【未来は懐かしい】
Vol.66
《Éthiopiques》の再始動後第一弾作として登場した、エチオピアの名歌手による待望の単独編集盤
いまや、ひろく世界各地のファンが愛好する存在となって久しい帝政期エチオピアのポピュラー音楽。ムラトゥ・アスタトゥケの「エチオ・ジャズ」を筆頭に、その遺産を受け継ぐ新たな実践が各地から続々と登場するなど、活況はとどまるところを知らないが、こうした状況が目に見える形で展開してきた背景には、フランスの《Buda Musique》が1997年から展開してきた《Éthiopiques》シリーズの存在があった。
同シリーズは、第一弾作の『Éthiopiques 1 – Golden Years Of Modern Ethiopian Music 1969-1975』を皮切りに、前述のムラトゥ・アスタトゥケや、ムハマド・アハメド、アレマイユ・エシェテ、トラフン・ゲセセ、ゲタチュウ・メクリヤなど、1960年代末から1970年代なかばにかけての「スウィンギング・アディス」時代を象徴する奏者・歌手たちの作品を積極的にコンパイルしてきた他、ときにオーケストラ音楽や、エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーの宗教音楽に至るまで、きわめて貴重な音源を広く世界マーケットに紹介してきた。
同シリーズは、2017年のギルマ・ベイェネ&アカレ・フーベの楽曲を収めたVOL.30をもって20年に渡る歩みを閉じ、一旦は完結したものとみられていた。しかし、それから数えること9年、華々しく復活することとなった。復活後の第一弾リリースには、2タイトルがラインナップされている。一枚が、戦後エチオピア音楽を牽引したネルセス・ナルバンディアンが残したスコアを元に、米マサチューセッツを拠点とするグループ=イーザー/オーケストラが編曲・再構築したライブ音源集であり(なかなかに渋い企画だがこちらも素晴らしい内容だ)、もう一枚が、今回紹介するムルケン・メレッセの編集盤『エチオピーク31〜ティジータの光と影』だ。
ムルケン・メレッセの名は、《Éthiopiques》シリーズの熱心なファンであればすでにご存知だろう。上述の第一弾『Éthiopiques 1 – Golden Years Of Modern Ethiopian Music 1969-1975』の冒頭を飾ったのが彼の楽曲であり、その後も同シリーズのいくつかに彼の歌声が収められていたからだ。そういった意味では、本作はようやく登場した初の単独盤であるといえるだろう。
1954年(推察)生まれのムルケン・メレッセは、1960年代後半に13〜14歳という若さでステージデビューを果たした早熟のパフォーマーである。元はドラマーとしてキャリアを開始し、後に歌手へ転向すると様々な人気バンドに在籍しながら人気を高めていった。レコード・デビューは1972年で、その後1984年までに7インチ盤8枚と同数のオリジナルカセット作品を発表した。1980年以降は世俗的な音楽から離れてペンテコステ派の信仰生活に入り、1984年にはアメリカへと亡命した。その後1985年からは録音も演奏活動も完全に絶ち、2024年4月、ワシントンにて生涯を閉じた。
本作に収められた音源は、1976年に発表した唯一のLPアルバム『Muluken Mellesse』の全曲に、1972年の録音や1975年録音のムラトゥ・アスタトゥケとの共演曲を加えた内容である。1976年といえば、ハイレ・セラシエ1世による帝政にとってかわったメンギスツ・ハイレ・マリアムがスターリン主義的な大規模弾圧を開始したまさにその年にあたる。禁止令と迫害によってこれ以後国内の音楽文化が破壊的な状況に至ることを思えば、『Muluken Mellesse』のLPは、「スウィンギング・アディス」の最後期を飾る作品であったと理解できるだろう。
そのサウンドを聴いてまず驚かされるのが、同時代の並み居るエチオピアンポップス〜ジャズに比べてもトップクラスというべきグルーヴの力強さだ。この「ファンキー」さは、具体的なリズム構成は違えども、あのフェラ・クティのアフロビートや、西アフリカ諸国におけるソウル〜ファンクと現地音楽文化の融合等との同時代性を色濃く感じさせるものだ。更に、デビュー時には女性と間違われたこともあるというメレッセの歌声も、実にみずみずしい魅力を湛えている。エチオピア音楽に特徴的な5音階を元にしたメロディが、こうした軽やかな歌声・節回しで歌われる様は、同地の音楽にそれほどまで馴染みのないリスナーにも、きっと訴えかけるところがあるだろう。
例えば、昨年末にリリースされた岡田拓郎の新作『konoma』の冒頭を飾る曲「Mahidere Birhan」が、明確にエチオジャズ〜ポップス的なサウンドを志向した内容であったことにも現れている通り、マルチカルチュラルかつグローバルな構図を前提とした音楽創作・受容が劇的に深化する現代にあって、固有の歴史的時間性と地域性が色濃く刻まれたエチオピアポピュラー音楽の遺産は、これからもより一層輝きを増していくにちがいない。
本作『エチオピーク31〜ティジータの光と影』は、エチオピア音楽の入門および再入門のための絶好のタイトルとなるだろう。詳細なライナーノーツも貴重な情報満載なので、是非《ライス》発の日本流通仕様盤を手に入ることをおすすめする。(柴崎祐二)
Text By Yuji Shibasaki


