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【未来は懐かしい】
Vol.67
シンガポールの伝説的ポップ・ロック〜パワー・ポップ・バンドによるレア作の国内初リイシュー

16 February 2026 | By Yuji Shibasaki

今から20年も前になるだろうか。当時、学生時代の仲間たちとともにパンク〜パブ・ロック系のバンドを組んで、都内のライヴ・ハウスで時たま演奏を行っていた私は、そのバンド仲間やライヴ・ハウスで出会った友人たちと音楽談義を繰り広げるのを何よりの楽しみとしていた。最近作ったこの曲、あの曲。先日見たあのライヴ、このライヴの話に加えて、何と言っても盛り上がったのが、こんなレコードを買った! 見つけた! といったような話だった(と考えると、いまだにその頃と同じことをしているわけだが……)。

ガレージ・パンク、初期パンク、パブ・ロック、60年代ソウル……などなど、話題に上るレコードはなかなかに多様なものだったが、中でもひと頃熱に浮かされたように執心したジャンルがある。パワーポップである。しかも、(その当時の)現行モノではなくて、1970年代以降、そしてギリギリ1980年代半ばくらいまでのパワーポップだ。

──などと言ってみたところで、若い読者の方の中には、「『パワーポップ』って、たまにそういうジャンル名を聞くけど、そもそもなんなんですか?」と疑問を抱く方も沢山いるだろう。この用語の定義問題に深入りするとほとんど神学論争の様相を呈してしまうので(まさに、20年前はそういう話で盛り上がっていたわけですが)、あえて超ざっくりと定義すれば、「ビートルズに多大な影響を受けながら1970年代以降に現れた、(パンク・ロックに先駆ける/およびパンク・ロックと共鳴する)エネルギッシュなスモール・コンボ形式のロック」と言ってしまって差し支えないだろう。

例えば、ラズベリーズ、バッドフィンガー、ビッグスターなどを先駆者として、ルビナーズ、プリムソウルズ、ザ・ビート、ペズバンド、20/20、シューズ、チープ・トリック、ザ・ナック……他、他、他、それはもう沢山のグループがおり、例によってシングルのみのリリース歴しかないバンドも入れればその裾野は超広大といえるのだが、上記の固有名詞から察されるように、そのほとんどはアメリカとイギリスのバンドに偏っている。これは、パワー・ポップ限らず、当時のロック・ミュージックの産業構造が必然的に要請した構図であって改めて驚くには当たらないわけだが、その反面で、同時代にロック・ミュージックのグローバルかつ急速な浸透が見られたことの証左として、後にパワー・ポップとして名指されることになるポスト・ビートルズ的なサウンドが、英米以外の地域にかなり広く浸透し、独自の表現を開化させていたのもまた事実なのであった。

──といった風に、今でこそ上のように俯瞰的な視点から語らせてもらっているわけだが、当時(なにせ20年前!)は、パワー・ポップといえば、あえてそう言う必要もないくらいに、自分にとっては何よりも米英の文化であったし、そもそも、他の地域で同じようなサウンド傾向をもったグループが存在したということ自体を想像する余地すら(自分には)なかった(今思えば、チューリップだとか、ロック・パイロットだとか、ジャスティン・ヒースクリフ等、我が日本のポスト・ビートルズ的なグループ/プロジェクトの作品を既に聴いてはいたはずなのにも関わらず、なのだが)。

