対談
ウェンディ・アイゼンバーグ × モア・イーズ
蜜月が生み出した美しき2作品の背後に横たわる真実
モア・イーズ(ことマリ・ルビオ)とウェンディ・アイゼンバーグは、フォークをラディカルな音楽として捉える存在であり、電子音楽に不自由な息吹を送り込める存在であり、即興と形式に接合点を見出す存在であり、歌やメロディを諦めない存在であり、歌や声にテクスチュアとしての肌触りを求める存在であり……それらを同時にポップ・ミュージックという大きな受け皿の上で煎って濾すことができる最重要アーティストである。そんなにベタ褒めしてどうするんだと言われてしまえばそれまでだが、クレア・ラウジーとのデュオ作に続いて《Thrill Jockey》からリリースされたモア・イーズのニュー・アルバム『sentence structure in the country』と、そのモア・イーズことマリ・ルビオがプロデュース、《Joyful Noise》から届けられたばかりのウェンディ・アイゼンバーグのセルフ・タイトル作『Wendy Eisenberg』という、いずれもこの春話題を集めて不思議ではない新作2枚を聴くと、絶賛にそう大風呂敷を広げたくなるというものなので、申し訳ないが、こればかりはどうしようもない。さりげなく過去の祖先と未来の子供達と手を組むべくタイムワープしまくる二人の異端の夢想家の貪欲なロマン主義に乾杯! それでもうあとはこの膨大な量の対談記事を読み進めてほしいとだけ言いたい、そんな2026年の春なのである。
テキサス州サンアントニオ出身のモア・イーズ、メリーランド州ゲイザースバーグ出身のウェンディ・アイゼンバーグは今、ニューヨークはブルックリンで同じ屋根の下に暮らしている。公私共にパートナーとなっている二人は、とにかく活動的で意欲的で、実際にリリース作品が多いことでも有名だが、多様な活動に足を伸ばせば伸ばすほど、ゴリっとした信念が見えてくる。それは、二人が、主観的経験と深く結びつき、音を通じて、人間が自分自身や世界と対話し、感情・想像・つながりを生み出す営みをただただ実践しているに過ぎない、そして、それこそが音楽ではないか、ということに気づいているからだ。
二人は……特にウェンディはギタリスト、バンジョー奏者として卓越した腕を持つ。あのデヴィッド・グラブス、クレイマーともユニットを組んでいる曲者でもある。モア・イーズもペダル・スティール演奏、オートチューン使い、フィールド録音までを同等に扱い、細やかなレイヤリングによって鮮やかに音の風景を創出するサウンド・リリシストであり、名プロデューサーだ。その二人の対談が実現したのでお届けしよう。とにかく長いです。時間をかけてお読みください。あと、対談中には多くの他アーティスト、作品の名前が登場する。その中の二作品──今から56年前にひっそりとこの世に生み落とされ、ほとんど知られることなく何十年と歴史の彼方に消えていたヴァシュティ・バニヤン『Just Another Diamond Day』、女性シンガー・ソングライターの草分けで、ある時忽然とシーンから姿を消したコニー・コンヴァースの近年話題を集める発掘音源集『How Sad, How Lovery』──現在この2作品がフォークという文脈とはまた異なるところでも評価されていることが物語っているように、もう、現在は一聴すると多様ではあるものの音楽の根っこと未来が一つの大きな幹となっている。「音楽」とは、人間(または意図を持つ存在)が、音(または沈黙を含む)を時間的に組織・構成し、主に音そのものとして積極的に関わることで、経験を豊かにしたり強めたりするもの。この二人の作品を聴いていると、そんな宇宙規模の、でもワクワクするような楽しい概念に心酔したくなるのだ。ただ、ただ、生きている(音楽)って最高。
(インタヴュー・文/岡村詩野 通訳/竹澤彩子)
Interview with Wendy Eisenberg, mari rubio(more eaze)
——二人は同世代ですよね。
more eaze(以下、m):そうですね。私の方が少し年上で。私が今37歳でウェンディが34歳なので。もともと私がウェンディの音楽の大ファンで。2017 年に出た 『Time Machine』 というアルバムを聴いたのがきっかけで……あれ、2017年でいいんだよね? 2018年だっけ?
Wendy Eisenberg(以下、W):2017年で合ってるよ。
m:そう、あれはものすごく鮮明な記憶があって。当時、オフィスワークをしていて退屈な事務作業をしていたんですけど、仕事中、唯一の救いが音楽を聴けたことで。そんなときBandcampでたまたまこの作品に出会ってすごくハマって夢中になったんです。手紙を折ったり書類をファイリングしたりひたすら単調な事務作業をしてるとき、ワクワクする音楽に出会えたことに感激して、「この人、一体何者なの?」って。いつの時代の音楽なのかも、どうやってこの音に辿り着いたのかもまるで想像がつかなくて、「もしかしてリイシューかな?」と思ったくらい……それくらいタイムレスなものを感じたんですよ。そしたら自分と同世代だってことを発見して(笑)。ただ同じアメリカでもまるで正反対の地域に暮らしてたんですよ。私は当時テキサスに暮らしていて、昨日もウェンディにも言ってたんですけど、初めてウェンディのインスタグラムのアカウントを発見したとき「ああ、超カッコよすぎる‼ 自分には手の届かない雲の上の人だ」って(笑)……あまりにも音楽が素晴らしすぎて。それがウェンディの音楽との最初の出会いで、その後、無事オンラインで仲良くなれました。私の予想が見事に外れていたということですね(笑)。 ちょうど私がニューヨークに移る少し前に一緒にライヴをする機会があって、その晩をきっかけに一気に仲良くなって、そこから一緒に過ごす時間が増えていったんです。
W:私が最初にマリ(・ルビオ=more eaze)の音楽を聴いたのはクレアとのデュオ作品なんですよ……あれがたぶん最初のデュオ作品だったのかな? 『If I Don’t Let Myself Be Happy Now Then When? 』と出会って、その時点からすでに「わー、何これ⁉ もっと知りたい‼」となって……あれがクレア(・ラウジー)との最初のデュオでしょ?
m:そうそう。
W:当時、すごく落ち込んでいた時期で、そのときに出会った作品なんです。たしか2020年で。
m:私もこのアルバム作ってるときめちゃくちゃ落ち込んでました(笑)。
W:当時、ものすごい田舎の方に住んでて……生活に困っていたというよりも、さっきのマリと同じで仕事の内容が本当に辛くて。そのストレスのはけ口としてさんざん音楽を聴きまくってた時期にあの作品が特に際立ってたんですよ。 そこから、まずクレアの音楽に一気に夢中になって……ありえないほど素晴らしくて、あまりにも普通とかけ離れてるのが不思議でたまらなくて、「一体、この謎の要素は何だろう?」と探っていくうちにマリの作品に辿り着いて、そこから完全に取り込まれてしまいました。さっきマリが言ってたことの繰り返しになっちゃうかもしれないんですけど、一体どうやってあんな音を作っているのかさっぱり理解できなくて(笑)。もちろん、オートチューンを使ってるとかヴァイオリンを使ってるとかいうレベルならわかるんですけど、エレクトロニック・ミュージックってことに関して私は疎いのもあり、ただひたすら「何者なの?」って感じでしたね(笑)。ただ、「コンテンポラリー・ミュージックに通じる音響的な知識を持っていて、しかも何でもできる人なんだなあ、凄いなあ……」って思っていました。それが2020年頃で、そのあとマリ彼女がニック(・ザンカ)と一緒にやってるAsemixの作品と出会って、こちらもまたまた好きになって。ニックのことは以前から知っていたのもあり、余計に「この変態的な要素は一体どこから来てるの?」って。
m:アハハハハハ!
W:いつもすごいと思うのは、マリが複数の分野にまたがって専門知識を持っているという、それ自体がすでにすごいのですが、コラボレーション形式にしろデュオにしろ、必ずマリの音になってる。どれがマリの専門分野なのかわからないですけど、とりあえずマリの関わってる作品はどれもマリの音になってるんですよね。
m:大丈夫! 何が自分の専門分野なのか、自分でもよくわかってないから(笑)。
W:要するに多次元的なアーティストということですよね。いくつもの顔を持ってる。ただ、数々のデュオ作品の中にも必ずマリの痕跡があって、彼女が大切にしているものがきちんと見えるんです……それが本当に凄い! マリが関わってるどのデュオもどれもまったく違ってるのに、そのそれぞれの相手から彼女に以外には引き出せなかった別の面を引き出してる。私もマリに一目置かれたくてメッセージを送ったのを覚えてます。その作戦が効いたようです(笑)。
m:アハハハ、それはお互いさま(笑)! 私もウェンディの『Its Shape Becomes Your Touch』を聴いたら、完全にフリーの即興のギターの作品で、しかもその前に歌ものの『Time Machine』を聴いてたから、余計に「この人一体何者なの?」って(笑)、「こんなに奇妙にして素晴らしい音楽を作ってるなんて!こんな形のギター・ソロの音楽を作ってる人、今どきいない‼」と思って(笑)! そのお互いをリスペクトと憧れを抱きながら、何年か後には恋人関係にまで発展していきました(笑)。
——私が知りうる限り、2024年頃からお二人の共演が増えていった印象です。more eazeの作品にウェンディが参加したり……。実際に一緒に作業をしたり、活動を共有するようになったのは、何が最初でしたか。その時はどういうような役割分担だったのでしょうか。
W:2024年という認識で合ってるはずです、ちょうど私たちが付き合い始めたのが2024年の初め頃だったので。それで、実は最初に一緒に作った作品が『sentence structure in the country』に収録されてる 「healing attempt」だったんですよ! その頃はまだ何回かデートしたぐらいの時期で、ちょうど私のほうで作りかけの曲があったのと、2人ともスクリッティ・ポリッティが大好きで、とくに一番最後の……おそらく直近の作品だと思うんですけど『White Beer, Black Bread』だっけ?
