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数学的な方法ではなく、ストーリーテラーとしてのアプローチを
──ジョーダン・ラカイが語る、新作『The Loop』がモダンなソウル・アルバムになるまで

30 May 2024 | By Kenji Komai

過去10年で4枚のスタジオ・アルバムをリリース、その間にトム・ミッシュ、ロイル・カーナー、ボノボといったアーティストと共演を果たし、さらにはエレクトロニックなサイド・プロジェクト、ダン・キー(Dan Kye)としても作品を発表。ジョーダン・ラカイはマルチ・インストゥルメンタリストとして、そして目まぐるしくスタイルを変えながらデビュー以来着実にステップを登っている。その中でも《Decca》移籍後初となる5枚目のアルバム『The Loop』は順風満帆のキャリアのなかでも間違いなく転機となる作品だ。これまでメインだったDIYでの制作に代わり、ロンドンの《RAK Studios(RAK Recording Studio)》で多くのミュージシャンを起用しレコーディングを敢行。少年時代から親しんできたソウル・ミュージックに敬意を払い、その優しく力強いクルーンが中央に据えられた仕上がりとなってている。妻との出会いを綴った「Flowers」で始まり、これまでの人生を振り返るような「A Little Life」で締めくくられる本作は、出産というプライベートでの環境の変化もダイレクトに反映され、こういってはなんだが、とても人間臭い。

とはいえ、『The Loop』はクラシックでオールド・ウェイヴなだけのアルバムではない。発言のなかで挙げられたミカ・レヴィをはじめ、リトル・シムズやSault、ジャースキン・フェンドリックスらのようなロンドンのアンダーグラウンド・シーンから生まれた不穏なタッチを織り込んだモダンなプロダクションで仕上げている。

アルバム・タイトルの『The Loop』は人生のサイクルを指しているということだが、Raghav MehrotraやHomay Schmitzといった気鋭のアーティストを本作で起用。先ごろ発表されたように《Abbey Road Studios(以下、Abbey Road)》の初代アーティスト・イン・レジデンスとして後進のアーティストのための道を用意してもいる。2015年にブリスベンからロンドンに居を移し、孤軍奮闘しながら同時に多くのコラボレーションで腕を磨いてきた、音楽のサイクルということに意識的な彼だからこそ生まれた作品だと言えるかもしれない。そんなアルバムについて、Zoomで話を訊いた。
(取材・文/駒井憲嗣 通訳/丸山京子 トップ写真/Samuel Bradley 協力/高久大輝)

Interview with Jordan Rakei

──新作『The Loop』は、アブストラクトだった前作『What We Call Life』(2021年)と対照的に、ヴォーカルを中心に据え、感情を率直に表現していることに驚きました。というのは、あなたはかねてから音楽制作をとてもロジカルなものと分析しているように感じたからです。過去のインタヴューで「私にとって音楽とは、システム、アルゴリズム、ゲームのようなもの」と説明していますし、「ビートメイキングは科学」「(音楽制作に)魔法はない。超物理学が加わった、ただの0と1だ」とSNSで発言もしていいます。こうした作品になるにあたって、もっとも影響したことはなんでしょうか?

Jordan Rakei(以下、J):良いポイントだね。子供が生まれたことが大きかったかな。自分自身の感情と繋がれるようになったというか、特に歌うことを通じて色んなことを知ったんだ。これまでは自分はあくまでもプロデューサー、“歌を歌うプロデューサーだ”と思っていたので、シンガーだという意識はなかったんだ。でも今回は数学的、科学的な方法ではなく、歌を歌うストーリーテラー的なアプローチで取り組んでいる。自分の脆さを見せられるようになったことで、歌詞も自分の本心を曝け出すようなものになったし、これまで以上に感情を歌に乗せられているのだと思う。うん、確かにすごく僕は変わった。でも不思議と、プロダクションの部分ではまだ数学的なアプローチも残ってるんだよ。オーケストラを前にした時、ドラムの音を聞いた時、大きなパズルのように捉える感覚がある。でもそれが音楽に変換される時、僕の声によるパフォーマンスになり、それがアルバムの主な焦点になっているんだと思う。

──70年代のソウル・ミュージックの要素もたくさん感じられます。『Fulfillingness’ First Finale』期のスティーヴィー・ワンダー、スピナーズ、ウィリアム・ディボーン、マーヴィン・ゲイ『What’s Going On』、カーティス・メイフィールドなど。ソウル・ミュージック的アプローチは最初の曲作りの段階から生まれていたのですか?

