公と私の間で作られるマーブル模様のポップ・ミュージック:TANGINGUGUNインタビュー
長野県松本市を中心に2016年から活動しているTANGINGUGUNという少し不思議な語感の名前を持つユニットは、これまでに2作のミニ・アルバムを発表しているが、全国的にはまだ知る人ぞ知るという存在かもしれない。
しかしメンバーの一人である新美正城(Vo,Guitar,Synth)が経営するライブスポット/バー《Give me little more》を拠点に、国内外の重要バンドと共演を重ねてきたそのサウンドは、もう完全に唯一無二の世界観を獲得していると言っていいだろう。世界標準のドリーム・ポップやウィアード・ポップに呼応したサウンドと、独特の湿度をはらむ歌謡曲の影響すら感じさせるキャッチーなメロディ、そしてインパクトのある日本語詩とサイケデリックな音像という重層的な組合せは、日常から少しだけ遊離した、エキゾチックな異界へと聴き手を誘なっていく。
従来のバンド形態から新美と平林沙織(Vo,Bass,Synth)の二人組になって発表された初のフル・アルバム『遠くのボンゴ』はこれまでの独特な世界観の深度を保ったまま、現実社会との関わりと、これまでよりも踏み込んだポップ・センスが感じられる意欲作。少し大胆な言い方をするならば、今年リリースされた作品においてはTaiko Super Kicks『波』や安部勇磨『FANTASIA』と並んで、日本特有の「訛り」を持ったポップミュージックとして、いち早く海外から発見される可能性を秘めている音楽、ではないだろうか。
今回、二人に行ったインタビューでは、いかにしてこの世界観が確立されてきたのかをテーマに話を聞いたが、コロナ禍という災厄すら音楽制作の好機へと変えていた彼らの大胆かつ民主的なアプローチは、このシビアな日常を生きる私たちにとっても、示唆に富むものになっているのではないかと思う。
(取材・文/ドリーミー刑事 写真/内藤朋佑)
Interview with Masaki Niimi, Saori Hirabayashi
──初インタビューということで、まずはTANGINGUGUNの結成の経緯から教えて頂けますか?
新美正城(以下、N):「もともと沙織さんは同じ大学の先輩なんですが、学生時代はサークルも別で特に一緒にバンドをやっていたわけではないんです。卒業後の2015年くらいにそれぞれやっていたバンドが解散した時に、音楽性とか全然違いそうだけどとりあえず一回やってみましょうという感じで声をかけました」
平林沙織(以下、H):「それまで私はもっとファンクっぽいバンドでベースを弾いていて、ボーカルはほとんどやってなかったですね。結構最初はどうなるのかなという感じでスタジオに入ったんですけど。これはいけそうってなった時に、新美君に「とりあえずこれ聴いてみて」って参考となりそうなCDを30枚くらい渡されたんですよ。その中にモールス、オブ・モントリオールとかも入っていて、それまでの自分の中にはない音楽だったんですけど、結構いいなって」
N:「自分はそれまでUSインディーっぽいオルタナ寄りのバンドをやっていました。そのバンドの後期にやっていたことはちょっと今に通じるところはあるかもしれません。エモーショナルな日本語のメロディとエコーの効いたサイケデリックなサウンドというか・・・」
──ではTANGINGUGUNはそのサウンドを追求しようと思って始めた?
