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アンダーグラウンドのリアルが宿る場所──xaviersobasedと『Xavier』とジャーク・シーンとSoundCloudラップ

21 March 2026 | By Ryutaro Amano

1.
ここ数年、ヒップホップにおいてオーヴァーグラウンドやメジャーの市場が縮小した……というもはや手垢のついた話題をここで繰り返すつもりはないが、ヒップホップ・シーンの上澄みだけを眺めてみれば、以前よりも停滞感が漂っているのはたしかなことだろう。ビッグ・ヒットや話題作に欠けていることは事実だし、2026年に入ってからエイサップ・ロッキーやベイビー・キームやドン・トリヴァーやヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインなどが新作をリリースしたものの、既存のファンダムやジャンルの壁を越えて聴かれているとはあまり感じられない。ただ2010年代というのはきわめて特殊な時代であって、そもそもコミュニティに根づいたカルチャーやライフスタイルと不可分なヒップホップの音楽がポップ・ミュージックとして人口に膾炙“しすぎた”、という視点を持ってみてもいいかもしれない。

とはいえポップ・ミュージックの歴史の常として、そんな時代にこそアンダーグラウンドではおもしろい才能や作品が次々と生まれ、次のフェイズが到来する徴候に満ちている。あるいはすでに、それはもう目の前にある。サウス・カロライナのオサマソンからリヴァプールのエスディーキッド(ティモシー・シャラメ?)に至るまで、2025年は新しい波をもたらしつつあるアーティストのレコードが高く評価された年だったことを見過ごしてはならない。それらは現在に潜在する未来のサインなのだから。

2.
いまヒップホップのリアルが宿っている場所のひとつには、SoundCloudとYouTubeがある。かつてのブログ・エラやミックステープの全盛期に匹敵するほどの盛り上がりぶりは、曲や映像の制作、リリースが2010年前後よりもさらに手軽になったことと無関係ではない。いまやミックステープで注目を集め、レーベルとの契約を勝ちとる必要すらなくなった(とはいえ、エグゼイヴィアソーベイストは《Atlantic Records》と契約したわけだが)。なぜならSoundCloudやYouTubeにアップして好評を得たら、または正式にリリースしたくなったら、デジタル・ディストリビューション・サービスに数ドルを払ってそのままアップロードすればいいのだから(その手軽さゆえに著作権などの問題からすぐに聴けなくなったり、いつのまにか消えてしまったと思ったら再アップされていたり、という作品も無数にある)。作品をDSPに並べることは、レーベルをいっさい通さずとも可能になった。SoundCloudもYouTubeもSpotifyもフラット化し、ドレイクも無名のラッパーも極限まで並列になった。曲は記名性を失い、音楽の断片はショート動画の海のなかに散らばって回遊し、アルゴリズムによって予期せぬ聴衆のもとに誤配される。その民主化は、すくなくともラップ・ミュージックにおいては自由と平等という恩恵をもたらした。

いわゆるSoundCloudラップが2010年代の後半にひとつの極点に達したことを思いだしてみよう。それは、2000年代後半に現れたクラウド・ラップや、XXXテンタシオンやリル・ピープに象徴される、2010年代前半に活動を始めたエモ・ラップやマンブル・ラップ(懐かしい言葉だ)のラッパーたちをひっくるめて言ったもので、ただのプラットフォームの名前を冠した、シーンでもスタイルでもない空気のようななにかだった。しかし熱は温存され、持続もした。コロナ禍を経た2020年代、SoundCloudはまたひとつの“現場”に返り咲いた。しかもクラウド・ラップなどのスタイルを確実に引き継いだかたちで。

3.
スタイル的にはレイジ、プラグ、ジャークなどが中心になっているその新しいSoundCloudラップのシーンならざるシーンにおいて、どのジャンルも相互に貫入や浸透しあっているとはいえ、エグゼイヴィアソーベイストと彼のコレクティヴである1c34は、そのなかでもジャークの重要な存在だと見なされている。ジャークについてはアボかどによる記事が詳しいのでここでは措くが、NYCのエグゼイヴィアはクラウド・ラップやプラグ、ミルウォーキー・ロウエンド、さらに非ラップ・ミュージックのハイパーポップ/ディジコア(これらもまたSoundCloudが“現場”ではある)の要素を節操なく溶けあわせることで、もともと西海岸のスタイルだったジャークを“ニュージャーク”とも呼ばれるべつの音楽にトランスフォームさせた。オリジナルのジャークをいっさい聴かないままで。

ジャークのサウンドは、レトロ・ゲーム・ミュージックふうのチープな音色のシンセサイザーによるウワモノ、酩酊感と浮遊感を湛えた空間性、ひずみやローファイなテクスチャー、オートチューンなどで過剰に変調されたりピッチが折れ曲がったりしたヴォーカル、時にポルノ・ゲームのBGMすら取り上げる海賊的で縦横無尽なサンプリング、そしてTR-808のビートなどによって特徴づけられるだろう。つまりクラウド・ラップからレイジに至るまで、ここ20年弱のあいだにインターネットで醸成されたヒップホップ・サウンドのキメラなのだ。またあまり言及されない事実だが、「ハイフィー/オリジナル・ジャーク経由、アフロビーツ以降」と言うべき3+2のビートを変形させつつ多用しているのは、ジャークのサウンドをより印象的なものにしている。