J:今回はピアノで、昔ながらのタイプの曲を書いたという感じだよ。コード進行、ストーリーテリング、語られるのは個人的なことから、政治的なこと、子供のことまで。ソウル・ミュージックと言っても、70年代のプロダクション・スタイルのことを指すと同時に、魂(ソウル)から生まれる音楽という意味も当然あるわけで。ピアノの前で曲を書き始めた時、「ジョーダンという人間が今一番言いたいことはなんだろう?」と考えたんだ。誰かのために書くのでもなく、レコード・レーベルやマネージメントのために書くのでもない。本当の意味でパーソナルで魂の旅だった。だから、二重の意味を持つソウル・アルバムなんだ。プロダクション的な意味でのソウル・ミュージックでありながら、ソウルフルな表現というのかな。ピアノに向かった最初からそうだったよ。

──「Freedom」では、ナイジェリアのアルハジ・ワジリ・オショマによる「Alhaji Yesufu Sado Managing Director」が引用されていますが、サンプリングを使っていても、これまでの密室的な印象とは代わり、とても開放的なプロダクションが印象的です。実際に数十人のオーケストレーションやストリングス、ホーン、ゴスペル・クワイアといったゲスト・ミュージシャンをコントロールする作業にはこれまでDIYで培ったノウハウが役立ちましたか?

J:ああ、おかげで楽しくやれたと思う。DIYでやっている時っていうのは、ドラムループを切り刻むのも、楽器を録音するのも、すべて自分の選択だ。でも今回はスタジオそのものがひとつの楽器、もしくはコンピューターなんだ。ベーシストやドラマーに「ここをこうして」とか「こう変えて」と言って、そこで試行錯誤しながらコミュニケーションが取れるところが楽しかったよ。音楽を作るのは、やっぱりコンピューターよりもミュージシャンたちの方がうまいと思ったよ(笑)。レイヤーを重ねたり、といったプロダクションの部分ではDIYアプローチを取ったけれど、今回は基本人間が行った。僕がMPCでドラムを打ち込むだけではない、大がかりなプロジェクトだったんだ。

──あなたの作品にとってビートやドラムは常に需要な要素で、これまでもリチャード・スペイヴンやジム・マクレーなど様々なドラマーと一緒に仕事をしてきました。今回は17歳のRaghav Mehrotraを抜擢していますが、彼を起用した理由を教えてください。

J:初めてのミュージシャンとやりたいと思っていたので、「誰にしよう?誰がこの曲に合うだろうか?」と思いながらネットで調べていた時にみつけたんだ。今地球上で、一番おもしろいドラマーの一人だと僕は思う。本気だよ。素晴らしいファンク・ドラマーであり、ジャズ・ドラマー、とても表現力のあるドラマーなので、彼を入れたいと思った。若いから当然なんだけど、こういったアルバムで叩いた経験はなかった。彼にとっての最初の“旅”の一部になれるのは、僕も嬉しい。きっと5年後にはハービー・ハンコックとかとやってるはずさ。有名になっちゃう前に一緒にやれてよかったよ。

──アルバム全体においてドラムの役割についてテーマはありましたか?

J:デモは、70年代のビートをチョップして古いヒップホップ・スタイルで作ったものなんだけど、ブレイクみたいに聞こえるグルーヴとサウンドを入れるのが重要だったんだ。例えば「Trust」や「Freedom」には当然ながら生のドラムも入っているけれど、あえてチョップしたブレイクみたいに感じられるように、実際のプレイやミキシングで工夫したんだ。それがアルバムにモダンでヒップホップ的な感覚を与える上で、大きな役を果たしたと思う。クラシックなソウル・アルバムだとドラムはそこまで強調されないけれど、ここでは直接的でドラムの音が立っているからね。それは意識してそうしたよ。

Photo by Samuel Bradley

──ちなみに今いらっしゃるのは自宅スタジオですか?