N:「前やっていたバンドが突然終わってしまったので、そのまま自然にその時目指していたことを引き継いだ感じはありますね。でも予想外だったのは、沙織さんのファンクネスですかね。僕はそれまでわりとかたくなに8ビートを追求してきたところもあって、沙織さんが新たに持ち込んだファンキーさとどう向き合うかというところはTANGINGUGUNをはじめたときにあったと思います。結成当時の印象に残っている記憶は、これから新しいバンドでどんな音楽やっていこうかなって考えるために4日くらいお店も閉めて一人でデモづくりをやったんですよ。その時にそれまで全然好きじゃなかった80年代の音楽、ゲートリバーブやらコーラスががんがんかかっているようなやつに突然開眼したんです。うわ、聴けるじゃんってなって、それから《Sarah Records》周辺のバンドとかオレンジジュースにアズテック・カメラ・・・いわゆるネオアコ周辺のバンドですね。それを貪るように聴きながらデモをつくった記憶があります。結局、今はバンドの大きな軸はどちらかといえば《woodist》周辺に通じるUSインディ・サイケな感じの方に寄ってきている気はしますが、最初にリバーブに包まれた80’sサウンドの洗礼を受けたのは、TANGINGUGUN以降の自分のギター・プレイには大きく影響している気がします」
──一方、TANGINGUGUNのサウンドの一番の特徴は、完全に洋楽的なサウンドに和風と言いたくなってしまうくらいに日本的なメロディがのっているねじれ感だと思うんですが、このメロディセンスはどこからきたのでしょうか?
N:「自分の音楽をやるならやっぱり自分にとってリアリティのある言語でやりたいという思いもありましたし、フォークの影響を受けているのでこういうメロディが自然に出てくるという部分もあります。そして日本語を淡々としたいわゆる洋楽的なメロディに乗せていくという楽しさもあると思うんですけど、いろいろと試していくうちに自分の声が気持ちよくはまったり、言葉が綺麗に乗るのは和風のメロディだってことに気づいたんですね。そこに振り切ってからは、こういうメロディと普段聴いている海外の音楽のサウンドの組合せというミスマッチをいかに成立させていくか?というのが自分的に面白くなってきた感じですね。」
──TANGINGUGUNの活動の拠点は松本市ですが、この土地から受けた影響はありますか?歴史のある街の中に海外の最先端のインディー・シーンと歩調を合わせて活動をしているバンドやライブスポットがあるという意外な組合せがTANGINGUGUNの音楽性に通じるところがあるように感じてしまったのですが。
N:「大都市なら特定のジャンルを好きな人がたくさんいるから、その中にいる仲間でバンドが組める。でも松本規模の街だとそれは難しいので、逆に全然違う音楽性の人と一緒にやって混ざり合っていくんですね。泥臭いロックをやっている人からオルタナ、インディー、フォーク、エクスペリメンタル、ダンスミュージックまで大都市ではなかなか混ざり合わない、それぞれの世界を持った人達が巡り合ったり対バンしたりする機会が多くある。いい意味でノイズだらけの中で活動しているというか。そういう状況で活動していると、純粋に一つのジャンルを追求するということよりも、異質な要素を取り入れていくことの方がリアリティがあるというか。もちろんインディ音楽から受けた影響というのが軸にはありつつも、どんどんその枠から自然に逸脱していく感じはあると思います」
──新美さんはライブスポットとしてユニークなブッキングをしている《Give me litte more》を経営されています。こちらは海外も含めて、いろいろな土地からミュージシャンが集まってくるいわば松本の玄関口のような存在でもあると思いますが、そうした外部のアーティストからの影響はありますか?
