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バカと天才の境界をふらつく男の人生哲学
ハーモニー・コリン監督最新作
『ビーチ・バム まじめに不真面目』

16 May 2021 | By Yasuo Murao

処女作で「天才」と絶賛されたものの、その後、新作を出版することはなく、常夏のキーウエストで毎日飲んだくれている詩人、ムーンドッグ。愛妻のミニーがとんでもなく金持ちなので、働かなくても金の心配をすることない。といっても贅沢に興味はなく、することといえば街の酒場をうろついたり猫を拾ったりする程度。ムーンドッグを見かけると街の人々は気軽に声をかけてくる。『ビーチ・バム まじめに不真面目』は、そんな愛すべき詩人の奇妙な冒険の物語。監督は『Gummo』(1997年)で鮮烈なデビューを飾ったハーモニー・コリン。ムーンドッグを演じるのは『Dallas Buyers Club』(2013年)でアカデミー賞を受賞したマシュー・マコノヒーだ。

長い間、家を空けて好き勝手をやっていたムーンドッグは、娘が結婚式を挙げると聞いて急いでマイアミの豪邸に帰宅。どんちゃん騒ぎをした挙句、ミニーと夜のドライヴを楽しむが、事故でミニーは帰らぬ人になってしまう。ミニーの遺言でムーンドッグは新しい本を出版するまで遺産を1セントももらえず、裸同然で家から追い出される。ミニーはムーンドッグを愛していたが、だからこその愛のムチだった。そして、ムーンドッグの放浪の日々が始まる。浮浪者たちを引き連れて、豪邸で大騒ぎをして捕まったり(ルイス・ブニュエルの名作『Viridiana』(1961年)にオマージュを捧げたような暴れっぷり)。古い付き合いの船長に誘われて、イルカを見せる観光船に乗り込んでサメに襲われたり。友達のドラッグディラー、ランジェリーの仕事を手伝って警察に追われたり。その冒険の数々はシュールでコミカル。登場人物のほとんどが社会のはみ出し者で生き生きした存在感を放っているのがハーモニー・コリンらしいところで、アイラ・フィッシャー、スヌープ・ドック、ザック・エフロン、ジョナ・ヒルなど、多彩なキャストがクセの強いキャラを楽しそうに演じている。

「好きなことをやっていると頭の中の回線がつながる」というムーンドッグの行動は、行き当たりばったりで計画性はゼロ。天然のようで実は計算なのかも、と思わせたりもするが、バカと天才の境界をふらついている様子をマコノヒーは絶妙なさじ加減で演じている。このキャラクターを成立させるのは『Dallas Buyers Club』並に大変だったに違いない。プロレスラー風の髪型や奇抜なファッションでキャラクターを印象づけているが、なかでも甲高い笑い声が道化師ぶりを際立たせている。ミニーの形見のブーツを履き続ける姿が微笑ましいが、ミニーに対する愛情は本物でランジェリーとミニーの浮気現場を目撃した瞬間は笑顔が消える。ミニーは娘に「彼(ムーンドッグ)はダメな人だけど別格の存在。ただ受け入ればいいの」と伝えるが、彼女はムーンドッグの最大の理解者だったのかもしれない。ムーンドッグは自由と愛を貫く男。生まれついての詩人なのだ。

ムーンドッグは常にハイな状態で、コリンはそれを映像を通じて表現しようとしている。カメラはふわふわと浮遊するように動き、音楽はひっきりなしに流れる。今回撮影を担当したのは、ギャスパー・ノエやヴィム・ヴェンダーズの作品を手掛けてきたブノワ・デビエ。滑らかなカメラワークも見事だが、独特の温度感を持った色彩も素晴らしく、マイアミをディズニーランドのように幻想的に映し出す。艶かしい海の質感も絶品で、海に浮かぶムーンドッグのボートを捉えたショットはうっとりするほどセクシーだ。

劇中に流れる音楽は、映画に出演しているジミー・バフェット「Margaritaville」やスティーヴン・ビショップ「On And on」、ゴードン・ライトフット「Sundown」といった70年代のヒット曲が中心になっているが、キーウェスト在住のバフェットはテーマ曲「Moonfog」も提供。「ビーチでくつろぐ自由人」というバフェットのイメージは映画の雰囲気にぴったりだ。そんななか、キュアーが2曲(「Just Like Heaven」「In Between Days」)選ばれているのが目を引くが、個人的に印象に残ったのがミニーの事故シーンで流れるペギー・リー「Is That All There Is?」。クルト・ワイル風のキャバレーソングを思わせる曲調で、コリンはこの曲を使って事故シーンをロマンティックに描いている。子供の頃に家が火事になったり、サーカスを見たり、辛い恋をしたりもしたけど、いつも「たったそれだけのこと?(Is That All There Is?)」と思ってきた、という歌詞で、「私」はいつも人生に物足りなさや虚しさを感じてきたが、だからといって絶望はしない。曲の最後に「それだけのことなら、踊り続けましょう。羽目を外して楽しみましょう」と歌う。そこにムーンドッグの人生哲学があるような気がした。

ムーンドッグの心のコンパスは常に快楽を指しているが、楽しむために人を傷つけたり押しのけたりはしない。世界を笑い、同じように自分を笑う。そんな風に生きていくには強い意志が必要だ。ムーンドッグはいい加減なようで、誰も傷つけず、微笑みを浮かべて、自由を勝ち取るために闘っている。このアナーキーなおとぎ話のような物語を、コリンがトランプ政権下のアメリカで制作したことに強いメッセージを感じずにはいられない。

大切なのは金か、自由か。人生の目的は? そんな問いに答えるように最後にとんでもない事故が起きるが、そこで流れるのがヴァン・モリソン「Into The Mystic」だ。「海の匂いを嗅いで そして空を感じて 魂と精神を飛び立たせるんだ 神秘の中へ」という歌詞はムーンドッグの教えのようだ。思えばこの曲が収録されているアルバムのタイトルは『Moon Dance』(1970年)。ラストで子猫と一緒に笑っているムーンドッグが、人生なんてそんなものさ。さあ。踊り続けようぜ、と観客にウィンクしているような気がした。(村尾泰郎)


映画『ビーチ・バム まじめに不真面目』

4月30日〜キノシネマ 他 全国順次全国公開

配給:キノシネマ
出演:マシュー・マコノヒー、スヌープ・ドッグ、アイラ・フィッシャー、ステファニア・オーウェン、ザック・エフロン、ジョナ・ヒル、マーティン・ローレンス、ジミー・バフェット
監督・脚本:ハーモニー・コリン
(c)2019 BEACH BUM FILM HOLDINGS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイト

Text By Yasuo Murao

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