W:いや、『White Bread, Black Beer』でしょ?
m:そうです、いつもそこがごっちゃになっちゃう。スクリッティ・ポリッティ作品の中でも必ずしも人気が高い作品ではないと思うのですが(笑)、2人ともあのレコードが大好きで。ちょうど「healing attempt」を作っている最中だったんですけど、いつも頭の中でその曲のことを考えているような状態で……この曲にはもっと大きなコーラス、もっと大きなバック・ヴォーカルが必要だと考え始めたときに、ちょうどウェンディが家に遊びに来てくれて、そのとき初めて一緒にレコーディングすることになりました。しかも、びっくりなことにウェンディが「もう一つトラックちょうだい、もっともっとヴォーカルを重ねたい」って調子で、そこからどんどんヴォーカルを大きく厚くしていったんですよ。それが2人で録った初めてのレコーディング音源ということになります。その後に、友人でありそれぞれのマネージャーからチャリティーのコンピレーション盤に曲を提供してほしいという依頼が来て、そこでwhait名義で作ったのが「calm down」になります。それが実質的というか、いわゆる一緒に曲を書くという意味での初めての共作になりますね。
Wendy Eisenberg
——では、お2人のさらなる話はのちほど伺うとして、ここからは少しウェンディ自身のこれまでのキャリアについて伺います。ウェンディはメリーランド州ゲイザースバーグ出身です。ワシントンDCに近い街ですが、あなたはこの地で11歳の時にギターを弾き始めたそうですね。どういうスタイルのギター、どういうギタリストをイメージして演奏したくなったのですか。
W:ギターを弾き始めたのは母親が家にあった古いマーティンでいくつかコードを教えてくれたのがきっかけで……ちょうど父が家を出て行ったばかりで、両親の家を行き来していたんですけど、父親の家にはエレクトロニック・ギターというかARIAのセミアコがあって、母親の家には件のマーティンがあったので、基本マーティンを弾いてました。最初、弦高が高くて大変だったんですけど、それでも最高の気分でした! 初めてギターを奏でた瞬間、子どもの頃に習ってたピアノよりもしっくりしたんですね。その頃はまだ自分がどんな音を出したいのかなんて全然わかってはいませんでしたが、ただ、自宅の地下室で父親が引越しの際に置いていった古い本がたくさん残ってて、その中にレコード・コレクターみたいな本があったんですよ。その中にいつの時代のものかわかりませんけど、デザインからすると80年代の本でしょうか。その中で取り上げられている音楽は80年代よりもっと前で、そこからロネッツだったり、ビーチ・ボーイズの作品を知ったんです。どギターとの関連でというより、ソングライティングの魅力に惹かれてましたね。あとこれはすごくアメリカ的なんですけども、当時ちょうどフォルクスワーゲンのCMにニック・ドレイクの曲が使われていて……。
ニック・ドレイクの「Pink Moon」が使用されているフォルクスワーゲンのCMm:アハハハハハ! 私もあのCMに影響を受けてます(笑)。
W:私がフィンガー・ピッキングを始めたのもたぶんその辺からの影響です。ポスト・モダニズム主義的と言えますけど、広告からの刷り込みです(笑)。もう何でもかんでも興味があって影響受けちゃうんですよ。それこそさっき言ったレコード・コレクター本にしろ、何気なく手に取った雑誌にしろ……両親が離婚した後、週末に父親がよく本屋に連れてってくれたので、そこでロック雑誌コーナーに陣取ってペイヴメントについて知って、周辺の音楽を深堀していったり……まだ中学生の頃だからロック・ジャーナリストの書いてることをすべて鵜呑みにして(笑)。それでペイヴメントのギターに憧れたり、その一方でピンク・フロイドも大好きで、初めてコピーしたギター・ソロは「Comfortably Numb」という、今思うと完全にクラシック・ロック寄りですよね(笑)。
ただ、憧れのギタリストを真似したいというよりは、ただその人たちの弾いてるフレーズを知りたいって好奇心から彼らのギターを参照していきました。そしてその背景にはとにかく良い曲を書きたいという気持ちがあったんだと思います。そこから自然にジャズにも深い興味が出てきて……ジャズのスタンダードって何しろメロディが秀逸じゃないですか。しかも、母親の車に入ってたバート・バカラックのCDのメロディにすごくよく似てて、頭の中で「あー、あの曲何だっけ?」、「あの母親の車の中に入ってるジェーン・シベリーの曲……」とか「ほら、あのピンク・フロイドの初期シングルで……」とか、いつもそんなこと言ってる感じの子でしたね(笑)。ただ、ギター自体はすごく向いてたようで、まわりから常にリード・ギターを頼まれるような感じでしたね……ただ、歌手になりたいとは思ってなかったんですよ。ただ、ある時期からギターが単純に面白くなっていったのと、ギター自体も自分には簡単に思えたので、そこからジャズの沼にハマっていきました。その後どういう経緯で今の感じに至るのかは 謎ですけど、ジャズからの影響は折に触れて自分の中に出てきますね。
——あなたの今のプレイを聴いていると、かなり様々なスタイルをシームレスに取り入れている印象です。アメリカン・プリミティヴ、ドローン、ジャズ、フォーク、パンク、もちろん即興などなど……どのようにしてこうしたハイブリッドで複合性のあるギターが弾けるようになったのでしょうか。
W:うわ、なんて光栄な(笑)。 ただ、おそらく自分にはそれが可能だと直観レベルで分かっていたんだと思います。もともとギターが身体に合ってたんですね。あっさり弾けるようになったし、触った瞬間にすぐに理解できたんです。だから、ギターの基本的な構造が身についてからは、特定のハーモニーやテクスチュアなど表現の語彙力を増やしていくことが中心になっていきましたね。もともとジャンル関係なしに色んな音楽を聴いてたのもあり、自分なりに何て言うかこう、「あ、もっとできるんじゃないか」というところがあったんでしょうね。一つのジャンルを極めることがギターの本質ではないとは感じていたので……そもそも、それだったら自分の興味も続かなかったでしょうね。何しろ頭の中が取っ散らかっている人間なので(笑)。ただ、自分にもそういうアプローチが可能なんだと思わせてくれたきっかけはいくつかあります。ひとつは、中学一年のときにバンド仲間から教えてもらったジョン・ゾーンのネイキッド・シティとの出会いです。もう一つはビル・フリゼールの音との出会いです。言うまでもなくネイキッド・シティのギタリストですけど、自分の中でそこが繋がったのはもっとずっと後になってからで……ビル・フリゼールがジャズのボキャブラリーに精通してるのはもちろんですけど、彼自身の興味や好きなものすべてが彼の手の動きからこぼれ落ちるように聴こえてくるように感じられて。
m:わかるー!
W:だから、どんなギタリストを目指していたか? という先ほどの質問に具体的に答えるなら、ビル・フリゼールみたいなギタリストというのが正解かもしれません。クリエイティヴで尚かつ「こんな感じで弾いてくれる?」って言われたら、そのリクエストに自在に応えられるようなギタリストを目指していました。「モービッド・エンジェルみたいな音で弾ける?」って頼まれたらそれに応えるし、「ニック・ドレイクの『Pink Moon』のように」でも、「デヴィッド・ギルモアのように」でも、どんなスタイルにも応えられる多彩なギタリストになりたかったんですよ。そうした参照元が自分の表現の枠を狭めるよりもむしろ広げてくれるように感じられたんですよ。そうやって様々なスタイルのギタリストを参照しながら弾くことで、様々なギター・スタイルをタイトルみたいに取得していって、自分の表現として取り込んでいったみたいな感じです。
——ウェンディはニューヨーク州のEastman School of Musicでジャズを学び、Jazz Studies and Contemporary Mediaの学士号を取得されました。その後は「New England Conservatory(NEC) 」でContemporary Improvisationの修士号を取得されています。これら学生時代の勉強の内容について少し詳しくおしえてください。基本はジャズという領域でのことだったのでしょうか。どのような授業で、どのような発見があり、そして今のあなたの演奏、創作にどのように生かされていますか。
W:やだもう、感激です! さっきから今まで受けたインタヴューの中でも最高クラスの質問のオンパレードで(笑)。
m:ね、ね、だから言ったでしょ(笑)?
W:大学のジャズの授業ではハード・バップを徹底的に叩き込まれたんですよ。おそらく1966年あたりが全盛期だったスタイルかと思うんですけど、彼らの中ではまだ全然終わってなかったらしく。当時はジェリー・マリガンの和声法を学んだり、ハンク・モブレーみたいな演奏を習得するのが必須とされていたんですよ。その結果、やけに古い時代のジャズの手法に精通したプレイヤーになっていったんです。ただ、学生時代、実際に聴いていたのは当時人気だったブラッド・メルドー、カート・ローゼンウィンケル、ジェイソン・モランあたりのいわゆる当時のメジャーなジャズで、学校で学んでいるのとはまったく別の宇宙が開けているようでそれにも魅了されていきました。もちろん、大学で学んだことはビル・フリゼールのような多才なギタリストになるという個人的な目標達成のためには大きく役立ちました。とはいえ、一番役に立ったことは……自分が今大学の講師として教えているという点を除いて──自分が講師をやってること自体、いまだに笑っちゃうんですけど(笑)……私が大学でジャズを学んだことで一番自分の糧になってることがあるとするなら、そうした古い時代のジャズのギター奏法で唯一使えるツールがハーモニーであったということです。
m:なるほど!