J:そうだよ。

──せっかくなので、後ろにある楽器で作曲に使うものなど紹介していただけますか?

J:もちろんさ。(スタジオを歩き回りながら)このデスクは昔ながらのミキシング・デスク。自宅でもハイクオリティの録音を可能にしてくれるんだ。これのおかげで家にいながらクオリティの高いレコーディングができる。これは1974年製のオリジナルのローズ・ピアノ、Rhodes Mark Iだ。オーストラリアから空輸で運び、ファーストEPでも使っているよ。もう一つ、こちらは本物のメロトロン。メロトロンってあまり出回ってないのでレアなんだけど、これは僕のだよ。車みたいにすごく大きい楽器だ。アルバムでも全編で弾いている。今回はシンセをあまり使わなかったという話をよくしているように、これも見た目はシンセっぽいけれど、実際は自然な生音をテープで再生するアコースティックな楽器なんだ。それくらいかな。残りは《RAK Studios》にあった機材を使ったんだ。

──ありがとうございます。クレオ・ソルの大ファンだそうですが、今回のミキサーに彼女を手掛けているベン・バプティを起用した理由を教えてください。

J:クレオ・ソルを知る前から、ベンのファンだったんだ。彼はUK随一のミキシング・エンジニアだよ。ここ10年で僕が一番気に入っている作品の一つであるモーゼス・サムニーのアルバムも手掛けていた。彼はミキシングを、科学というよりはアート・フォームとして捉えていて、各曲が必要とすることを汲み取ってくれる。僕のレコードを聴いた時も「君の声をもっと大きく、ドラムにもインパクトが必要だ」というように意見を言ってくれた。そういう意見はありがたいし、仕事ぶりを見るだけで勉強になったよ。僕自身もミキシングをやるのでね。彼の隣に座っているだけで、わざをずいぶんと学べた。彼ほどのレジェンドからそれができたんだ。クレオ・ソル、リトル・シムズ、Sault、マイケル・キワヌカとか最近の仕事も、本当に刺激を受けるいいものばかりだ。それで彼とやりたかったんだ。

──あなたがキューレーションした『Late Night Tales』(2021年)にも収録された曲を手掛けたHomay Schmitzが今作のソングライティングに加わっています。彼女とのコラボレーションはいかがでしたか?

J:美しかったね。「Flowers」での彼女の貢献も解釈も。彼女のストリングスのアレンジには、映画音楽のバックグラウンドがある人ならではの面白さがある。典型的な現代風ストリング・アレンジではないんだ。特に終盤、心に残る幽玄な、他にはないタイプのアレンジだと思う。10年前にロンドンに移ってきて以来の友人だが、一緒にやり続けられているのは嬉しいね。

──私の最もお気に入りの曲は「Miracle」です。この曲がとりわけそうですが、全体的に映画のスコアを思わせる瞬間があります。同じ《RAK Studios》で近年録音されたジャースキン・フェンドリックスの『哀れなるものたち』のサウンドトラックも思い出しました。制作にあたって参考にした映画音楽はありますか?

J:いくつか、特にストリングス面でのインスピレーションがあるんだけど、一つは映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のエンニオ・モリコーネによる音楽。あと『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』の音楽を担当したミカ・レヴィのものすごく抽象的なストリング・アレンジ。言葉ではなかなか説明しづらいのだけど、直接的ではなく、音が漂っているような、不気味で恐怖感を煽るエイリアンというか、取り憑いて離れないような……「Miracle」ではそういうものを求めていたんだ。インスピレーションになったのは間違いなく、映画音楽だったよ。

──スタジオでミュージシャンを起用してのレコーディングは、ある意味、他のアーティストにまかせてしまう、ジャッジを委ねてしまうところもあると思います。『The Loop』でのそうした経験は、今後の創作プロセスに影響を与えるでしょうか?