N:「特に海外のバンドからは活動のスタンスの部分で影響を受けていますね。海外のインディー・バンドがツアーを回る時って必ずしもメンバー全員でくるわけじゃなんですよ。このツアーのために組まれたバンドだったり、ボーカルだけがiPhoneにカラオケを入れて一人で来たりとか。メキシコから来たアーティストが一人で来日して、日本で見つけたドラマーと二人でツアーを回るということもありましたね。あ、そのバンドは結局、直前で日本人ドラマーが逃げてしまって急遽一人でルーパー使って演奏したんだった(笑)そういうフリーフォームな音楽家たちをたくさん見て「バンドとはこうでなくちゃならない」という自分の固定概念が砕かれていきました。音楽の核の部分さえぶらさなければ、どんな形態でもいいんじゃないかって。それがTANGINGUGUNがバンドから打ち込み主体の二人組になったきっかけの一つでもあります」
──なるほど。もっとフレキシブルにやってもいいじゃないか、と。
N:「その中でも特にパラソルやクナムをはじめとする韓国のバンドとの交流による影響が大きいです。彼らが《Give me little more》でライブをやったり、僕たちも韓国でライブやらせてもらったりしたんですけど、その時に彼らが、自分たちが生まれ育った国で聴いてきたポップミュージックや歌謡曲の節回しを自分たちの音に素直に出していることに気づいたんですよね。湿度の高い歌メロを存分に歌い上げているのに、それでいてサウンドは僕らが普段聴いているインディー・ミュージックであるという組合せだったんです。その時にTANGINGUGUNがやってきたことが勝手に自分たちの中で肯定されたような感覚はすごくありましたね。実際、その後ソウルにライブしにいった時に、自分たちの演奏にも韓国のお客さんからすごくいい反応がもらえて、すごくシンパシーを感じました」
──では新作『遠くのボンゴ』について伺います。先ほども話が出ましたが、今作からメンバーがこれまでの四人体制から二人になりましたね。
N:「そうですね。そもそも二人セットで初めて演奏したのは、TANGINGUGUNを始めて2年目くらいにメンバーの都合が合わない時があって、試しにライブでやってみたんです。それがまたバンドセットとは違う楽しみがあることに気づいて。そして前の作品(『安い呪文』(2020年))を出す前くらいから、バンド編成で活動していくことが難しくなってきたこともあり、じゃあ二人編成でやっていきますか、ということになりました」
──お二人とも作詞作曲を手掛けられていますが、楽曲制作はどういう風に行われるんですか?
N:「今回の制作のきっかけは、コロナの影響で僕もお店が開けなかったり、沙織さんも仕事に影響があったりして、突然、ぽっかりと時間ができちゃって。それで曲づくりに集中して、なんとか正気を保とうとしていたというか。そこで20年4月から7月末くらいまでの間、毎週一回集まって、その日のうちに一曲をある程度のところまで仕上げて形にするというのを試しにやってみたんです。それで最初にできたのがアルバム2曲目の「消えた」という曲です。それで手応えを感じて、この感じでしばらく続けてやればアルバムつくれるなって話になりました」
──具体的にどういう手順で制作していくんですか?
H:「今回はもうパソコンの前に二人で座って、サンプラーやシンセを弄りながら一個ずつ音のネタを出していって、それを重ねたりしながらつくっていく感じでしたね」
N:「午前中から作業を始めて、昼過ぎまでに 1ループから派生した曲展開までをざっくりと組み上げて、メロディの大枠くらいまでを探って、昼ご飯食べながらどんな曲にするか話し合って・・・」
H:「午後からまたそこで浮かんだ歌詞を乗せてみたり、という感じですね」
N:「曲の7割くらい、デモ段階まではそのプロセスで完成させた感じで、そこから半年くらいかけてトラックを作り直したり、楽器を録音し直したり、歌詞を再考したりした感じですね。ブラッシュアップする時間の方が長かった…。」
──二人でパソコンの前に並んで座ってゼロから音楽を作るってかなり難しくないですか?
H:「私は初めてシンセを買ったんですけど、それで音を作ったりリフにしていくのが楽しかったんですよね」
N:「バンド・セットでの作り方とは大きく変わったので、覚えなければいけないことは多かったですが、やっぱりコロナで生活が変わって試行錯誤できる時間が膨大にできたというのが大きいです。店を経営しているということもあって、日々の不安感や閉塞感は半端なかったんですけど、こんなに曲をつくる時間があっていいんですか?という気持ちもあって。異常な不安の一方で異常に集中できる、ある種の楽しさが一緒になった時間の中で、だいぶ変なテンションで作ってましたね・・・」
──次にメロディについてお伺いします。一度聴いたら忘れられないくらい耳に残る旋律という特徴は前作までと同様だと思うんですが、今回の楽曲の中には、今までにないちょっと胸がキュンとするような感覚も加わったように思うのですが、何か変化がありましたか?