W:つまり、どうやってハーモニーを明確に捉えて、転がしていくのかというところですよね。そもそも初期のジャズを正しく演奏しようとするだけでもすごく大変なんです。使えるのは三和音だけで、6thや9thみたいな後に登場するコードは使えない。ある時代の特殊な限られたコードの中で、ギターでビバップを演奏するということを徹底的に追求していきましたね。スタイル的にペダルも使えないし、当時、自分が夢中だったノイズロックのエフェクトに頼ることもできない。(ジョン・コルトレーンの)『The Olatunji Concert: The Last Live Recording』みたいな、名ジャズ・アーティストの後期の作品ですら音大的な価値観の中では邪道とされていて、当時の私は沸々とした怒りを抱えていました(笑)。
ただ今になって振り返ってみると、どんなに限られたハーモニーでも表現してみせるという態度が自然に身につきましたね。そのためには徹底的に耳を鍛える必要がありました。それともう一つ、ソロを弾くときには聞いた瞬間それとわかるような、ある特定のメロディックな要素が必要だと意識するようになりました。その感覚は今でも自分に生きていると思います。実際、自分が書いた曲をマリやバンドに見せるとき、ペダルはほぼ使いませんから。ジャズギターに関して私のツールボックスの中身は2010年当時からほぼアップデートされていません(笑)。1970年以前と同じツールをいまだに使っていることになります(笑)。それはこれからもずっと私の音楽に生き続けると思います。つまり、すべての始まりである『Time Machine』という作品がああいう音になったのもまさにそういう理由からだと思います。限られた音のツールで、もっと古いフォーマットに則って作られているので。
——なるほど。ウェンディはさらに2021年にはNew York University(NYU)でPerformance StudiesのMAを取得していて、かなり集中して演奏のみならず学理、音楽学なども学んだと聞いています。とはいえ、あなたは2010年代にはもう作品も発表していますし、ライヴ活動もしていたと思います。具体的にアーティスト活動と、学生として学ぶ側面とはどのように並行させていたのでしょうか。
W:それに関しては不幸にして幸いというか、私がそのプログラムを受講していたのがちょうどコロナ時期に重なってツアーに出ることができなかったという、まさに絶妙なタイミングでした。一日何時間もフレッド・モーテン(*文化批評家、詩人、大学教授)がパフォーマンスについて語るのを聞きながら、人前で演奏することができないという状況の中で、パフォーマンスというものが社会的・感情的にどのような影響力を持つのかについて考察していくのに、ある意味、すごく良い時期だったともいえます。当時パフォーマンスといえば抗議活動や、公園でのゲリラ的な出し物に限られて、パンデミックによって、通常のライヴ活動やこれまで日常だったはずのものが完全に奪われてしまったわけですから。というわけで、学業とのバランスに関しては自然に取れてしまっていました。私がそのプログラムを受講した理由は、パフォーマンス・スタディーズという分野自体に興味があったからです。自分が演奏するときの態度を知るというのはこれまで職業訓練的な視点から取り上げられることはあっても、哲学的なテーマとして扱われることはほぼ気がしていたので。
ただ、この特殊にしてマイナーで分野はそれをガッツリと扱っていたので……ここまでのインタヴューの内容から私が特殊でマイナーな分野に惹かれるタイプであるとすでにお気づきかと思いますが(笑)、そういうニッチな世界で活動している当事者としてすごく惹かれたわけですよ(笑)。すでに車の中やツアー中にそうした理論を頭の中で巡らせていましたから、それを言語化して語るべきだと思ったんです。とはいえ、プログラムに参加している間じゅう「すごく素晴らしい内容なんだけど、ここにいる誰一人として現場には立っていないんだよな……」というモヤモヤした気持ちも抱えていましたね。身体性についてのプログラムなのに身体を使ってパフォーマンスができないという状況の中でひたすら考察を巡らせるという、ある意味、貴重な体験でしたね。というわけで、そもそもパンデミックのせいで完全に時期がズレていたし、しかもそのズレがプログラムで取り扱ってる内容と絶妙な噛み合い方をしてたんですよ。
——活動初期はもっとオブスキュアで実験的だったと思います。加えて、Birthing Hipsや、Editrixといったバンドでも活動していました。当時はどういうアーティストを目指していたのでしょうか。最初からある程度イメージできるギタリスト像、ミュージシャン像があったのでしょうか。
W:そうですね……とりあえず、この人みたいになりたいっていう特定のロール・モデルみたいなものはなかったですね……むしろ、そうしたロール・モデルがずっと不在のままだと感じていました。それもあってマリともウマが合ったんでしょうね。2人ともそうしたロール・モデル不在の独自のキャリアを歩んでここまで来てしまっているという感じなので。もちろん、キャリア的に自分と近しいのかなと思う人も何人かいますが…… 例えばアート・リンゼイとか……ノイズロックと良質な曲の組み合わせながら、ギターのソロで実験的なパフォーマンスを行っているという点で……あるいはビル・オーカットなんかとも近しい部分を感じるんですけれども、最初からそこを目指していたわけじゃないですね。それよりも自分の興味の赴くままに行動して気がついたらこうなってたみたいな感じです。
——あなたの演奏を聴いていると、例えばジム・オルークがそうだったように、テクニカルに聴かせるだけでは足りない情緒やニュアンスを、豊かなフレーズや時にヴォーカルで補完するようなミュージシャンになっていっていると感じます。テクニックや知識と、感覚やインスピレーションとはあなたの中でどのようにバランスがとれているのでしょうか。
W:と言うか、またしても素晴らしすぎる質問すぎて、もうさっきから感激しっぱなしで(笑)。しかもジム・オルークからは本当に絶大な影響を受けているから。
m:私たち2人とも大ファンなんです(笑)。
W:私たちにとって北極星みたいな存在というか……彼の生き方にしろ、音楽に対するアプローチにしろ、まさに指針ですよね。ただ、私自身について言えば、テクニック自体には昔から興味がないんですよ。それを最終的なゴールとしたことも一度もないですし。技術は単なる道具の一部であるという認識でしかないし、むしろ直感の方を頼りにしています。そういう意味で、フリー・インプロヴィゼーションと出会えたことは、自分にとって幸運だったと思います。というのも、フリー・インプロヴィゼーションって、自分の身体レベルでの直観から生まれたものをそのまま表現に落とし込むための技術的な鍛錬と同時にその表現の実践だからです。つまり、「マイナーコード=悲しい」みたいな、あからさまな方程式とは違うところの表現力が試される場なわけです。自分の身体的な直感に基づいて生まれるものを、そのまま技術的な鍛錬にも表現にもしていく実践だからなんだ。しかもそれは、「マイナーコードは悲しみを意味する」といったような、分かりやすく既存の意味に結びついた表現とは違う形でね。
だから、テクニックや知識が表現のためにあると言ってもらえたことがすごく嬉しくて……私が長年かけて掲げてきた目標が現実にも実を結んでるということですから。そこに至るまで、すごく勇気をもらった出来事として、アレクシス・ワイセンベルクというピアニストのストラヴィンスキーの縮約版の演奏を聴いたことがあります。Eastman School of Music在学中にクラシック・ピアノ科の学生に教えてもらったピアニストで、すごく高度なテクニックの早弾きをするんですけど「さあ、今からプロの技と表現力をご覧あれ‼」みたいな態度が一切ないんです。ただ演奏のテンポを緩めることなく厳格というか、氷のようなタッチを保キープしたまま繰り出していくんですよ。その純度の高いタッチから感情が立ちのぼってくるかのように、どこまでも奇妙なフィルターごしに表現されているわけです。それが自分にとって大きな転機になりましたね。というのも、技術を徹底的に磨き上げることは自己陶酔のように映って、聴く人によっては鼻につくかもしれないですけど、その徹底的な厳しさこそ立ち上る美学であり、独自の感情的クオリティが存在していることを彼の演奏から悟ったんです。そのとき確実に自分の中で何かが解放されたんです。つまり、仮に高度な技術を要求される演奏をするにしても、親しみやすくするためにわざと安っぽく大げさな表現にレベルを落とす必要ないんだと。もし純粋なところから発せられている音楽だとしたら、感情の部分は音楽そのものがすべて請け負ってくれる、技術はあくまでもそこへ到達するためのツールにすぎない、という気づきが訪れた瞬間でした。
m:本当にそう思います。ウェンディの作品に関して、彼女のバンドのコアなメンバー全員が技術的に卓越した、しかもマルチな演奏家達ばかりなんです。
W:そこには当然のことながらマリも含まれています(笑)。
m:ともかく(笑)、ともすると全員がつい弾きすぎてしまう方向に行ってしまう可能性もあるわけですよ。能力的に可能だからこそ、つい手が伸びてしまうみたいな。ただ、これは私たち2人が共有している美学であり、それは今回リズム隊として参加してくれているドラムのライアン(・ソイヤー)とベースのトレヴァー(・ダン)も同じなんですけど、徹底的に曲に奉仕するという姿勢が前提にあるわけです。ただその曲が必要としているものを必要な形で提供していく。今ここで何をするのが一番効果的かつ魅力的にその曲本来の個性を引き立たせていけるか?という視点に徹底的に立つということです。しかも、こうした命題のもとこれらの曲を相手にしながら、同時に全体的に緩さを出していこうとしていました。というのも、ウェンディの曲って往々にしてかなり難易度が高いんですよ。普通に聴いている分にはそんな印象がないかもしれませんが、いざガッツリ曲を覚えようとしていくと「あれ、また拍子が変わるの?」とか「とんでもないコード・チェンジをぶち込んでくるなあ」とか、変わったキーの動きにしろ、ハーモニーの組み替えにしろ、なんだかエラいことになってるんですよ(笑)。そういうのを一つ一つ学びながら曲をしっかり叩き込んでビシッと演奏できるようにしつつ、同時に力を緩めてルースに演奏するようにも意識していったんです。アルバム制作中に、初期のウィル・オールダムのパレス・ミュージックの話をよくしていて、とくにバンドでのライヴ演奏でそのアプローチを参考にしていましたね。つまり、曲の屋台骨をしっかりと支えて技術的に難しい部分も確実に押さえながらも全体としては緩く感じられるように、それこそどこかの小屋でジャムしているみたいな気軽さを出していこうと意識してましたね。
——ええ、先ほども話にあった通り、2人はwhait(ウェイト)という名義で活動もしています。そちらはより名買うにアメリカーナを実験的に再解釈したミニマリズム・インプロヴィゼーションが特徴の情緒豊かでストイックでもある素晴らしいユニットですが、これのコンセプトはどういうものだったのでしょうか。
m:最初はただ2人で一緒に曲を書いてみたいという気持ちと、それがどんな形になるんだろう?という好奇心から……それと私たちの共通点として2人ともミニマリスト的な音楽が大好きなのもあったと思います。これまで自分が手掛けてきた作品の多くもそうなんですが、持久力を要するというか、いわゆる長尺の曲ですよね、2人ともそういうのを作るのが好きなんですよ。実際、2人で作ったフルレングスの曲では、あるコード進行を元にバンジョーを弾きながら一音ずつ変えていくみたいなプロセスを取りつつ、ウェンディがそこに複雑なリズムのレイヤーを重ねて変化をつけていくみたいな作り方をしていたり……例えば、私がただひたすら8分音符を刻んでいる音を元に曲全体を構築していくみたいな形です。そういうミニマルなプロセスを主体にした曲も何曲か作っていて……これは若干のネタバレが入るかもしれないんですけど、今年の後半に《Night School Records》から作品を出す予定なんで、そこにも今言ったような法則が採用されてたりするんですけど、よりソングライティング寄りになっていて。いずれにしろ、私たちはこのwhaitというプロジェクトをどこへでも行ける、どんな形も取れるようなものにしていきたいんです。
そうは言いつつも、元々の自分たちの興味のあるフォークとかカントリーに流されがちではありますけど……とはいえ、いつも何かしら遊びの感覚を求めているところがありますね。どうやったら既存のフォームを壊したり拡張できるのかを考えています。例えば次回作では、12音列を実際に書いて、アルバムの後半は全曲その12音列を基礎にして曲を作るというような、正直、とても正気とは思えない(笑)、実験に挑戦していたりしています。とはいえ、2人とも音楽理論に関してはもはや自分たちの専門領域であると自負しているので、遊びとして自分たちに制限を課すのが好きなんですよ。普段なら絶対に使わないような音だけで曲を書かなきゃいけないみたいな状況に自分たちを追い込むのが好きなんですよ(笑)。だから、作品自体はすごくシリアスでも、そこにユーモアであり軽さがあるんです。
W:その《Night School Records》からWhaitとして出るレコードって、すごく悲しい作品なんですよ。
m:そう、そうなんです(笑)!
