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映画『ドーナツキング』
難民から大富豪へ。ドーナツで手に入れたアメリカンドリーム

13 November 2021 | By Yasuo Murao

アメリカで国民的スウィーツとして愛されているドーナツ。通勤時にドーナツ2個とコーヒーをテイクアウトするのがアメリカの朝の定番で、国内には2万5000店以上のドーナツ店があり、年間に約100億個のドーナツが消費されているとか。そんななか、ドーナツでアメリカン・ドリームを手に入れた男がいた。彼の名はテッド・ノイ。ドキュメンタリー映画『ドーナツキング』は、ノイや関係者へのインタビューに加えて、回想シーンではアニメも使用。親しみやすい語り口でノイの人生を振り返る。

日本ではあまり知られていないが、カリフォルニア州のドーナツ店の90%以上はカンボジア系アメリカ人が経営している。そのきっかけを作ったのが、カンボジアから難民としてアメリカにやって来たテッド・ノイだった。映画が始まって早々に登場するノイは、ひとなつっこい笑顔を浮かべた品の良さそうな老人だ。1975年に妻や子供達とアメリカにやって来たノイは、ガソリンスタンドで働いていた。ある日、甘い匂いに誘われて近所のドーナツ店を覗いたノイは、そこで初めてドーナツを食べて虜になった。ノイはガソリンスタンドを辞めて、地元のドーナツ店に就職。寝る間も惜しんで働いてドーナツ作りを学び、1年後には自分の店、「クリスティ」をオープンさせる。

カンボジア人が作ったドーナツが売れるのか?というノイの心配をよそに店は大繁盛。映画ではノイの成功の理由を、徹底的な経費削減と人件費を抑えた家族経営にあると推測する。個人経営で資本がなければ、経費を抑える以外にやりようがなかっただろう。そんななかで印象的なエピソードがテイクアウト用の箱だ。これまでのドーナツ店のテイクアウト用の箱は白だったが、ピンクの紙の方が安いことを知ったノイは箱の色をピンクに変えた。その目立つ箱が店の個性を生み出し、宣伝効果になったというのは、ティファニー・ブルー(ティファニーは包装紙をすべてオリジナルの青色にした)を思わせる。偶然生まれたクリスティ・ピンク。ドーナツに夢中だったノイにとって、ドーナツは宝石のように輝いていたに違いない。

そして、ノイをさらなる成功に押し上げたのは、同じ境遇のカンボジア移民たちだった。当時、カンボジアでは過激な共産主義勢力、クメール・ルージュが政府に反旗を翻して国内は内戦状態に陥っていた。ノイは政府軍の少佐で、家族と命からがらアメリカにやって来た(奥さんとのロミオとジュリエット的ロマンスや国外脱出をめぐる手に汗握るサスペンスも驚きの連続)。店を成功させたノイは、カンボジア難民の身元引き受け人になり、彼らにドーナツ作りのノウハウを教え、彼らから出店料をもらって独立させた。そして、カンボジア難民たちは次々とドーナツ店を開店し、「カンボジア・ドーナツ」はカリフォルニアで大きな勢力になっていく。店が増えるほどノイは儲かり、毎月10万ドルもの収入がある大富豪に成り上がった。豪邸に住んでパーティ三昧の毎日。ところが、そんなノイを思いもよらない落とし穴が待ち受けていた。

有名人の成功と没落はドキュメンタリーの人気メニューだが、本作の場合、そこに近年注目を集めている移民問題が絡んでいる。70年代、アメリカではカンボジアの難民を受け入れるかどうかで議論が巻き起こった。しかし、政府は受け入れることを決意。多額な予算をあてて難民を保護したことが「カンボジア・ドーナツ」という新しい食文化を生み出すことになる。そして、一人の難民がドーナツで大富豪になる、というのは絵に描いたようなアメリカンドリームだ。しかし、本作は夢物語では終わらない。ノイの晩年の成り行きをみれば、世界一の資本主義国家では常に誰かが巧妙に、容赦なく奪おうと手ぐすね引いて待ち受けていることがわかる。

さらに本作で考えさせられるのが家族の問題だ。ドーナツ店で成功するためには、子供達は親と一緒に朝から晩まで働かなくなてはならない。生き残るために仕方ないとはいえ、それが当たり前のことと考えていいのかどうか。そこに移民家族の厳しさが伝わってくる。しかし、やがて子供達は自分の夢を見つけて外の世界へ。親も店も老朽化してきたところに、東海岸から大資本のダンキン・ドーナツが進出して来て、カンボジア・ドーナツは苦戦を強いられることになる。近年のカンボジア・ドーナツの様子をリポートした映画の後半は、グローバリズムの問題も絡んできて興味深い。

本作の製作総指揮はイギリス出身の巨匠、リドリー・スコット。監督のアリス・グーは、中国移民の両親のもとロサンゼルスで生まれた。アメリカ社会を外部からの眼差しで見ることができる製作陣が作り上げた本作は、ドーナツを通じてアメリカ社会を重層的に浮かび上がらせる。

そんな本作を見ながら、いくつか気になったことがあった。成功した移民というのは得てして白人との間に摩擦が生まれるもの。最近ではコロナの影響でアジア系アメリカ人への差別も問題になっているが、カンボジア系アメリカ人はどんな風に地域社会に溶け込んでいったのか。白人は彼らをどんな風に見てきたのか。そして、何より知りたかったのは、カンボジア・ドーナツのスウィーツとしての魅力だ。アメリカのドーナツとは何が違うのか、そこにはカンボジアの食文化が反映されているのか。そのあたりはスウィーツ好きには気になるところだが、いつか西海岸に行くことがあれば自分の舌で確かめるしかないだろう。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『ドーナツキング』

2021年11月12日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開

監督:アリス・グー
出演:テッド・ノイ、クリスティ、チェト・ノイ、サヴィ・ノイ、メイリー・タオほか
配給:ツイン
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