LA旅行記2022
〜エモーションとエナジーと〜
「おかえり、ケンドリック・ラマー」
──《The Big Steppers Tour》地元凱旋公演を目撃!
“I get emotional about life”
—ケンドリック・ラマー「Die Hard ft. Blxst & Amanda Reifer」
時々、人生というものを必要以上にエモーショナルに捉えてしまうことがあります。旅行を終えて帰ってくると、特に。照りつける太陽、現地で市販されているプロテインの味。お世辞にも良いとはいえないストリートの匂いと、宿で戯れた犬や猫の感触、クラクションの音。そして何より、旅先で出会った人々との会話。そうしたものを思い出すとき、いま目の前にないものを大切に思う気持ちが膨らみ、己が内部から圧迫されるような感覚に囚われるのです。9月13日から9月18日までのLA旅行を終えて1週間が経った今も、そうした感覚を確かめながら、この旅行記を書いています。
今回の旅の主たる目的は、ケンドリック・ラマーの最新作『Mr. Morale & The Big Steppers』をひっさげた《The Big Steppers Tour》でした。4回行われるLA公演の最終日が9月17日と知った時、ちょっともうこれは行かなくてはと思い、チケットを購入しました。とはいえ、渡航の要件が面倒だったら嫌だなと思い、9月に入るまで航空券も手配できない程度には腰が重かったのも事実。いま振り返って、その重い腰を上げてくれた過去の自分に感謝しています。
滞在したのはクレンショー・ブルヴァードと48thストリートの交差点付近にある元Airbnbでした。「元」というのは、2017年にこれまたケンドリックの『DAMN.』ツアーを観るために宿泊した際にはAirbnbにリストされていたのが、今ではもう違うから。それでもホストの方と連絡を取ったところ快く受け入れてくださいました。嬉しいことですね。このホストの娘さんがジェイ・ロックとホーミーだというのは5年前に聞いて知っていましたが、そのお兄さんだか弟だかが、ケンドリックのマネージャー兼《pgLang》共同創設者のデイブ・フリーと、過去に職場(Fry’s Electronics)で一緒だったというのは、今回の旅で知って最も驚いたことの一つでした。ある日デイブが突然「俺のアーティストがビッグになってきてるから、ここでの仕事はもう辞めるよ」と言った時、まぁみんなよくそういうこと言うしなと思っていたら、その「俺のアーティスト」がまさかのケンドリックだったという話。
ケンドリックのライブ以外で音楽に触れた場所としては、2018年以降、LA旅行のたびに足を運んでいる《Melody Bar and Grill》と、ストリップ・クラブの《Crazy Girls》が挙げられます。前者は、普段はDJがプレイしていたりバンドがライブをやっていたりするバーですが、今回はなんとカラオケイベントが催されていました。毎週水曜はそんな感じみたいです。ここには裏庭みたいな場所もあるのですが、そこで流れていたのはもう圧倒的にビヨンセ『RENAISSANCE』の収録楽曲たちでしたね。ビヨンセはここだけでなく街中で耳にする機会も多かったです。ストリップについては、以前はガーデナにある《Starz》や《King Henry VIII》なんかによく行っていたのだけれども、もうどちらも閉まってしまいました。《Crazy Girls》では、LAという土地柄もあってかスウィーティーが流れる機会が多かったように思います。
話をケンドリックに戻すと、イングルウッドにあるソウルフード料理店=《Dulan’s Soul Food Kitchen》に行った時、列に並んでるお兄さんが《The Big Steppers Tour》のマーチのTシャツを着てたんですね。「そのTシャツ、いいね。俺も明日行くんだよ」と話しかけたところ、彼も前日に行ったようで、彼女さんと思しき方から「くっそ最高だったよ(It was fire as f*ck)」と聞き、ますますショウへの期待を高めることとなったのでした。ちなみにこの《Dulan’s》、以前は店内でも食べられたのですが、今はテイクアウトのみ。クレンショーにある別店にいたっては週末のみの営業となってしまっていました。ローカル・ビジネスをサポートするためにも、LAに行く機会のある方にはぜひ食べてほしいです。なにより美味しいので。
《Dulan’s Soul Food Kitchen》でテイクアウトの列に並ぶ人々 フライドチキン、カラードグリーン、マック&チーズそしてライブ当日、11時から《UNION LOS ANGELES》でポップアップが開催されるとあって、行くだけ行ってみようかと思い、列に並びました。私が到着した10時30分時点で、店の前から住宅街に3ブロック伸びるほどの長蛇の列! ここではツアーのマーチに加え、ツアーのチケットを提示することでプリントが施せるTシャツやスウェットシャツが売られていました。欲しい気持ちはありましたが、途中で尿意がそれをはるかに上回ってきたので断念しました。ただ、人々の〈ケンドリック熱〉を感じるには十分な〈前哨戦〉となりました。
Mr. Morale Pop-Up x UNIONのコラボ商品“Good energy in the room, drop the location, please”
—ケンドリック・ラマー「Count Me Out」