W:最初、こういう変わった書き方というか、逆にむしろクラシック的なコンセプトから始めていって、2人して「面白い、面白い!」ってワイワイしながら積み上げていったはずなのに、できた歌詞を眺めて「あれ?」って(笑)。
m:そう、ものすごく深いテーマになってるんです。
W:ちょうど新たなプロジェクトとしてLongform EditionsのThe Resonance Projectに参加させてもらったんですけど、 自分たちとしてはウィーンとかゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツみたいな、若干おちゃらけたノリを目指してたつもりだったんですけど、実際にできたのは、見事に悲壮感溢れるもので……。
m:そう、何て言うか、悲しいレズビアンの奏でるガスター・デル・ソル的な(笑)。
——最高に美しいじゃないですか。
W:そうですね、最終的にはお笑いの要素よりも美しさのほうが勝ってると願っています(笑)。でも、おちゃらけた感じの作品もいつか実現してみたいと思ってます(笑)。そのどちらにも振り切れることができるのが理想です。
m:まあ、たしかに悲しいかもしれませんけど、自分がwhaitの何が気に入ってるって、 どんなに悲しかったり、過剰なまでに美しすぎる表現でも、そこに常にあの遊び心が潜んでるんですよね。「ちょっとこのアイディア試してみようよ!」、「これやったらどうなるんだろう?」という。その《Night School Records》から出るアルバムの中にもAbletonをガンガンに叩いて、そこにドラムのサウンドを重ねて作った曲があるんですけど、短いながらも強烈で、それが個人的にはすごくウケるんですよね。
W:あの曲はあの作品の中で唯一の救いかもしれません。残りは胸が締めつけられるような悲しみに満ちています(笑)。
——今の話の中でガスター・デル・ソルの名前が出ましたが、ウェンディはデヴィッド・グラブス、クレイマーとユニット(スクワンダラーズ)もやっています。ガスター・デル・ソル内でのデヴィッド・グラブスとジム・オルークの役割を二人に置き換えたらどうなると思いますか。
m, W:(大爆笑)!
──ウケ過ぎです。
m:今の質問、傑作すぎるんですけど(笑)‼ というか、ウェンディの方から先にどうぞ。
W:えーっ! マリのほうから先に言ってよ(笑)! というか、これは難問ですねー!
m:そうだなあ……素直な感想で言うと、自分がジム・オルーク役に回ることの方が多いかな。自分がプロダクションやエレクトロニックまわりを担当してることが多いので、曲をどうアレンジするかとか、既存のフォームを崩して新たなものに作り替えていくかってところで、ジム・オルーク型かもしれません。それに対してウェンディは最初からすでに完成度の高い文学的かつ美しいハーモニーを有した濃厚な素材を毎回持ってきてくれるという点でデヴィッド・グラブス型かもしれません。少なくとも音楽における役割分担という点に関しては、この分析はかなり的を射てる気がします。
W:完全に想像の域になってしまいますが(笑)……どっちがどっちの役に近いか? っていう、楽しい妄想です(笑)。2人ともジムのことは個人的に知らないんです。だから、完全にレコードだったり、その他の情報からの推測を元にした話になっちゃうんですけど……。
m:そう、デヴィッドから聞いた話だったり、ジムの近しい人たちから聞いた話だったり(笑)。
W:デヴィッドからも色々聞いていますね。ただ、役割に関しては入れ替わることもあると思います。
m:適宜、入れ替わってますね。ただ、全体的にはそれぞれの担当パートとクリエイティヴ的な立ち回りからすると、自分がジムでウェンディがデヴィッド役にまわることが多いと思います。もちろん、そこはさっきも言ったように常に流動してるんですけど。例えばウェンディが「どうしてもこれをやりたい」っていう強いアイディアがあるとき、自分がデヴィッド役として楽曲を中心に手掛けることもあります。
W:それで私が念願のジム役がまわってくるというわけね(笑)。
m:アハハハハハ! 何も決まってるわけじゃないんですけど、2人の好みとか普段やってることを鑑みると、今の答えはかなり妥当なんじゃないかと(笑)。
W:それにしても最高の質問すぎます(笑)。
m:実際、2人でしょっちゅうこの手のネタで盛り上がってるんですよ、「自分たちはこのデュオでいうとどっち側なんだろうね?」みたいな。
W:ウィーンだったら、私はディーナー(ディーン・ウィーン)かな?って。でも、whaitの今回のアルバムに関しては私が歌ってるから、ジーナー(ジーン・ウィーン)になるのかなあって(笑)。
m:そうね、ウィーンにたとえるならね。
W:まあ、いずれにしろ デュオとは強烈なものです。2人の間に強力なエネルギーが働いてる。
m:デュオって本当に奥が深いですよ。しかも、毎回「じゃあ、自分は何者なんだろう?」という問いがついてまわるという。ちなみに、これまで自分が関わってきたプロジェクトの多くがなぜかデュオなんです。それこそwhaitにしろPink Must(モア・イーズとリン・エイヴリーとのユニット)にしろ、クレア(・ラウジー)との共作にしろ、最終的にはなぜかいつもデュオの形に落ち着いてる(笑)。デュオの場合、突然何らかの役回りを自分がこなしてる状況になったりするじゃないですか。そもそも2人しかいないので、一人何役もこなさなくちゃいけないわけで、相手のそれまで知らなかった面が次々と見えてくる。と同時に、デュオの関係性の中でそれぞれどんな役割に自然と寄っていくのか見守っていくのも興味深いですね。私は場合、アレンジャーやプロデューサーの役割に寄っていくことが多くて、必ずしも自分から最初のアイディアを投げるタイプではないんです。たまにPink Mustなんかで「よし、今回は私からアイディアを出すね、これにしましょう!」みたいにスイッチが入ったりすることはあるにせよ……それはそれでまたワクワクする瞬間なんですよ。優れたデュオってもはや「これってどっちの音?」みたいな、どっちがどっちかわからない領域に入っていくものじゃないですか。ただ、作業に関してはたいていの場合、どちらかがよりプロデューサー的な役を務めて、もう一方が実際に曲を書いたりするみたいな組み合わせが一般的なような気がします。もちろん、すべてのペアがそうとは限りませんが。
W:そうそう、私はマリに会うまで自分はレノン&マッカートニーでいうなら、断然ポール・マッカートニー型だと思ってきた。実際、ポール・マッカートニーが務めていた役割に照らし合わせて判断するなら、少なくともマリとのデュオでは、私はどう考えてもジョンの立ち位置。最初それに気づいたときには「うわ、そうだったのか……」と、ちょっと衝撃だったんですけど。最近になってから腑に落ちる部分も出てきて……というか、そもそも自分たちをあの2人になぞらえること自体、おこがましいにも程があるんですけどね(笑)。
m:2人とも好きになるととことんのめり込むタイプなので、ビートルズの逸話やエピソードやジョンとポールの関係性についての話も定番の話題です(笑)。今、話してて気づいたんですけど、これまでソングライティングしてきたパートナーとの関係性の中で、私は常にポール側ですね(笑)! 「え、もしかして今、私がジョン?」と思う瞬間もあるんですけど、最終的には「いや、自分はやっぱりポールだわ」って(笑)。私は曲のフォーマットを変えたり、いじったり、そこから何か面白いことをするのが好きなタイプで、私のデュオのパートナーが投げかけてきた受難のようなお題に対して、嬉々として「そうだ、このコード進行に対してこんなアイディアどう?」みたいな。
W:でも、それが本当に曲を大きく動かしていくんですよ。
m:これがしかも凄いんですけど、自分が普段から一緒に作品を作ってるパートナーと私生活でもパートナー関係にあると、自分自身について本当に色んなことが見えてくるんですよ。パートナーって、自分よりも自分のことをよくわかっていたりするじゃないですか。
W:そこはお互いさま!
