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【中古CD探検隊】
第1回
今だ!! 中古CDディグの「面白さ」を追え!!

28 November 2020 | By Yasuyuki Ono

《RECOfan》渋谷BEAM店の最期を見送る

以前の街の賑わいが戻りつつあるような喧噪につつまれながら、渋谷センター街の雑踏を潜り抜け、渋谷は宇田川通りにあるビルの谷間で立ち止まる。向かって左側にはかつて《BOOKOFF》渋谷センター街店が入居していたビル。4・5階にライブハウスSHIBUYA CLUB QUATTROを有し90年代には《WAVE》渋谷クアトロ店、以降も2000年代にかけて《Warszawa》《GANBAN》、それ以外にも数々の音楽関係の店舗が入居していた同ビルも、現在はファスト・ファッション・ブランド《GU》の巨大店舗へと姿を変え、ビルの前には入店を待つ若者たちの待機列ができている。それを横目に、私はそのビルの向かいに立つ年季の入った無機質な風貌を持つ銀色のビルの前で立ち止まり、入口そばにある立て看板の写真を撮る。10月11日、日曜日。そのビルの4階にある(中古)レコード店、《RECOfan》渋谷BEAM店が閉店する日だった。私はその店舗の最期を見送るべく、足を運んでいたのである。※1

その閉店の報に接したのは、Twitterのタイムライン。8月28日だった。後45日でレコファンの渋谷店が閉店する。ショックと悲しみがタイムラインを漂い始める。

閉店には新型コロナウイルスが影響。緊急事態宣言に伴う臨時休店中は、ネットの売り上げが上がったものの、5月30日の営業再開後、店頭に客足が戻らず閉店を決めた。「渋谷で大きくなった店」だったこともあり、苦渋の選択となった。

ある記事は閉店の理由をそのようにまとめた。同店の開店は1994年11月23日※2。渋谷にあった数店舗を統合する形で、約20万枚の在庫と約800平方メートルの売り場面積を持つ都内有数のメガ・ストアとしてオープンした。私が実際に訪れ、経験してきたのは2011年以降の店舗の姿であるが、明るいとも暗いともいえない照明に照らされながらまるで迷路のように置かれた棚と、(中古)CD、レコード、本、DVDといった商品の山、山、山。そして同店店長の趣味を前面に押し出した、入り口前とレジ横一等地のメタル・コーナーが印象強く記憶に刻まれている。中古レコード店へ頻繁に通う私のような人間にとって、その店舗は(都内の)中古レコード店を代表する店舗の一つとして存在感を放ち続けてきた。私に限って言えば、例えば思い当たるところでいえばベックや、ベイルート、アーケイド・ファイア、ブライト・アイズといった90~00年代のロック・ミュージック、インディー・バンドのCDに付属するライナーノーツを求め、国内盤を複数まとめて購入したい際には、必ず「資料庫」として一度は《RECOfan》渋谷BEAM店へと向かうようにしていた。

個人的ディグ感覚の転回

などと書いてはみたものの、私はその《RECOfan》渋谷BEAM店にも、惜しまれながら2019年1月に閉店した《RECOfan》横浜西口ダイエー店にも足しげく通うような、《RECOfan》の所謂「良い」ユーザーではなかったと思う。都内を中心に展開する中古レコード店ディスク・ユニオンの店舗などと比較して粗さのある各ジャンルの棚構成、1店舗内における膨大な在庫数、商品説明を欠いた無機質な値札(ディスク・ユニオンの色付き値札に(時に手書きで)書かれた一言コメントを想起してほしい)、数多のアーティスト・ネーム・プレートによる逆説的な検索性の低下など、その店内は安易で気軽なディグを拒むかのように、先の見えない深い森の中に分け入っていく気さえするものだったと記憶している。さらには、2015年のサービス開始と同時に飛びついたサブスクリプション・サービス(具体的にはApple Music)によって情報量が増加した自らの音楽聴取環境の変化に対応するかのように私は、整地され、道筋を示された(ディスク・)ガイド情報に浸りながら、古今東西のポップ・ミュージック(の教養)を摂取することに精一杯に、いや安住してしまっていたことも私がRECOfanの各店に「あえて」足を運ばなくなっていた背景としてあるだろう。その店内を埋め尽くしていたパッケージの山とそこにある従来の史的文脈にはおさまりきらなかった広すぎる「余白」の存在は、私には扱いきれないように思っていた。

