の大きい楽曲たちが本作の中では曲間なくジェットコースターのように急展開していく。そのバラエティこそ、今年で言えばソランジュからヴァンパイア・ウィークエンドの新作まで、ジャンルを問わずに重用される彼の身軽さを表していよう。ただ、アルバムを通して一貫しているのはやはり「スティーヴ・レイシーといえば!」というあのギター・サウンドだ。マルチ・プレイヤーである彼だが、本作ではベースの存在感は控えめどころか、必要最低限の箇所以外は全く鳴らされていない楽曲が大半だ。ドラムやビートのトラックも単純なものが多い。あくまで本作では、その彼を彼たらしめる、コーラスを効かせたサステイン短めの、ローファイでチープともとれるあの軽やかなギター・サウンドが前面にフィーチャーされているのである。
そんな彼のギター・サウンドによく似たギターが使われているといえば、レイシー自身もフィーチャリングされた、クイアの黒人の悲痛と美しさを取り上げたBlood Orangeの『Negro Swan』(2018年)を思い起こす。対する本作はというとリード曲「N side」をパッと聴いてもすぐ察しがつくほどセクシャルなリリックが目立つのだが、9分余りの長尺曲(といっても3つのパートに分かれた組曲なのだが)「Like me」では<自分と同じような人がどれだけいるだろう?>と繰り返すなどバイセクシャルを公表している自身の孤独や虚しさもまたそこには投影されており、そのテーマから言っても『Negro Swan』に通じるところが大きい。
身も蓋もない言い方をしてしまうと、こうしたギターのサウンド・メイクの傾向は、ダフト・パンク以降を象徴する80年代のディスコ / ブギーへの再評価への流れからだろう、とは推測できる。けれどやはりレイシーが大きく異なるのは、前述のような一抹の虚しさや空疎さを、リリックのテーマ性のみならず、そのギターや、全体の音像のスカスカ感に漂わせている点である。そしてそれは、どうにも時代が呼び寄せたものにも思えるのだ。たしかに、もともとはiPhoneでビートを作りそこにiRigで繋いだギターをオーバー・ダブして楽曲を作るプロデューサーという側面から注目を集めたレイシーだが、ここでいう空疎感とは、簡易な機材でサクッと録った、という制作上の“新時代感”だけを指しているのではない。低音だけを強調したスカスカの音像でスターダムに駆け上がったビリー・アイリッシュへの熱い支持然り、帯域を絞った悪い音質のチルでメロウなトラックが特徴的なローファイヒップホップのブーム然り、現代の若者はなんらかのかたちで空疎なものに引き寄せられているように感じ取ってしまう昨今。本作を貫くレイシーの、メロウながらスカスカなギターも、また然りなのではないか。だからこそそれは、どんなジャンルにせよ、今いちばん時代が欲しているギター・サウンドとなり得たというわけだ。本作はそれを体現するのに申し分ないアルバムだろう。(井草七海)
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