m:しかも、恋愛においてもパートナーであるわけで、恋人関係でもあり、同時にクリエイティヴ面におけるパートナーでもあるからこそ余計に見えてくるものがあるんです。たぶんウェンディがいなかったら、自分がここまでポール(・マッカートニー)気質であるかにも一生気づかなかったでしょう(笑)。これまでの色んな人とコラボレーションしてきましたけど、今振り返ってみるとことごとくポール。ウェンディのおかげで気づくことができました(笑)。
W:いや、私だってそれまで自分がポールだと思い込んでた自己イメージが完全に覆ってるからね(笑)。
more eaze
——ではそろそろ質問を変えましょう(笑)。フォークやカントリー・ミュージックは、本来「形式」「定型」が明確にある音楽です。それはそれぞれの歴史的発展の中で、他者と共有することを一つの役割とする音楽でもあったからです。ですが、あなたがたがどちらも得意とするもう一つの方向性……フリー・インプロヴィゼーションはその対極にあるものです。「形式」をいかに壊して自由にするか。この対極にある両方をあなた方は理解しミックスしています。この作業のどういうところが難しいと感じますか。それとも難しいというより楽しい、やりがいを感じるという感覚の方が近いですか。
m:いや、本当に素晴らしい質問ですね。ただ、私の中ではフォークとその他の音楽とでそこまで差異がないんですよね……というのも、いわゆるフォークの形式の音楽っていつの時代のどんなカルチャーでも、人々に歌い継がれることで新たなものがプラスされることで形を変えて変化していくものだと思うんですね。そういうところに自分はすごく惹かれるんですよ。これまでの自分の歩みを振り返ってみても、人に囲まれて一緒に演奏していく中で、ステージに上がるまで曲を知らないこともザラでしたから。たとえばジョニー・キャッシュの曲を弾くにしても、誰かが違うキーを叩き出すかもしれないし、どこかのセクションを長くしてソロを入れることで、まったく別の展開が開けていったりってことが普通に行われているんです。フォークもインプロヴィゼーションも、一見、対極のように見えるかもしれませんが、私の中では普通に繋がってるんですね。というのも、自分とフォークとの関係性は人々と一緒に演奏するというところからスタートしてるので、そういう意味ではフリー・インプロヴィゼーションとまったく同じなんですよね、たしかに曲という形である程度の型はありますけど、それも演奏していくうちに移り変わっていくものとして捉えているので。一方、フリー・インプロヴィゼーションのほうは決まった型があるわけではないんですけど、耳を澄ませて演奏に集中していくうちに、即興による自由な演奏の中に自然と型が生まれて、それが目の前で開けていくわけです。
W:どちらの音楽もいずれにしろ徹底的に音を信じるということが鍵だと思います。
m:本当にそう!
W:きっと自分が思い描いてたような音が出てくるだろうと信じること、自分が思い描いていたのとはまるで似て非なる音が出てくるだろうと信じることの両方ですね。いずれにしろ、相手の音を聴くということを実践していく場なわけです。その場で起こっている音楽に完全に信じて委ねる、予想を裏切る展開も含めて信じきるということです。だから、あらゆるスタイルに精通しているミュージシャンたちと演奏すると、自分自身がどんどん解放されていくような自由な感覚になるんですよ。彼らが好きなスタイルの痕跡がいつどんな形で飛び出してくるかわからない、それでも、ある一つのフレーズがまるでキューサインのようにふっと出てきた瞬間、それ以前には関係なかったはずの文脈が立ち上がって、まったく別の歴史が流れ込んでくるんです。とにかくその場の自分の意識としては、いかに心地よい時間を作り出していくかにフォーカスしてるんです。だから、異なる時間軸を巡っていくような感覚になることもあれば、まるでそれ以前に音楽なんて存在しなかったかのように振る舞うこともあります。いずれにしろ、今この瞬間にすべてを任せるという実践をしているんです。場を掌握するのではなく、様々な参照元を巡りながら尚かつ自由であるという、それが自分にとっては何ともいえない解放感なんですね。
——さて、マリの新作、ウェンディの新作、どちらも本当に素晴らしくて、二人の豊かな関係性がもたらした、ある種二人の子供が二人同時に生まれたような印象さえあります。
W:(マリと手を取り合いながら)ああああああ、なんて素敵!!!!!
——作業はそれぞれいつごろ、どのように始めて、進んでいったのでしょうか。ウェンディの作品の方はマリがプロデュースです。これの流れについてもどのように進められたのかもおしえてください。
W:アルバムの中身としては、ちょうど私たちが付き合い始めた頃に書いたものなんです。そもそもの核にある感情はさっきの話にもあったフリー・インプロヴィゼーションをやってるときの解放感に近いものですね……「あー、ようやく本来の自分に帰れる」という安堵感のようなものです。すごく自由で心地よくて、だったらその感覚ごと作品にインスピレーションとして取り込んでしまおう、と思い立ったわけです。すごく自然でしたね。これまで自分で作ってきた作品の中でも『Time Machine』にしろ、『Dehiscence』にしろ、ほぼ自分一人で録った作品が好きだったこともあって。何も他の作品に納得いってないというわけではないんですが、自分一人で作った作品に関してはただ自分がやりたいことだけやったという爽快感があるんです。と同時に、私はコラボレーションも本当に好きなんですね。私は外向的で人と話すのも好きなので、普段ならついコラボレーションの方向に流れがちなんです。ただ、今回のアルバムの曲はどれも私にとってすごく特別なんです。だから、マリくらい親密でない人に渡すことはできないと思いました。とはいえ、デモのような形でそのまま出すにはもったいないくらい大切な曲でもありました。最初の方にも言った通り、マリのほうがプロデュースに関して自分よりもずっと精通していますし……私はどちらかというと「はい、一曲できた」みたいなタイプなので。だからマリに参加してもらうのが完璧に理に叶っていました。そもそも、彼女自体が今回の曲のテーマそのものだったりしますからね。
m:ハハハハハハ!
W:マリの新作に関しての私はプロデュースには一切関わってないけど……。
m:でも、ミュージシャンとしてめちゃくちゃ関わってくれてるじゃない? たぶん、今回参加してくれた中で一番弾いてくれてる。
W:それはやっぱり、呼ばれたら普通に近くにいるんだもの(笑)。
m:それは謙遜しすぎ(笑)。ウェンディの作品に関しては私たちが付き合い始めてすぐに一緒にプレイするようになって、彼女の曲に私が参加するようになったんです。そうした状況の中で私たちの相性が特別だということをすぐ実感するようになりました。もともとウェンディの作品の大ファンでしたし、彼女がデモを送ってくれるたびに、そのサウンドに圧倒されてたんですよ。本当に何ていうか……これは彼女の音楽すべてに共通して言えることなんですけど、クラシックな名曲のような響きを感じるんですね。最初にシェアしてくれた曲のひとつが「I Don’t Miss You」で……アルバムには入っていませんが、リリース前にシングルとして出した曲なんですけど、それが私とウェンディが一緒に初めてプロデュースした曲だったんですが、1970年代以降のどの時代の曲としても成立しそうなほどタイムレスに聞こえたんです。正直、「ええ、私の恋人がこれを書いたなんて!」くらいの衝撃です(笑)。それくらいクラシックな曲に聞こえたんです。そこから本格的に彼女の作品をプロデュースしてみたいなと思うようになりました。そのとき思い描いていたイメージとしては、タイムレスで余白や呼吸できるスペースをたっぷりと感じられるような……私がウェンディの音楽で聴いてみたいと思っていたものがまさにそういう感じだったんですね。それで一回見切り発車的にスタジオでバンドによるライヴ演奏で録ってみたものの、なかなか思い通りにいかなかったんですよ。そこからスタジオで私たち2人だけで何曲か録ってみて、それがそのままアルバムの方に採用されていたりもします。「Old Myth Dying」 、「The Ultraworld」なんかがそうですね。あるいは、「Take a Number」とか。「Take a Number」に関してはウェンディ主導だったよね?
W:そうね、あれはデモの状態のものがあったから。
m:そう、デモの元に完成させた曲だよね。だから、今言った曲はどれも自分たちだけで完成させたんですけど、それがすごく良かったんですよね。あと「Vanity Paradox」 は最初に作ったバージョンがかなりトチ狂っていて……。
W:テンポがめちゃくちゃ速くて、ほぼビート状態みたいな(笑)。
m:ヴァイオリンのパートももっとたくさん入っていて、とにかく音がぎゅうぎゅうに詰まっていたんです。もともとジョアンナ・ニューサム『Ys』 のようなイメージを思い描いてたんですよね……あれをもうちょっとラフで緩くした感じ。そこからウェンディのBirthing Hips時代のバンドメイトがレコーディング・スタジオを持っていたので、そこで何日間か基本になるトラックを録らせてもらって、その後は私が自宅に持ち帰って微調整を繰り返しながら本来あるべき曲の姿にしていきました。すごく素晴らしい体験であると同時に、すべてが自然でしたね。それにすごく光栄でもありました。ウェンディが自分を信頼して、こんなにも大切な曲を自分に預けてくれるなんて。ウェンディの曲を心から信じていたし、絶対に良いものに仕上げなくちゃという気持ちでしたし、それこそ私たち2人が大好きなジョアンナ・ニューサム『Ys』 や ジミー・ウェッブ 『Land’s End』系統の作品にしたかったんです。あれ、あともう一つ参考にしていた作品があったはずなんですが、今、なぜか頭の中が真っ白になっちゃって(笑)。
W:まあでも、今言った2つは大きいよね。
m:それとニール・ヤングの存在も大きかったです。2人にとって重要な存在で、ニール・ヤング愛によって結ばれてるみたいなところもありますから。
W:ニール・ヤングは私にとってのキングですからね。
m:自分のアルバムに関して言うと、いくつかの曲はウェンディと出会うより前に書いていましたが、「healing attempt」は出会った後に書いた曲です。ほかにも、あのレコードに入っている長めで広がりのある曲の多くは、私たちが付き合い始めてから書いたものです。今回のアルバムが縦横無尽に広がっていくような感じになってるのは、ウェンディと一緒にインプロヴィゼーションをするようになったことがかなり大きく影響してると思います。ここ数年ほど、インプロヴィゼーションに関して昔ほど活発にやっていなかったので、眠っていた自分の一部と繋がり直したみたいな感覚です。ウェンディと定期的に即興のセッションをしていくことで、ウェンディの演奏に背中を押される形で即興のライヴ演奏に自信がついたこともあり、すでにできていた曲に対しても「ああ、こういう形にも発展しうるのか」と新たな視点が開けてきました。それとさっきの話の中で、ウェンディが外交的だって話してたのが面白いと思って……というのも、そこがこの2人の違いの一つでもあるんですよね。ウェンディは私よりずっと外向的で、私は普段かなり内向的なタイプなんです。これまでの作品に関しても基本的にはちょいちょい一人で手直しながら全体を作っていくことが多かったんですけど、今回は多くの人に即興で入ってもらってて、それはまさにウェンディの影響だと実感しています。それ以前に、音楽にしてもそうだし、いくつもの才能ある人と一緒に暮らせるだけでも本当に恵まれていて……例えば「この曲にこのピアノのパートを入れたいけど、自分で弾いたら途中でつっかえちゃうな」と思っていると、ウェンディがAirbnbで借りた家にあるピアノでそのパートを一発録りしてくれるとか。そうした小さなことが積み重なって全体的にラクになりました。そのおかげで今まで以上に外に対して、大きな可能性に対して自分の曲を開いていくことができたし、その曲が本当に必要としているものやどんな可能性を秘めているのかがよりはっきりと理解できるようになりましたね。
——ちなみにヴァシュティ・バニヤンの……。
m:大ファンです(笑)‼
W:大好き(笑)‼
——アルバム『Just Another Diamond Day』の……。
W:まさしく名盤ですよね!