▲《RECOfan》渋谷BEAM店の棚とネーム・プレート
撮影:筆者

しかしながら、一昨年ぐらいからだろうか。私が有していたその感覚は決定的に間違っていたことに気づく。私の狭小な視野の外で、新たな胎動がそこかしこに存在していることに気づかされたのである。そこで私が横眼で眺めていたその現象の、網羅的かつ自伝史的な論述が柴崎祐二氏(『TURN』においてもリイシュー連載『未来は懐かしい』を展開)によって《ele-king》ウェブサイトに連載されている《ポスト・ミューザック考》(2019年~)であった。そこでは、上述したようなサブスクリプション・サービスの国内ローンチ以降における柴崎氏自身のリスナー体験としての虚脱感が生々しい実体験の記述をもって示されるとともに、《BOOKOFF》を起点とした新たなディグ感覚の顕現、集大成としての『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』(2020年)を刊行するに至った《lightmellowbu》周辺の動き 、自身が提唱者となった《俗流アンビエント》の成立過程までが、重厚な筆致のもとで記されていた。その中で、《俗流アンビエント》「究極の盤」として紹介されていた、ダイソーが当時105円(税込)(当たり前である)で販売していたアンビエントCD『アンビエント・リラクゼーション VOL.2』(2002年前後?)が、108円(税込)の値札をまとい柴崎氏によって堆積したCDの山の奥底から摘まみ上げられた場所がまさに上述した《RECOfan》渋谷BEAM店だった。そこで生じていたのはディガーとしての自己像の再帰的構築、「オブスキュア」な曖昧模糊としたCD群の存在、そして「既存の音楽的価値観/歴史観を問い直させるような批評的態度」の面白さだったと、柴崎氏はまとめている(柴崎 2020)。柴崎氏によるこれらの体験的記述は、まさに私自身が持っていたそれまでのディグ感覚に少なくない共感を覚えさせた。過去の「発見」による、見果てぬ未来や価値の到来を告げる地としての《RECOfan》(や《BOOKOFF》)といった中古店の存在が、改めて自分自身のなかで宝山としての輝きを取り戻し始めていったのである。


そのディグはなぜ面白いのだろう?

他方、柴崎氏による同連載の第三回「なぜ、ミューザックが蘇ったのか?」で論じられる、そこで生じていた音楽蒐集と聴取の新現象と意識的な背景を論じた部分に、私は少しだけの違和感を感じているのもまた事実としてある。そこで柴崎氏は(広義の)ポピュラー音楽における真正性崇敬の減退と匿名性の拡大、意味/政治性からの逃避、実用音楽的機能の前景化/回帰を本趨勢の背景として指摘しつつ論を組み立てていく。もちろん、それぞれがポピュラー音楽に対する広い射程と深遠な歴史的理解を背景とした論であり、それぞれの指摘の論旨はこの現象の記述にあたり適切な補助線となることに間違いはないだろう。しかしながら、私が上述してきた新たな音楽蒐集と聴取の現象に対して、日々SNSやブログをはじめとしたインターネットや関連書籍・雑誌を通じて産出される情報/テキスト群を読み漁りながら、自らも街に繰り出して同じような実践を重ねていく中で最も強く感じていたのは、もっと手前にあった、具体的なある種の軽やかで、自由で、あやうい感覚や感情だったように振り返りながら思う。

▲《RECOfan》渋谷BEAM店閉店日当日の店内の様子
撮影:筆者

労働現場からの帰り道に、休日の昼間に、前もってインターネットで手に入れた情報を胸に抱え、スマートフォンを片手にのしのしと入り込んだ店内で生じる高揚と歓喜、倦怠と失望の往復。SNSをはじめとするインターネットの存在を不可欠としたその現象の端っこに巻き込まれつつ、私は知らぬ間にそのような音楽蒐集と聴取に耽溺するようになっていった。本論は相対的な外部からこれまで記述してきたような現象を眺め、体験してきた私によるここ数年の音楽蒐集と聴取について、これから数回にわたり論じるものである。それは、柴崎氏が提示した論点とは少し異なる方向、文脈から私が夢中になった/ているこの音楽蒐集と聴取の魅力を考えていく作業でもあるだろう。

さて、10月11日。閉店日の《RECOfan》渋谷BEAM店内は(失礼ながら)これまでに見たことがないくらいの量の人で溢れかえっていた。必死にレコード・ダンボールやCDが陳列されている所謂「パタパタ什器」をまさぐる常連のようなディガーも、若いカップルも、キョロキョロと周りを見渡す子供を連れた親も、店員と笑いを交えて話し込む常連や友人と思われる人もいた。レジの前には途切れることなく店内の奥のほうへ向かって曲がりくねるように商品を、カゴを手にした人の列が伸びていた。当日初めて足を運んだ人も、数年ぶりにいや十数年ぶりにそこを訪れた人もきっといたに違いない。しかしながら、そこにはフィジカル・メディアを巡る決して後ろ向きではない空気と熱量があった。(続く)
(文・撮影/尾野泰幸)


【注】
※1)写真はすべて10月11日に撮影。
※2)8月28日の公式アカウントによるツイートでは、1996年12月23日が開店日とされているが、当時の雑誌広告や、『東京レコ屋ヒストリー』(2016年)などでも1994年11月23日が開店日とされている。この差異の存在と認識自体が興味深いが、本稿の目的には逸れるためここでは考察しない。

【参考】※web記事は本文リンクより参照されたい

柴崎祐二,2020「はじめにーーCDを忘れるな――シティポップの向こう側」lightmellowbu『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド――J-POP、ドラマサントラ、アニメ・声優……“CDでしか聴けない”CITY POPの世界! 』DU BOOKS: 2-5.

若杉実,2016,『東京レコ屋ヒストリー』シンコーミュージック・エンタテイメント.


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Text By Yasuyuki Ono

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