だからこそ、当時レコード店の店頭でシンガポールの「Truck」なるバンドの『Surprise! Surprise!』なるアルバム(1974年)の再発CDを発見し、什器備え付けのプレイヤーで試聴(懐かしい!)をしてみて、とても新鮮な驚きを味わったのだった。ガレージ・サイケとかアシッド・フォークの再発盤が陳列されているコーナーで試聴した記憶がうっすらとあるから、おそらくはじめはそういうトランス・ワールド・サイケ(これも懐かしい用語だ!)の一種として興味を持ったのだと思う。が、流れてきたのは、実にビートリッシュ(これも懐かしい用語だ!)で、まるでバッド・フィンガー、ラズベリーズ、エミット・ローズか初期ELO〜ロイ・ウッド関連作かという、同時代のポスト・ビートルズ〜パワー・ポップ系の先駆者達に比肩するような良質のメロディ、ハーモニーだったのだから、驚いた。「シンガポール、すげえ!」。そのとき、不肖私は反射的にそう思い、スペインの「Guerssen」レーベル(後にサイケ系の再発レーベルとして破竹の勢いで好リリースを重ねることになる)から出ていたその再発CDを喜び勇んで買って帰ったのだった。

長々と思い出話を書き連ねてしまった。今回紹介するのは、上記作品を、日本のPヴァインが《Guerssen》からのラインセンスの上で初の国内盤としてリリースしたものだ。 Pヴァインといえば、2012年に同じシンガポールのファンク・ロック・バンド=ファンクガスのレア・グルーヴ傑作『Man With A Gun』(1974年)と『Funkgus 2』(1976年)の世界初リイシューを実現しているわけだが、実を言えば、そのファンクガスこそは、このトラックの変名バンドと言っていい存在なのだった。より正確にいえば、双方とも、オクトーバー・チェリーズというバンドを母体とした別名プロジェクトで、更にそのオクトーバー・チェリーズは、元々サーファーズというバンドの変名であった――などと書くと、なんともややこしい話に感じられるかもしれないが、これには、シンガポールの音楽界特有の事情が絡んでいる。今回の再発盤には、その辺りの事情にも触れた音楽ライター山崎智之によるライナーノーツが封入されているので、詳しくはそちらを参照してほしいが、同テキスト等を参考にしながら、ここでも一応あらましを述べておこう。

よく知られているように、シンガポールは1963年の独立以来、英米文化からの強力な影響を受けながらも、文化的な健全性、清潔性を第一として国内に様々な規制を敷いてきた。それは、当然ながらポピュラー・カルチャーの分野にも及び、ロック文化やそれと結びついたヒッピー的な装いなども抑圧されることとなった。そのため、国内の音楽産業の構造は東南アジアの他地域に比べてもかなり脆弱で、国内マーケットのみに依拠しながらミュージシャンとして生計を立てるのはしごく困難な状況にあった(このあたりのことは、拙編著『シティポップとは何か』におけるアジア諸国の都市型音楽について述べた章でも書いたことがあるので、気になる方は是非読んでみてほしい)。

そのため、シンガポールの多くのミュージシャンは、必然的に国外のマーケットへと打って出ることを目標とせざるをえなかった。つまり、「オクトーバー・チェリーズ」とは、元々地元地域で大きな人気を誇るグループ=サーファーズが、ヨーロッパでのリリースを狙い、契約問題から逃れるために新たに付けた別名だったのだ。その甲斐あって、オクトーバー・チェリーズは、ベルギーでの録音や同地でのリリースに漕ぎ着けたが、後にグループの中心的なメンバーであったギター/ヴォーカルのピーター・ディアスがベルギーのバンドに引き抜かれてしまうという事態にもつながった。トラックという名は、まさにその引き抜きに際して新たに付けられたバンド名だったのだった(その後は、イギリスへの進出を狙って「コル・トラック」と改名しているので、更にややこしいのだが、要するに、改名の頻発とか別名義の多用には、そうした契約/マーケティング上の事情が深く関係していたというわけだ(ちなみに、その「コル・トラック」名義で1976年に発表した作品『One Fine Day』も、今回同時に再発されたので、要チェック)。

まとめると、本作『Surprise! Surprise!』は、オクトーバー・チェリーズから名を改めた彼らの、世界マーケットを見据えた心機一転の再デビュー作だったのだ。リリース元は、ベース/ヴォーカル担当のジェイ・ショータムがオクトーバー・チェリーズ時代に立ち上げた自主レーベル《Baal Records》で、プレスと流通はマレーシアで行われたという。