m:ものすごく落ち込んでいるときはあのアルバムをかけるんですよ。そうすると一瞬で気持ちが楽になります。あの作品のアレンジを担当してる人の名前を思い出そうとしているんですが、ド忘れしてしまって、調べないと……。
──ロバート・カービーですね。プロデューサーはジョー・ボイドですが。ウェンディの新作は、あのアルバムのアレンジに何か共通するものがあると感じました。
W:そうそう。ウェンディのレコードを作っているときに、その人にすごくハマってしまったんですよ。というのも、ニック・ドレイクのソロ作品のほぼすべては彼のアレンジによるもので、しかもペダルスティール奏者の B.J.コール の『The New Hovering Dog』のアレンジもその人が手掛けてるんですけど、今言ったどの作品とも自分の人生を通して愛聴してきた作品で……ある日ふと、「『Just Another Diamond Day』のアレンジって最高だよなあ、一体、誰が手掛けてるんだろう?」と思って調べたらその人で、そこから「えっ、このアルバムも、あのアルバムもこの人なの⁉」って、自分の人生を変えたいくつもレコードのアレンジを彼が手掛けてることを発見して、そこから一気に深堀していったんですよ。この人が一体どういう人物で、どうやってあんな素晴らしいポップ・アーティストたちのアレンジに向き合っていたのかすごく知りたくて。
——フォーク系作品におけるアレンジの重要性を考える時にニック・ドレイクやヴァシュティ・バニヤンの作品は外せないですよね。ちなみにコニー・コンヴァースという1950年代のアメリカの、シンガー・ソングライターの草分けのような女性アーティストを知っていますか。
m, W:きゃー、もちろん(笑)‼
W:そうなんです、高校の終わり頃に彼女のことを知って以来、大事なアーティストです。先の話にあったパフォーマンス・スタディーズについて学んでいるときに音楽から退いてしまった、もしくは姿を消してしまったアーティストについての論文を書いてたんですけど、その中にコニー・コンヴァースとジム・サリヴァンについての章があるんです。二人ともだいたい8か月違いで姿を消していて、どちらも最後に目撃されたときフォルクスワーゲンに乗っていたんです。
m:ワーオ‼
W:もちろん、一緒にいたわけではないんですが、どちらもフォルクスワーゲンに乗って砂漠だか辺境に姿を消してしまったんです。経済的な理由および資金不足により、あるいは世に認知されないことやその他の理由により音楽を辞めてしまったアーティスト、もしくはアート界そのものに幻滅して退いていったアーティストをテーマとして取り上げていて、私にとってとても重要な存在であるポリー・ブラッドフィールドに捧げる章があるんですよ。マリと最初に出会って一緒に過ごすようになった頃、ちょうど彼女の音楽をよく聴き返している時期で、本当に大好きなんです。いつかまた『Torture Time』みたいな作品を作るとしたら、私がユージーン・チャドボーン役で、そしたらマリがポリー・ブラッドフィールド役だなって想像してみたり。
──いや、コニー・コンヴァースの楽曲は、演奏のアレンジ面では薄いかもしれませんが、ハーモニー・アレンジが素晴らしく。
W:コニー・コンヴァースは昔からすごく大好きなんです。というのも、私がずっとやりたいと思っていたこと、つまり、ジャズのハーモニーおよび言語を使って、それを本来のあるべき楽しい音楽にしていることです(笑)。 それと彼女の抱えていた苦しみにも自分の気持ちを重ねずにはいられないんです。世間に認められないことへの苦さであり、フラストレーションであり……認められないという苦しさだったり、つい気後れしてしまったり、自分は人々に認められる価値がないという思い込みだったり……本体なら誰もがありのままの自分として認められるべきなのに! それでもタイミングが違ったり、世の中の理解が追いつかないこともありますよね。しかも、コニー・コンヴァースの場合は、自分の作品の価値を理解していたからこそ、余計にフラストレーションを募らせていったんだと思います。そのアーティストと時代との関係性についても、普段から2人でよく話してる話題なんですよ。とくに今の時代にアーティストとして作品を作ることの奇妙な構造について……それこそ経済的にも社会的にも物質的にも昔とはまるで違う状況にあるわけで。
たしかにインターネットの登場によって簡単になった部分もあります。こうして地球の反対側にいる人たちともお話しできるようになったわけですから。ただ、別の難しさもありますね。たとえば、彼女の作品が後に発掘されたようなストーリーは、今のデジタル化された世界ではもう起こらない気がするんですよね。ただ、今初めて気づきましたが、それまで2人の間で彼女の作品についてそこまで深く語りあったことはないかもしれません。わざわざ話し合うまでもなく2人と大好きな作品なので。とにかく私にとって彼女は昔から特別な存在で、一年ぐらいずっと彼女のことであり自ら音楽の世界を去っていくということについて、どうやってアート批評として分析して。その考察の結果が今回のアルバムにも確実に生きているはずです。しかも、音という聴こえる形として……それってすごく美しいことですよね。
m:今、コニー・コンヴァースの名前が挙がったのが奇遇だと思って。というのも、私が初めてウェンディの音楽であり『Time Machine』を耳にしたとき思い浮かべたのがまさにコニー・コンヴァースだったんですよ。当時はまだウェンディが何者かも知らなかったのもあって、コニー・コンヴァースみたいな幻のアーティストの未発表音源かも? みたいに思ったんですよ。80年代もしくはそれ以降に、宅録をしていたアーティストの未発表音源が発掘されたケースなのかなって(笑)。それくらい、コニー・コンヴァース的なものを強く感じていました。当時のパートナーのところに走って帰って「これ絶対に聴いて、コニー・コンヴァースか、クリス・ワイズマンみたいだから!」って熱弁したのを覚えています。本当にコニー・コンヴァースは私にとっても昔から敬愛してやまないアーティストで、歌詞の上でもすごく影響を受けています。特に彼女の歌詞にある鋭い自己認識や、世界の捉え方であり、自分のアートに対する世間からの冷淡な姿勢に対する苦々しさを言葉にする方法など、非常に大きく影響を受けていますね。
——あなた方の作品を聴いていると、その頃、性差の壁で苦しみながら、自作の曲を作って発表していた時代のコニーの活動が報われたようにも思います。長いポピュラー音楽の歴史の中で、今、あなたがたが受け継いだバトン、これから次に渡していくバトンはどのようなものだと思っていますか。
m:ワーオ……これは心して受け止めたい質問ですね。
W:すごく複雑な音楽を扱いながらも人々を惹き込むという部分はあると思いますね。
m:なるほど、たしかに。
W:さっきのテクニックの話にもすごく象徴されるんですけど、高度なテクニックって近寄りがたい、雲の上の高尚なものとして受け止められがちなところもありますよね。ただ、良い曲を書くための技術、ハーモニーの扱い方にしろ、どこでリピートを入れるべきか、あるいは入れないか、どこで曲を区切るのか、そのままカットせずに最後までいくか、どこで自分について語るべきなのか、あるいは友人について歌うべきかという、体系化できない緩い技術です。というのも、その中身は伝えたいメッセージによって毎回変わってきますから。彼女はその匙加減に精通し尽していた最良の例だとだと思っています。あるいは、彼女の系譜……苦々しい人というのとは、また違うんですが……。
m:いや、私たち2人とも別に苦々しくなんかないでしょ(笑)? というか、生きてたら普通にしんどいこともあるさってだけ!
W:要するにソングライティングの技法そのものについての話ですよね。曲作りにおいては、自分が話したいことは何でも話せるし、どんなコードを使ってもいいし、毎回実験的なことをやってインパクトをアピールする必要もないわけです。と同時に、実験的なことをする自由もあるわけですよね。実験的であることは決してアクセスしやすさを邪魔するわけではない、そこの2人の共通の考え方として根底にありますね。
m:うん、それは本当にそうですね。
W:今アクセスしやすいものとして世間に流通しているものの多くは、ある意味、出来の悪いポピュリズムみたいなもので、大衆に理解できるレベルに落とし込まなくちゃいけないっていう思い込みに基づいてると思うんですよ。難解すぎて大衆には理解できないであろうという上から目線というか。コニー・コンヴァースが音楽界から去っていった、もしくは姿を消してしまった理由の一つは、彼女自身はものすごく寛容で開かれている曲を書いているつもりなのに、賢すぎるとか高尚すぎるっていうレッテルを貼られることに嫌気がさしてしまったからなんじゃないかと思うんですよ。私たちがやってるような音楽、マリや自分に限らず、もっと広く私たちのまわりにいるミュージシャンたちは、そういう実験的なものを親しみやすいものにしようとしてるんだと思います。ただの音楽好きとして音楽好きのために音楽を作っているんですね。
コニー・コンヴァースもまさにそれを実践していた人だと思うんですよ。たとえ彼女自身はなぜこうも理解されないんだろう?という苦い思いを抱いてたとしても、です。ああ、さっきから最終的には同じことを言っているような気もしますが、でも、これが本当に自分の素直な気持ちなんです。もし彼女から受け継いできたものがあるとしたら、自分自身を信じるということに尽きると思うんですね。だって、もし彼女が自分の音楽の真価を理解していなかったら、それが注目されないことにあんなに深く傷ついたり強く反応したりしないはずですから。我々は今こうしてクィアとして音楽を作っていますが、必ずしもクィアネスそのものについての音楽じゃなくてもいいわけですよ。クィアという肩書すら取っ払ったところで、ただの変わり者として音楽を作ってるわけですよ。私たち2人とも相当変わってることはもう否定しようのない事実ですから(笑)。
m:ハハハハハハ!
