Back

「個人がコミュニティの一部になるのではなく、コミュニティが個人の集合体」
自分らしくあるために
アイ・ジョーダンが作り上げた、喜びのアルバム『I AM JORDAN』

10 May 2024 | By Daiki Takaku

フレッド・アゲインやプランニングトゥーロック(Planningtorock)など多くのアーティストとコラボレーションしたり、《NME Awards 2022》で最優秀プロデューサーにノミネートされたりと近年注目を集めている、イングランド中北部サウス・ヨークシャー州出身、現在はロンドンを拠点に活動するDJ/プロデューサー、アイ・ジョーダンが《Ninja Tune》より待望のデビュー・アルバム『I AM JORDAN』をリリースする。

本作には2023年12月10日の深夜、《CIRCUS Tokyo》でのDJと同様にハードでエネルギッシュな、あるいはパーソナルで内省的な、もしくはそれらが両立した12トラックが収録(『セックス・エデュケーション』にも出演する俳優、フェリックス・マフティをフィーチャーした曲も!)。アイ・ジョーダンはこの高揚感と陶酔感に溢れ、生きる喜びが湧き立つようなアルバムのリリースに際してこのようにコメントしている。

「周りのみんながいなかったら、今の自分はいない。友人たち、特に転換期を支えてくれた友人たち、頼りにしているトランスの友人たち、Redditのグループ・チャット、すべてがとても重要なんだ。トランス・コミュニティでは、誰一人として自分一人でやっているわけではないから」

労働者階級として、トランス・ジェンダーとして、一人の人間として。コミュニティのために尽力してきたアイ・ジョーダンらしいこの言葉を、自分自身を誇るように聞こえるアルバム・タイトル『I AM JORDAN』と重ねてみて欲しい。つまりすべては、自分らしくあるために、ということ。

今回お届けするのはおそらくアルバム完成直後、昨年の来日時に収録したインタヴューであるが、この喜びへと向かって進む作品に至る足跡をたしかに感じ取ることができると思う。
(インタヴュー・文/高久大輝 撮影/中野道)

アイ・ジョーダンは動画プログラム《TURN TV》でのQ&A方式の質問企画、「THE QUESTIONS✌️」にも登場! 動画は記事の最後、あるいはこちらからご覧ください。(編集部)

Interview with I. JORDAN

──あなたのことをまだよく知らない日本のリスナーのために少しカジュアルな質問から始めさせてください。最近お気に入りのアルバムはありますか。

アイ・ジョーダン(以下、I):2023年の初めに出たケレラの『Raven』。何が好きかって、まずサウンドが素晴らしい。ケレラは最高のアーティストだよ。彼女の声も素晴らしくて……もう一度言わせて。ケレラは素晴らしいアーティストで、本当に大好きなんだ。今回のアルバムがとくに際立っていたのは、アルバムを一貫して同じテーマが流れていること。アルバム中に似たようなメロディが繰り返し登場して、それがアルバム全体のサウンドに統一感をもたらしてる。自分が今まで聴いてきたアルバムの中でそういうことやっている作品はあまり多くない気がする。同じようなタッチが繰り返し登場して、それが作品全体にものすごく一体感を与えている。

──とても良いアルバムですよね。では人生を変えたアルバムはありますか?

I:10代の頃に一番影響を受けたのは、ボノボの『Animal Magic』(2000年)という、《Tru Thoughts》からリリースされた作品。「Sleepy Seven」という曲を聴きながらよく泣いていた。別世界に連れていってくれるような、催眠的というかトリップ・ホップ的な感覚があって。今よりも若かった頃にはそういったサウンドがすごく好きで、思春期にすごく影響を受けた作品なんだ。

──あなたの現在にも繋がっているように感じます。初めて観たライヴはなんでしたか?

I:7歳の頃に観たS Club 7が最初かな。会場がスタジアムで、母親に連れられて行ったんだ(笑)。それとは違う意味では、地元のローカルなハコがあってそこが最初なんじゃないかな。若手のアーティストやバンドが出演していて、めちゃくちゃヘヴィ・ロック/メタル寄りな感じだった。もともとロックやメタルも好きなんだよね。そこではブリング・ミー・ザ・ホライズンが初期の頃に演奏してたりとか……えーっと、そう、実は昔レッチリのファンだったりもして(笑)。今は(ベタすぎて)少し恥ずかしいから、あんまり深堀したくないんだけど(笑)。

──意外です(笑)。ここからは最近の活動について教えてください。まず今回の日本でのDJはいかがでしたか?

I:長い間、日本でプレイしたいと思っていたから、大阪と東京でできることにとても興奮していたんだ。観客のエネルギーも会場も、どちらも素晴らしかった。また日本に戻ってプレイするのがすごく楽しみ。

──すごくエネルギッシュなDJでした。スタジオワークとDJの活動にはどのような接点がありますか?