J:ああ、それは間違いなくあると思う。でも、難しいもので……10年前にアルバムを作るようになって以来、結果的には毎回作る工程を変えたい、色んな新しいことをやって、自分にとって新鮮なものにしたいと思ってしまうんだ。でもそれをおいても、こういったアルバムの作り方は今後も続けていきたいと思えるくらい、気に入ったよ。ミュージシャンからは当然、新しさがもたらされる。彼らはそれぞれが違う影響を受け、育ち方をし、持っているスキルも違う。僕があらかじめ少しだけ作った世界、例えばギター・パートを書いておくとかして、それを自分よりもうまいギタリストに渡すことで、違う解釈が生まれ、曲自体がより良いものになる。自分が一旦手放し、よりうまいミュージシャンに渡すことで、自分の音楽のためにもなるし、プラスアルファがあるってことを学んだよ。なんでも全部自分でやりたいという、コントロールフリーク、完璧主義者になるのは簡単だけど、手放すっていうのも大事だと思ったよ。

──《BBC1》のセッションではボン・イヴェール、フィービー・ブリジャーズのカヴァーを録音したそうですね。SNSではピンク・フロイドやビル・ウィザースなども歌っていましたが、今後カヴァーしてみたい曲はありますか?

J:そうだなぁ。カヴァーをやるのが好きなのは自分のスタイルにできるからなんだ。誰もが知っている名曲、例えばビートルズとかボブ・ディラン、ジョニ・ミッチェルを、いかに新しく、まるで新曲か何かのように思わせるくらいにカヴァーするかが、やり甲斐のあるチャレンジなんだ。僕がやったドナルド・バードの「Wind Parade」のカヴァーを多くの人が、僕のオリジナルだと思ったらしいんだけど、当然のことながらカヴァーさ。そうやって新しく感じさせるように物事をミックスするのが自分でも得意なんじゃないかと思ってる。

──《Abbey Road》の初代アーティスト・イン・レジデンスに就任することも発表されました。自宅でのレコーディングによる制作活動からスタートしたあなたがそうしたポジションに立つということは他のアーティストにとっても励みになると思います。《Abbey Road》ではどのような活動をしていきたいですか?

J:本当に光栄というか……確かに、11歳で兄弟とビートを作っていた地下室から、世界で最も有名なスタジオにっていうのは、なんだか現実の話じゃないみたいな気がするよ。《Abbey Road》に行くたび、大勢の観光客が来て写真を撮っているんだ。その中を僕が歩いて建物に入っていくんだから、すごい話さ。今後はたくさんの音楽を書いていきたいし、多くの人とコラボレートしたい。ロンドンのジャズ・シーンのミュージシャンだけでなく、ラッパーたちともね。スタジオを拠点に色んなことをしたいんだ。今、ベッドルームから飛び出している子たちも多いと思う。音楽作り自体、方法に行き詰まっているところもある気がする。ラップトップやコンピューターから生まれた現代の音楽を悪く言うつもりはないよ。でもスタジオ……特にそれが《Abbey Road》のようなレガシーのあるスタジオにいると、音楽っていうだけでなく、違う何かが生まれてくるような、そんなインスピレーションを受ける。とてもラッキーだと思うよ、自分は。

──10月には《Royal Albert Hall》でのライヴも控えていますね。

J:自分にとっては夢のステージだ。オーケストラにクワイヤー、ホーン・セクションまでいるショーを自分がやるなんて、これまでは無かったことだ。間違いなく、僕のキャリア最大の瞬間になると思う。これが今、僕が作れる音楽なんだと世界に披露する、僕なりのステージさ。とてもとても楽しみだよ。

──ありがとうございました。日本で会える日を楽しみにしています。

J:年内には行けると思うので、その時に会おう。

<了>


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Text By Kenji Komai


Jordan Rakei

『The Loop』

LABEL : Decca / Universal Music
RELEASE DATE : 2024.05.10

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