W:そして自分たちは変わり者であっていい!と声を大にして言いたいわけです。その変わり者の表現を心から良いと思ってるんですよ。それは単に自分たちにとってだけでなく、世界にとって有益だと思って発信しているわけです。コニー・コンヴァースはその点、本当に勇敢で大胆でした。そこから広がる宇宙でありコミュニティの中に私たちや私たちの友人であり音楽を作っている仲間たちが生かされているわけです。そういう形で、私たちは彼女の精神を受け継いでいるのだと感じています。
m:今言ってくれたことすべてに完全に同意ですね。とくに「音楽を愛してやまない人たちのために音楽を作っている」ってところが響きました……自分のやってることってまさにそうなんじゃないかなって思います。私の音楽を聴いてくれる人たちはものすごく深い聴き方をするリスナーが多くて、ライヴ後に「ラムチョップの新作についてどう思いますか?」なんて訊いてきたりするんですけど(笑)、こちらとしては「なんて素晴らしい質問なんだろう‼」と嬉々として受けて立つわけです。大好きなバンドですから。だから、もしコニー・コンヴァースのレガシーとして自分に受け継げるものがあるとしたら、好奇心を持ち続けるということでしょうか。自分の目の前で生まれつつあるクリエイションにワクワクした気持ちを持ち続けること。最初からこんなの無理だとかくだらないとか決めつけない。アーティストが行き詰ってしまうケースを見てると、本当は色んなことに興味があるのにも関わらず、自分にはできないと感じてしまったり、これまでの自分の型に捉われて、一歩踏み出せてないせいだったりするんですね。少なくとも自分のやっているmore eazeに関しては、自分の気まぐれな心に忠実であるようにしています。それが良いのか悪いのかわかりませんが(笑)。ただ、少なくとも後悔することはないんですよ。だって、本当に興味があって自分がやったらどうなるか知りたくてそれを実践したっていうことですから。私が突然ラップし出すとかになったらまた話は別ですけど(笑)。
W:ラッパーに転身(笑)?
m:いや(笑)。さすがにそれは飛躍しすぎ。とはいえ、これは自分が作品を通じて常に自分自身に問いかけていることでもあり、もっと多くの人が自分自身に問うてほしいと願うところなんですが、要するに、これまで自分が受けてきた影響であり歴史が自分自身のアートであり、ひいては自分の世界に対する見方を形作っていると私は信じているんですね。たとえごくシンプルなフォーク・ソングであっても、自分のこれまで受けてきた影響であり歴史が滲み出てしまうものだと思うんですね。少なくとも私はそういうことを意識していますし、そこに魅了されてるんですね。もし自分の作品を通じて、そうした視点からアプローチでアートやソングライティングに接してもらえるようになったとしたら、私としてはミッションを果たしたって感じですね。
——そういう流れで伺いますが……実はこれは『TURN』の動画コンテンツでアーティストの方によく聞いている質問なのですが、タイムマシンが使えるとして、過去未来、好きな時に一度だけ旅行できるとします。あなたがたは、いつの時代の、どこの、どの瞬間を見てみたいですか。
m:ワーオ!!!!
W:いや、これはもしかして最強の質問じゃない?
m:さっきから最強に次ぐ最強ですよ(笑)。でもまだ答えが絞り切れてないかも……ただ、今パッと思いついたので言えば、自分の今の年齢のまま90年代後半、特にミレニアム前後に戻れたら、本当にすごかっただろうなと思います。というのも、さっきの質問への答えでも触れましたが、あの時代には「失敗するかもしれないけど、とりあえず一回やってみよう」という空気がものすごくあったように感じるんですね。どんな突拍子もないアイディアであろうがそれを試すことにみんなが前向きだったような印象があります。最近自分の中でハマってるのが、雑誌『The Wire』の1998年から2002年くらいまでの年間ベストを遡って作品をチェックすることなんですけど、たとえ自分の好みじゃなくても、どれも面白くて引き込まれてしまうんですよ。明らかにジャンルを交配することを狙っている場合もありますけど、それ以上に「これをやったらどうなるんだろう?」という純粋な実験精神が感じられるんですよ。「もしこのツールだけで作ったらどうなるんだろう?」、「この方法だけでやってみたら?」っていう、そういう視点が当たり前のようにあった。要するに、純粋な実験精神であり奇抜なものに対する好奇心ですよね。
しかも、単に奇抜さを追求していたんじゃなくて、ソングライティングを追求した先に実験があったように感じるんですよね。最近、その時代の音楽にすごく惹かれていて、若い頃に好きだったものを改めて聴き返したり、当時名前だけ聞いたことがあっても、10代の頃にはアクセスできなかった作品を掘り起こしたりしてるんですよ。「このバンドってどんな音だったんだろう?」と調べてみると、本当に刺激的なアーティストの宝庫なんですよ。しかも、あの時代のアーティストたちは当時の機材で、あの複雑かつデジタルな音を実現していたんですから! 今の時代ですら私のMacはクラッシュしっぱなしなのに(笑)、それを当時のPCで実現していたわけですよね。しかも、その情報密度の高いエレクトロニックなサウンドをポップな構造に組み込んでいたわけですよね! もし自分があの時代に音楽を作ってたらどれだけ好き放題にやっていただろう?と思わず想像してしまうくらいで(笑)。もう一つ強く興味が惹かれるのは70年代半ばから後半で、当時のプロデューサーやアレンジャーが担っていた役割に魅力を感じているからです。
さっき話が出た『Just Another Diamond Day』を手掛けたロバート・カービーなんかも奇抜にしてどこまでも美しい後に再評価された名作を数多く手掛けていましたよね。今の時代は後の時代に再評価されるみたいなシナリオは成立しにくくなっていますよね。私自身、ストリングスの専門アレンジャーで、今のところセールス的に大した結果を出していませんが、もしかしてもしかすると30年後には再評価の波が訪れるかもしれません(笑)。それ以外にも、当時のリソースについても、必要ならオーケストラを呼んだり珍しい機材を使ってみたり、本当に人間の手が入ってるところから新たなものが開けていく感じがしてそこが本当に魅力的なんですね。
W:ああ、なんて見事な答え。
m:完全に実用的な、プロデューサー目線の答えになってしまいましたけど(笑)。ここでさっきの話にもあったレノン&マッカートニーの役割における自分のポール的な顔が全面に出てますね(笑)。
W:じゃあ、マリの答えが2つだったから、私も2つで。私が覗いてみたいのはエレクトリック・ブルースの時代……バディ・ガイみたいなレコードを聴いたときに感じる、あの汗だくでヘヴィなサウンドが生まれていた現場に立ち会ってみたいですね。ナッシュビル・サウンドの《Quonset Hut Studio》みたいな蒸し暑い部屋の中で、レコーディング技術がまだ今のように体系化される以前に手探りで「ギターをこう弾いたらどうなるだろう?」って試してみて、その音がスピーカーを切り裂いた瞬間に立ち会いたい……それこそ私みたいな生意気なクィアな女がいたら場違いな場所にも行ってみたい(笑)。バディ・ボールデンがコルネットを吹いて、まだ誰も聴いたことのないジャズを発明した瞬間に立ち会ってみたい……自分が今鳴らしているボブ・ディラン系統の音楽の起源に触れてみたい。どれもタイムマシンでなかったら絶対にアクセスできない場所なので……。アラン・ローマックスのフィールド録音という形で残ってる音源だったり初期の実験的な音楽だったり、今となっては当たり前になったエレクトロニック・ギターがなかった時代にはどうしてなんだろう? ってことにすごく興味があります。
せっかくタイムマシンを使えるんだったら、今でも行ける場所じゃなくて、絶対に自分が招かれるはずのない、入れるはずのない空間に足を踏み入れてみたいじゃないですか。プリンスのレコーディング現場に乱入して 「ねえ、今、歴史的瞬間に立ち会ってるって知ってる?」とかドヤってみたり(笑)! あの狂気が誕生した瞬間を空気として体感してみたい! レッドベリーの音源からも伝わってくる生々しい感じを実際に生で味わってみたい!……というのが、最初の答えで、もう一つはもし150年後とか300年後にもレコーディング技術というものが続いているなら、それがどういう音楽なのか、ぜひ見てみたいですね。
m:ああ、今度は未来の飛ぶのね。私はそれちょっと怖いな。
W:汗の臭いがする部屋でレコーディングするってことに関しては、もはやベテラン並みに慣れてるんで(笑)。今の時代の汗臭い地下室で汗臭い音楽をやる感覚はさんざん知り尽くしているので、300年後のレコーディング現場の匂いがどんなものか嗅いでみたいです。あるいはどういうふうに音楽を聴いてるのか……耳からでなく脳味噌で直接聴くようになっているのか、まったく別の方法かもしれない! 自分でもかなりぶっ飛んでる答えだと思いますけど(笑)、本当に知りたくてたまらないんです。今の時代にワイヤレスのヘッドフォンで音楽を聴くようになった事実にすら、いまだに実感が追いついていないくらいなんですから。
m:あー、それはほんとにある!
W:300年後にも、今みたいにスピーカーのコーンがどうのこうのって言っているオーディオ・マニアが果たして存在するのか。もし存在するなら世間からどう思われてるんだろう? 今の時代の音楽を懐かしいと思って聴くんだろう? 400年後の世界では一番イケてるとされるノスタルジックな音楽って何だろう?って。
m:「ウェンディ・アイゼンバーグ」かもよ(笑)? タイムマシンで400年後の世界に行ったら、「あなたがあの〇〇の元祖のウェンディ・アイゼンバーグさんですね‼」って言われるかもしれない!
W:ハハハハ!今の私たちがシューマンについて振り返るかみたいな感覚になるんでしょうか……もう200年ぐらい前の音楽でも、普通にいい音楽として共感できますし……いや、200年も前じゃないか、150年くらい?
m:現代にいる私たちがシューマンについて語ってるみたいに、未来の人達は私たちの音楽について語ってるかもよ?
W:どうだろう(笑)、未来の人が今のどんな音楽について語ってるのか知りたいし、それが自分で音楽であったら嬉しいには決まってるけど、どうでしょう(笑)。ただ、例えば何百年後の未来の人は100ゲックスの音楽をどう思ってるか? 100ゲックスも相当斬新ですけど、考えてみたら今から見ればほんの数年前に登場したばかり音楽なわけで、 300年後の人たちは100ゲックスの音楽をどういうふうに受け止めているんだろう? ギースは聴いてるのかな?って。
m:アハハハハハ‼
W:すごく気になる(笑)。だから、その両方を見てみたい、自分にとっての音楽が始まる瞬間と……。
m:それが終焉を迎える瞬間と?