N:「そう言われてみるとこれまでは、これ以上は踏み越えてはいけないラインというものがあったと思います。僕はたまに仮歌で極めてJ-POP的なメロディを半分本気、半分冗談で入れていくことがあったんですけど、自分でこれはちょっとやりすぎだなと思って取り下げたりしてたんです。でも今回はライブができずお客さんの反応も見えない、ある意味で隔絶された環境下でのレコーディングで、ある種の開き直りもあって。自分たちから出てきたフレーズの中に、少しでも引っかかるものがあれば全部出せばいいという気持ちになりました。今までなら大丈夫なの?とセーブしていたくらいポップなものを出した感じはありますね」
H:「そういう感じは私もすごくありますね。初めてフル・アルバムを作るという中で、これおもしろくない?という要素を入れられる遊び心が出たのかなと思います」
──今までの確固たる世界観というものがある中で、時々そこから突き抜けて逸脱していく感覚が気持ちいいです。
N:「メロディがよりポップになった分、その反動でポップじゃない不穏なサウンドも入れていきたくなっちゃうんですよね。そういう性分なんですよ。自分の曲の中でいろいろな要素を綱引きさせたいというか。それが自分にとってある意味で心地良いものなんです」
──どこかのジャンルにピタッとはまる音楽じゃないですもんね。独特のグルーヴや高揚感はあるんだけど、いわゆるダンスミュージック的なものとは違いますし。
N:「意図的にやっているわけじゃないんですけど、やっぱり色々な要素が綱引きしている状態が心地良い。それは音楽だけの話じゃなくて、例えばいろいろな人と関係性をもつときも同じで。こういう人かなって思って付き合っているうちに意外な一面が見えたりとか、そういう一言では括れない人間の多面性というか、垣間見えるバグみたいななものが面白いと思うんですよね」
H:「今回のアルバムにはレゲエやジャズの要素を遊びみたいな感じで混ぜたりしていますが、そういう色々なものが入り混じった感じがいいなって思ってますね」
──でも様々な音楽の要素が混ざっている感じもしますが、それが悪い意味でのデタラメに聴こえないのも不思議です。
N:「リスペクトしている場合もあるし、逆にあまり好きではない音をあえて自分たちの中に取り込んでみるという部分もありますね。ニセモノっぽさを面白がったり。異物を取り込んで、曲の中で違和感混じりでそれとコミュニケーションを取っていくというか」
──歌詞について伺います。前作も「最高気温がよだれをたれている」というインパクトのあるタイトルの曲から始まっていますが、今作もこの言葉はどこからやってきたんだ?と驚くような日本語がたくさん出てくる。例えば「消える」の「味のない朝ごはんを捨てた」なんかもすごいですよね。
H:「あれはなんだろうね・・・。二人で作業している時に出てきたんだけど」
N:「コロナの味覚障害の話をしている時だったかな・・・。オアシスの曲の中に、朝飯をつくって、吐いちまったぜとかって感じのフレーズがあったような気がするとかそういううろ覚えの記憶の、どうでもいい会話をしている時に出てきたフレーズで。朝ごはんを捨てるっていう行為がその時の投げやりなメンタリティーにフィットしたんでしょうね」
──これまでのTANGINGUGUNの歌詞は明確な言葉を使いながらも、その意味は聴き手に委ねられている、抽象度の高い世界だったと思います。でも今作は、そうした中にも現実社会との軋轢や苛立ちが反映されているように思いました。
N:「自分たちの音楽はドリーミーでノスタルジックと言われることも多いんですけど、曲のテーマの大部分は実生活の中で体験した人間との軋轢、社会的な違和感や、政治への苛立ちをもとになりたっています。聴いている人には抽象的なので伝わらないかもしれないというか、直接的には伝わらないような書き方をしていたんですけど。でも今回はもっと直情的に言葉にしたという感じはあります。曲を作っていた時がちょうど安倍(晋三)が何か言うたびに自分たちの生活が目に見えて、めちゃくちゃにされていくのを実感していた時だったというのもあったり。社会的な分断というのがTwitter上だけではなく、自分たちの周りでも目に見えて起きてきたりしていたタイミングだったので。それはもちろん現在進行形の話でしかないですが…。そういった2020年の世間の空気や自分たちの周りで起きていることに潔く引っ張られてみようと思って書きました。」
──そうした歌を世に出した後の感覚はどんなものですか?