冒頭に記したように、人生を時にエモーショナルに捉える私は、ケンドリックのライブもひたすらエモーショナルに捉え、無駄にエモーショナルな文章をしたためるつもりでいたのですが、それ以上にとにかく圧倒されました! 会場の《Crypto.com Arena》では、ケンドリックのアルバム国内盤の歌詞対訳をずっと担当されている塚田桂子さんにお会いする機会にも恵まれました。彼女はその日で3回目とのことだったのですが、私も同じく複数回観るべきだったー!と悔やまれました。というのも、いろんな観方ができるから。これはコンセプチュアルな意味でもそうですが、それ以上に物理的に。今回、前方のメインのステージ(以下「ステージ1」からアリーナの中央に向かってランウェイが伸びていて、その中間地点に2つ目のステージ(以下「ステージ2」)、端に3つ目のステージ(以下「ステージ3」)があったんですね。私はそのうちステージ3付近に陣取ったのですが、前方でも間近で観たくなりましたし、少し離れた場所から俯瞰的にも観たくなりました。ケンドリックを生で観るのはこれで5回目。5回目ともなると、「おぉ、ケンドリック様が目の前にいらっしゃる!!」みたいな気持ちにはならないのですが、それでもステージの作り込みが凄すぎて興奮を抑えられず。彼自身もさることながら、演出を手がけた人や、振付師のCharm La’Donnaがめちゃくちゃいい仕事してるなという感想を抱きました。
特に印象的だった曲をいくつか挙げると、まず1曲目の「United In Grief」。初め前方でピアノに座っていたケンドリックが、曲の途中までパフォームするとステージ2にツカツカと歩いてきて、しばらく間隔を置いてから人形を片手に続きをパフォームするのですが、この焦らし芸が、ショウ全体が素晴らしいものになることを決定づけているようにも感じられました。7曲目の「HUMBLE.」では、ステージ1でパフォームするケンドリックとダンサーたちが前方のスクリーンに大映しになり、これもまた迫力満点。あとは「LOYALTY.」や「Swimming Pools (Drank)」といった、彼の代表曲たちをいわばインタールード的に使っているのにも驚かされましたし、ステージ2で「Count Me Out」をパフォームするケンドリックを照らす光が、ステージ1に垂れ下がった幕に彼の影を映し出し、その背中に矢が何本も刺さっているという演出も、生で観ると鳥肌モノでしたね。そして、近くに立っていたお姉さんから「ケンドリック、こっちのほうまで来るから、近くで観れるわよ」と聞いたとおり、「Mirror」や「Silent Hill」を含む数曲を間近で拝むことができました。終盤の「Mr. Morale」ではダンサーが大挙ステージ3に押し寄せて、力強いビートに似つかわしいパワフルなダンスを披露してくれました。アリーナ内にエナジーが充満し、感傷に浸るというよりも、とにかく「俺、とんでもない空間に居る…!」という気分にさせられました。
物事をエモーショナルに捉えがちな私がケンドリックのライブを観て感傷的にならずに済んだもう一つの理由は、彼が〈続き〉や〈未来〉を感じさせてくれたからだと思います。会場には私(33歳)よりも若いと思われる人が予想以上に多かったです。ショウの終盤では《pgLang》のベイビー・キームとTanna Leoneが登場し、特にキームとケンドリックが「family ties」をパフォームした時の会場のボルテージはその日一番と言っても過言でないほどでした。“Hold on, y’all ni**as playing with me, man”と“Amazing, brother/Pop off, only on occasions, brother”は合唱ポイントですよ、皆さん! そして最後には「またすぐ戻ってくるよ」というケンドリックの言葉も聞けました。
《Crypto.com Arena》外観実は今回、ケンドリックのライブと同じくらい心に残ったのが、同じ日に会場に集まったファンたちとの会話でした。それぞれにケンドリックとの出会いがあり、それぞれにケンドリック観があり、それぞれにこの日のケンドリックのパフォーマンスを楽しんで、またそれぞれの生活に戻る──ショウそのものよりも、そっちのほうをエモーショナルに捉えている自分がいます。でも、「俺は救世主じゃない」と主張するケンドリックが我々に求めているのは、彼を半ば盲目的に崇拝することよりも、むしろこういうことなのかも。編集の高久さんも「めっちゃいい動画!!!」と言ってくれたこちら、よろしければご覧ください。
なお、今回の旅における第二の目的は、ボディビルのメッカである《Gold’s Gym Venice》でした。これについては《note》に書いたので、もしご興味があれば。
渡航の前週まで記録的な熱波に襲われていたというLAでしたが、私が滞在する頃には幾分落ち着き、快適に過ごすことができました。現地の友人からは「最近治安がヤバいから気をつけてな」とも言われていたのですが、無事日常に戻れたことを嬉しく思います。円安だけが本当にキツかったですが(カードの利用額を見て吐き気がしています)、もっと気軽に海外旅行できる日が再びやってくること、そしてケンドリックが遠くない未来に3度目の来日を果たしてくれることを願ってやみません。(文・写真/奧田翔)
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クロス・レヴュー
https://turntokyo.com/features/mr-morale-and-the-big-steppers/
Text By Sho Okuda