W:そう! それとあともう一つ! 宇宙で最後に人が音楽を聴く瞬間に立ち会ってみたい! そんな瞬間が未来永劫訪れる日はないとも思いますが……生命が存在する限り、たとえ人類がアメーバみたいな形態になったとしても、そこには音楽があると思います。そしてもし音楽が消えてしまう瞬間があるなら、その最後の瞬間に立ち会ってみたいです。
——スクリッティ・ポリッティが登場してきた時代とかどうですか。
W:ああ、それも最高ですね! スクリティ・ポリッティが普通にラジオからかかってる図を想像するだけで鳥肌が立ちます!
m:私がさっき70年代の中期から後期あたりって言ったそのへんが出発点ですよね。ちょうどあの時代のスクリティ・ポリッティが好きなんですよね。スクリティ・ポリッティがまだポストパンクだった時代を見てみたい。グリーン・ガートサイドがまだグリーン・ガートサイドとして覚醒する以前の汗だくで地下室みたいな場所で演奏しているときの姿を見てみたいですね。これから数年後にみんなこの音に夢中になるっていう直前の姿を見てみたい。
W:そうなんですよね、常に時代の先を行っちゃってた人なので、ある意味、グリーン・ガートサイドは未来を経験してたとも言えますね。あと個人的にはヤング・マーブル・ジャイアンツがパンクだった頃のライヴも観たいですね!
m:個人的に90年代後半に対してロマンティックな気持ちを抱いてて……自分もその時代に生きてはいたものの、まだ9歳とかで、しかもサンアントニオの田舎町で暮らしていたので全然こっちまで届いてなかったんですよ。
W:しかも、二次的っていうところもすごく面白いですよね。もちろん、作品そのものが素晴らしいから好きなのもあるんですけど、同時に自分がその作品と出会った時のストーリーも思い入れとして組み込まれていくわけじゃないですか。ずっと昔の時代の作品を今の自分が発見しているというのがまた味わい深いんですよね。しかも、私たちは時間的にも距離的にも離れたところからスクリッティ・ポリッティと出会ってるわけじゃないですか。自分たちはイギリス人でもないし、ましてリアルタイムに体験してるわけじゃないので、そこから想像による新たな別のストーリーが広がっていくわけです。私たちがスクリッティ・ポリッティに抱く感情と同じように、「ああ、ファイストが登場した時代をリアルタイムで経験したかった」と思っている人たちがいるわけですよね。
m:実際、そういう学生さんも多いよね。
W:そう、自分が教師として学生にも接してるので「インターポールが出てきた頃の時代が見たかった」とか、そういう話をよく聞きますね。
m:実際、学生から「アニマル・コレクティヴの『Merriweather Post Pavilion』が出たときってどんな感じだったんですか?」って質問されたこともあります。そのたびに「わあー、あれからそんなに時代が経ったのかあ」と思います。今振り返るとあれは本当に一つの時代だったんだと思いますね。それくらいの熱狂でしたし、当時はみんなが興奮してあのアルバムについて語っていましたから。学生にあの時代のことを訊かれると「あー、あの頃、自分は大人だったんだよなあ」としみじみ感じてしまいます。普通にあの頃のことを覚えていますから(笑)。
W:そうなんですよね。初期のボブ・ディランのライヴにしろ、もし自分がその観客の中にいたら、自分は今特別な瞬間に立ち会ってるって実感するはずだと思うんですね。でも今の私たちは当時の観客が語り継いできたおかげで、二重にその特別さを理解しているんですよね。そうやって過去に遡って、どんどん上書きされていく。だからこそ、スクリッティ・ポリッティの「The Word Girl」のミュージック・ビデオ撮影現場に立ち会いたかった! みたいな妄想も膨らむわけですよ(笑)。歴史的な瞬間に立ち会ってるみたいなものですからね。
——では、スクリッティ・ポリッティ的なアートを今の時代にどうアップデートしていきたいですか。
m:うわー、なんてディープな質問。
W:でも、そういうものって常にアップデートされ続けているんですよね。とくに現代のヒップホップにおいて。私もマリに紹介されて最近追うようになったんですけど。
m:本当にそれは感じます。《PC Music》のA・G・クックが、スクリッティ・ポリッティから大きな影響を受けていると語っていますし、実際、とくに初期の《PC Music》のトラックのあのデジタルで空気のない質感はスクリッティ・ポリッティを連想させますよね。あれだけ密度が高いのに同時に空間的な広がりを感じさせるところか……スクリッティ・ポリッティの「Small Talk」は私にとっても本当に特別な曲なんですけど、一つ一つ独立したシンセの複雑なフレーズやフィルが散りばめられていて、その個々のサウンドが全体として一つのメロディを形成しているんですよ。竹村延和の「Icefall」に同じ感覚を感じます。密度の高い音が集まって一つの旋律を作りながら、同時にそれぞれが独立した声として響きを発しているという。それは私たちが普段からやっていることでもあって、スクリッティ・ポリッティ的なハーモニーを自分たちの声に変換しているわけですよね。そうしたことを通して、自然にアップデートされていくものだと思っています。
W:そうなんですよね。リフが秀逸なのは言うまでもないですけど、私がスクリッティ・ポリッティを好きなのは曲の中にいちいちちょっとした哲学が忍ばせてあるところなんですね。母親が子どもに野菜を食べさせるために料理にこっそり混ぜ込むみたいに、気づかれないように入れ込んであるんですよ。どうなんでしょう、私自身は、ポップという形式そのものをアップデートすることには、そこまで強い関心がないのかもしれません。ポップの形式って、そもそもその時代のサウンドであり美的な価値観を偶然に反映してしまうものだと思うので。
1985年のスクリッティ・ポリッティが、今の時代に私たちが思い描く1985年らしい音になっているのも、まさにそういう図式が働いているからですよね。意図して作れるものではなくて、当時においての新しい音を本気で追求したからこそ自然に到達した音なんじゃないかと……マリは私よりもそういうことに興味があるんでしょうし、それもまた素晴らしいことだとは思うんですけど……ただ、私としてはそれだけじゃなくて、別のものを求めてしまうんです。聴くと頭が良くなった気になれるポップでも、バカみたいな問いを投げかけてくるポップでも、マルクスのような思想家への入口になるようなポップでも……自分がグリーン・ガートサイドの曲に惹かれるのもそういう理由からなんですよね。
W:「The Word Girl」は私が二番目に聴いたスクリッティ・ポリッティの曲なんですけど、あの曲に惹かれたのは、彼があの曲の中で記号という概念に触れているからだし、『White Bread, Black Beer』ではミネルヴァの梟を参照していて、かなり深いところに踏み込んでいるんですよね。私は哲学が好きで普段から哲学書を読み込んでいるのですが、なかなかそれについて語り合える友人がまわりにいないんですよね。完全に個人的な趣味の領域。だから彼の音楽を聴いてると「あ、自分と同類がいた」って気持ちになれるんです(笑)。私が求めてるポップ・ミュージックがまさにそういうものなんですよ。ただ、それがいわゆる大衆が求めている「現代にアップデートされたポップ・ミュージック」だとはちっとも思わないんです。自分は相当変わり者であることを自覚しているので。ただ、スクリッティ・ポリッティみたいなポップにして深い表現に出会うと、色んな意味で考えさせられると同時に、こんな変わった趣味を持ってるのは自分一人じゃないと思えるんです(笑)。それが私が自分の作品の中のよりポップ的な部分で目指してる方向性ということになるでしょうか。とはいえ、今回のアルバムにしても、スクリッティ・ポリッティのようにあからさまにのように哲学的に言及しているわけでもないんですが。ただ、今回、歌詞を書くときには、ジョイ・ウィリアムズの短編小説なんかの書き方に影響を受けています。歌詞がその本を直接参照しているわけではないのですが、そこから構造的には影響を受けてたり……そうしたアプローチからも、スクリッティ・ポリッティが体現していたポップ・ミュージックを自分なりにアップデートしていけるのかな、と。
m:ただ、そういうのって自分からアップデートしようと思ってできる者じゃないと思うんですよ。もし「これをアップデートしよう」という目標を掲げて始めたところで絶対にそうはならない気が……。実は今回の新作の中にこれまでで一番スクリッティ・ポリッティに寄せた曲が「healing attempt」なんですよ。日本盤CDには変更する前の別ヴァージョン(ボーナス・トラックの一つ「healing attempt(fake scritti politti version)」)があって、そのヴァージョンは美学的にもすべてにおいて、思いっきりスクリッティ・ポリッティのパクリなんです(笑)。スクリッティ・ポリッティのひな型を元にそこから発展させた感じにしたったんですよ。複雑なハーモニーがあったり、拍の取り方も変わってたりして、面白い試みだったんですよね。アルバムの正式版として収録されたバージョンでは、すでに完成した曲自体を再サンプリングするということをやっていたので、そのへんで哲学的には昔スクリッティ・ポリッティがやっていたと重なる部分があるのかもしれないですね。つまり、すでに作ったものを再サンプリングして、上から色々重ねていくという意味では。。とにかく様々な手法から、曲を作りながら同時に発明もしていくような視点に立ってるわけです。とはいえ、ウェンディが言っていたことにも関係しますが、歌詞の密度とかどれだけ参照元に満ちているかに関してっていうところでは、どこからどこまでがスクリッティ・ポリッティの影響なのか捉えるのが難しいというか。しかも、自分が参照元はグリーン・ガートサイドのそれとはかなり違うわけで。
W:彼は物事の本質をかなり見据えていた人ですよね。
m:本当によく見据えていた人だと思います。とりあえず、2人ともどちらもグリーン・ガートサイドに心酔しきっていることは間違いないですね(笑)。
<了>
Wendy Eisenberg & more eaze Photo by Ryan Sawyer(トップ写真も同じ)
Text By Shino Okamura
Photo By Ryan Sawyer(Live Photo)
Interpretation By Ayako Takezawa
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