N:「やっぱりライブで演奏しても、自分の感情を入れやすいという面はあると思います。そもそも自分がなぜ曲をつくっているかというと、誰かに何かを伝えたいということよりも、日々を生きている中で起きるやりきれないことを消化していくためのものという側面が強い気がします。言葉を選ぶ時はふざけながら書いている時もあるけど、基本的には極めてシリアスに、自分の救済のために曲を書いているという部分が90%以上を占めていると思うので。今回そういう部分をダイレクトに表したことで、ライブで演奏していても自分が救済されているという感覚はより強くなったように思いますね。非常に自己満足的な感じではありますが、聴き手に回った時で考えても、自分はそういう音楽を聴いていたいかなと思いますね」
──作詞にお二人の名前がクレジットされたものがありますが、これもその場で言葉を出し合いながら書いていくんですか?
H:「そうですね。二人の共作の曲は二人でその場で出しあった言葉からできているものが多いと思います」
N:「二人で一日一曲作っていくと決めた時に、核となる言葉やフレーズはもう二人で決めてしまって、その後に「この曲は自分が」「この曲は沙織さんメインで」と割り振って完成させていった感じです。やっぱり洋楽的なサウンドに日本語を乗せる作業は結構難しいので、以前は英語で仮歌をつくったりしていたんですけど、今回は適当でもいいから最初から日本語でメロディーを歌うという形にしました。その中で直情的に出てきた言葉が最後まで残ったりしたので、歌詞も三割くらいはその場で完成させました」
──歌詞までその場で二人で言葉を出し合いながら書ける関係性ってなかなか成立しないように思いますけど・・・。
N:「今回は毎週スタジオに集まって、「今週何してた?」という会話の中から歌詞のモチーフが出てきたりすることが多かったのが新鮮でしたね。今までは自分が一人で書いていることも多かったんですけど」
H:「共作というのに加えて、今回、私にとって新鮮だったのは、初めて2曲分の歌詞を丸々自分で書いてみたことですね。コロナ禍で、政治や社会に色々思うことがあったり、SNSやネットニュースでモヤモヤする事が多かったりしてそういうのを歌詞にして成仏させたいなって所から書いた曲です。とにかく今自分が感じてることをそのまま表現出来ればな、と思ったのと、メロディーに乗せた時の流れの心地よさとのバランスを考えながら言葉を選びました」
──お互いの歌詞や曲に「これはやめよう」みたいな暗黙のルール的なものはなかったのでしょうか?
N:「うーん。それぞれの歌詞にそんなに直しは入れなかったよね?」
H:「ほとんどなかった気がするね」
──確かにクレジットを見てから歌詞を読んでも、お二人の違いがはっきり分かる感じじゃないですね。TANGINGUGUNの世界観として統一されているというか。お二人の価値観が近いのでしょうか?
N:「もともと価値観が近いというわけではないと思うんですけど、話し合いながらお互いの考えを確認して、合意したポイントが歌詞になっているというか。さっきも言った、異質なもの同士のコミュニケーションというものが歌詞づくりにも反映されていると思いますね」
──では、今後の活動予定を教えてもらえますか?
N:「9月に名古屋でライブがあります。あとは松本市内のライブとかにポツポツでてる感じですかね。機会があれば状況次第でどこへでも行きたいんですが」
H:「これからのライブでは初めて二人とも弦楽器を持たないで演奏する曲もあったりするので、自分でもかなり楽しみにしてますね」
──今回の作品は小さいラジカセで聴いても効いてくるんですけど、ライブ会場のデカい音で聴いたらまた違う飛び方をするんだろうなと思うのでとても楽しみです。
N:「そう。バンドセットではないとはいえ、結構でかい音でライブしているので!楽しみですね」
photo: katsunori abe
<了>
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