そしてリル・B(ステージ・ネームに“based”と入れているくらいである)、ソウルジャ・ボーイ、チーフ・キーフ、ヤング・リーンといったエグゼイヴィアをインスパイアしたラッパーたちの系統から見えることは、(特にここ日本では言及されることが少ない)アンダーグラウンド・ヒップホップの水脈である。加えて、彼が《Pitchfork》の企画「パーフェクト10アルバム」で挙げているのがブレイドの『Gluee』だという事実からも、クラウド・ラップとハイパーポップの緩やかなリンクを意識していることが窺える。あらゆるポップ・ミュージックが根無し草に感じられる現代においても、エグゼイヴィアのラップとジャーク・サウンドはそういった系譜のなかに確実にあるのだ。

4.
そんなエグゼイヴィアのメジャー・デビュー作になった『Xavier』は、ミックステープ的なつくりであることを感じさせながら、タイトルからも察せられるとおり集大成のようなアルバムだと言っていい。たとえばトラックリストの後半に置かれた「Big Ben」では、プラグに多大な影響を及ぼしたゼイトーヴェン(これについてもアボかどの記事が詳しい)がプロデューサーとして参加しており、これはビッグ・コラボレーションと呼んで差し支えない。そのほかのゲストには1cの仲間であるケイスーヴィー(ksuuvi)、同志のオサマソンがいる一方で、「Heart Felt」におけるミシガン・ラップの重要人物リオ・ダ・ヤング・OGとの意外な共演がおもしろい。さらに、リリースの4日後に突如配信された拡大版にはスクリレックスと100ゲックスのディラン・ブレイディがプロデュースした「Party at My Place」が加えられており、ルーツを開示しつつエグゼイヴィアの音楽は大きな広がりを見せた。

アルバムでエグゼイヴィアは8曲のプロデュースに自ら携わりながら、ラッパー/ヴォーカリストとしてさまざまな表現を聴かせている。か細い声で呟くようにラップしたかと思えば不安定なファルセットで歌い、「Dat Shit Fr」のようなレイジ・ナンバーでは激しく攻撃的なフロウをかます。奇妙な変調や予測不能な展開、個々のトラックのプロダクションの質感がバラバラなのもあいかわらずで、サビー(ss3bby)がビートを手がけた「Zelle You」の後半は過度にくぐもった音へと劇的に転化していく。断片的で荒々しい『Xavier』はトラッシーな乱雑さに満ちており、総体としてアヴァンギャルドだとさえ言えるだろう。

やはり最大の魅力はプロダクションで、サンプル・スニッチは避けるものの、ケイスーヴィーによる「Packs Gone」では某ゲームの名BGMが敷かれており、海中を漂うようなビートとエグゼイヴィアのヴォーカルが溶けあっている。「Zelle You」からダンス・ミュージック路線の「Minute」へと雪崩れこみ、激しく跳ねまわる「Wrk Wrk」を経て、rj12の手になる叙情的な「Tony Hawk」(これもサンプルの使い方が強烈で、ミックステープ『Keep It Goin Xav』に収録された「Load Up」の続編のようである)に至る中盤の流れはハイライトだ。後半では、サビーがプロデュースした「Skrap」の鋭い緊張感にも耳をもっていかれる。

エグゼイヴィアのリリックにほとんど意味はない。iPhone 15と16をエアジョーダン3と並ぶファッション・アイテムとして提示し(「iPhone 16」)、高級な腕時計でスワッグを見せつけ(「Big Ben」)、その名も「Harajuku」ではルイ・ヴィトン、ジバンシィ、コム・デ・ギャルソンとブランド名を並べながら、リル・ウージー・ヴァートとの未発表曲をいくつも眠らせていることを誇示する。残りはセックス(下ネタと言うべきか)やストリップ、ドラッグ、暴力……ただそれだけだ。

5.
「最近のヒップホップは退屈だ」なんてソーシャル・メディアにポストするまえに、あなたには聴くべき曲、ウォッチするべきヴィデオが無限にある。DMVラップのシーンはまだまだ熱を帯びているし、リアル/オンラインを問わず各地のローカル・シーンはユニークな個性を発揮しつつ、マイクロ・ジャンルの生成と変化を刻みつづけている。そしてこの『Xavier』で聴けるように、エグゼイヴィアがメジャーに打って出た2026年は「1cの夏」(「Packs Gone」)がやってくるだろう。

いまアンダーグラウンドがどこにあるのか、そのリアルがどこにあるのか──このインスタント・クラシック『Xavier』はその一端を見せてくれるアルバムである。そう、エグゼイヴィアが言うように、ただひたすらに“keep it goin”するしかない。聴く者によってこの作品はゴミのようなレコードだとしか思えないだろうが、しかしこれが、これこそが2026年のカッティング・エッジなのだ。(天野龍太郎)

Text By Ryutaro Amano


xaviersobased

『Xavier』

LABEL : 1-Chance / Surf Gang / Atlantic
RELEASE DATE : 2026.1.30
bandcamp

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