その内容は、先に述べた初鑑賞時の印象通り、これぞポスト・ビートルズ期の初期パワー・ポップ・サウンドと評すべきものだが、そうした傾向に加えて、彼らならではの個性が色濃く滲んでいることにも気付かされる。まず耳を奪われるのは、随所で聞かれるアナログ・シンセサイザー(おそらくモーグ・シンセサイザーだろう)の特徴的な音だ。ウニョウニョと動き回るその音は、いかにも1970年代前半における「最新型」といったところで、なんともレトロ・フューチャリスティックな感触に溢れている。翻ってみれば、元は《Guerssen》によって「発掘」されたという来歴が示すように、このあたりがサイケ系のファンにも支持された由縁なのだろうなと思わせる。

ちなみに、ここに収められた全10曲のうち、半分にあたる5つのレパートリーは、オクトーバー・チェリーズ時代のアルバム『Dreamseller』(1972年)と重複しているのだが、単に重複しているだけではなく、リズムトラックをそのまま流用している。したがって、2作を聴き比べてみるのも面白いだろう。個人的な印象としては、オクトーバー・チェリーズの『Dreamseller』が比較的MOR的なポップス志向の強い内容だったのに比べて、シンセサイザー等の新規ダビングを経た本作は、やはりどこかサイケデリックな色彩が濃いものに感じられる。

ライナーノーツの中で山崎も指摘しているが、Tr.7の「Dreamseller」やTr.4「Earth Song」のように、ほのかに東洋的な瞑想性を帯びたような曲が聞かれるのも興味深い。これは、一見すると自国の伝統的な音楽へと接近してみせた例と捉えられそうだが、おそらくはそう単純な話でもないだろう。というのも、シンガポールの現代ポピュラー音楽は、日本でも著名なディック・リーをはじめ当の現地出身音楽家自身がこれまで口を揃えて語ってきたように、米英のポップスからの圧倒的な影響の上に進展してきたものであり、裏を返すなら、そこに現代より前から受け継がれた「伝統」的要素は(すくなくとも表面的な次元では)ほぼ存在していないからだ。つまり、ここで実践されている「東洋風」のサウンド/意匠というのは、後にディック・リーが、自演的かつ批評的な含みをもって実践してみせたような「セルフ・オリエンタリズム」戦略のほのかな顕現であったと見る方が適切であろう。当然ながらこれは、米英のポピュラー文化の圧倒的な影響下で同様の「伝統の空洞」を自覚せざるをえなかった戦後日本の一部音楽家たちが採用した戦略性とも無関係ではないだろう。本作に漂う微弱な「東洋性」は、そうしたポストコロニアリズム的な視点からも興味をそそるものだ。

こうやって聴き返してみると、改めて、音楽の聴き方――もっと言えば、ある音楽のどういった部分に魅力を感じるか──は時間の経過によっていくらでも変容するのだなと再認識させられる。一介のパワー・ポップ・ファンだった20年前の自分には聞こえていなかった、見えていなかった部分が鮮やかに浮かび上がってくる体験をさせてもらえたというだけで、私にとって、今回のリイシューは大きな意味がある。

──などと書きながら、その一方で、ポスト・ビートルズ〜オブスキュア・パワー・ポップ視点で実は最も熱いアイテムであるオクトーバー・チェリーズの幻のファースト・アルバム『Meet The October Cherries』(1969年)の再発を祈念する自分もいるのだが。同作は、ネット上でも一部聴くことができるので是非聴いてもらいたい。ずばり、グローバル基準の大傑作!!最高!……なにはともあれ、歳を重ねて何かを変わらず好きでい続けるのって、悪くないことですね……などと、元「バンドマン」の私は思うのであった。(柴崎祐二)

Text By Yuji Shibasaki


Truck

『Surprise! Surprise!』


2024年 / P-Vine


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柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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