I:スタジオワークとDJにはすごく大きな接点がある。優れたサウンド・システムを使うことはDJとしての自分にも必要だし、実はアルバム作りにも必要なことなんだ。例えば今回の大阪/東京でもサウンド・システムを使って、自分のアルバムに収録される予定のマスタリングした状態の曲を流して、ここからどうやってさらにマスタリングを重ねていくかを考えていたよ。それに今ちょうどアルバムに収録される予定の12曲を書き終えたところで、今回のアルバムの曲はクラブにフォーカスしていないものでも、こうやって旅をすることや自分の人生の様々なステージ、新しい場所にインスピレーションを受けている。これまでは毎週末のようにDJをしていて、DJをするために旅をすることも曲作りにたくさんのインスピレーションを与えてくれたんだけど、曲作りに真剣に取り組むためにDJの頻度を減らして、2週に1回のペースに変えていたんだ。

──DJでプレイする前提で曲を作ることが多いですか?

I:いや、いつもそうとは限らなくて。今回のアルバムで言えばいくつかの曲はクラブでプレイしたことがない。今年の5~6月頃にはDJではなくライヴをする予定で、ライヴで披露したい曲も収録してる。それに今作には自分の内省的な感情の部分を書いた曲もあるから、ホームリスニングに適した曲もあると思う。

──10月にリリースされた《Pitchfork》によるセッション企画「Abbey Road x Pitchfork London studio session」でのプランニングトゥーロック(本名:Jam Rahuoja Rostron)とコラボ曲の「TNB(トランス・ノン・バイナリーの略)」も、2人のこれまでの歩みを考えると特別なものに感じました。2人はオンライン上で出会ったとのことですが、あなたにとってプランニングトゥーロックはどのような存在ですか?

I:実は自分のパートナーがプランニングトゥーロックの大ファンだったんだ。それで自分も夢中になった。そのときちょうど《Pitchfork》の方からいっしょにやってみないかと声をかけてもらって、それがきっかけで知り合ったんだ。もう2年くらい前かな。すごく仲良くなって、今はいっしょに音楽を作るというよりも友達として毎日電話をしているかメッセージを送り合うような深い関係なんだ。Jamはこれまでもたくさんの作品のプロデュースを手がけたり、長い間シーンに携わっていて、すごく尊敬してる。アーティストとして本当にインスパイアされたんだ。Jamのソロ作品はとてもDIYな作り方をしていて、MVも自身でプランを立てて撮影や編集までやってる。その上で音楽業界へとの関わりは、端っこにいるようなもので、ビジネス面ではあまり関与していないとJamは言っていた。あとJamの持つバックグラウンドは自分とすごく近いところがあって。例えば貧しい家庭で育っていたりね。自分はそういった面にもすごく共感しているし、とても深い繋がりがあるように感じているんだよ。

──「TNB」の“Day”と“Night”の2つのヴァージョンのトラックについて「どちらも私たちが歩んできた過渡的な旅の重要な部分を表している」とコメントしています。この“旅(Journey)”について詳しく教えていただけますか?

I:1年くらい前に“Day”ヴァージョンができてできたんだけど、Jamはもっと違ったヘヴィで、速いヴァージョンを作ったら面白いんじゃないかというアイディアを出してくれた。すごく自然発生的だったんだけど、それでテクノ・ヴァージョンを作ったんだ。自分たちのスタイルやそのときの状況を補完するようなものが必要だったしね。旅というのは自分たちが変化していくことを表していて。“Jamにとってはトランジションの手術を受ける前の状態、自分はホルモン治療を始める前の状態を表しているのが“Day”ヴァージョン、“Night”ヴァージョンは2023年の4月にできたんだけど、2人とも手術を終えていたり、ホルモン治療を進めていたりして、お互いが自分自身により居心地の良い状態で自信を持った状態を表しているんだよ。“Night”ヴァージョンには深まった音楽的な関係性と、同時にいろんなことをシェアするくらい親密になったお互いの関係性を表してもいるね。

──プランニングトゥーロックはもちろん、HAAiやシェレル(SHERELLE)、ロミーなど、あなたは仲間たちと共にクラブ・ミュージックやエレクロトニック・ミュージックの持つ解放/抵抗の歴史に連なり、(カミングアウトやステイトメントを発することも含め)多くの障壁に立ち向かっています。あなたの視点から見て、クィアな人々、周縁化された人々の置かれている状況にはどのような変化が起きていると感じますか?

I:自分たちがこれまでにやってきたのは(差別などの)バリアを壊すために人々の意識を変えていくこと。個人としては、自分を差別したり、トランスの人たちを受け入れていなかったり、さまざまな疎外されたアイデンティティの人たちを受け入れていなかったりしたら、そういった人とは一緒に働かないと決めている。それでチャンスを失うことになっても気にしない。ありのままの姿を見てくれないのであれば、その(コミュニティの)一員にはなりたくない。自分はキャリア主義のDJではないし、そのためにここにいるわけでもないしね。ただ自分らしくいたい。DJ、そしてアーティストであることは、とても個人的なことだと思う。資本主義の中で個人であることはすごく難しいけど、個人がコミュニティの一部になるのではなく、コミュニティが個人の集合体である必要があると思うんだ。それによって物事は良い方向に向かっていく。

音楽業界のバリアは徐々に薄まってきているかもしれないけれど、実際の社会生活の中ではまだまだ残っている。もし(周縁化された)当事者たちを動かしている人たちが、まだ白人のシス・ヘテロ男性のままなら、何も変わることはない。エージェンシーを運営しているのは誰? 出版社を仕切っているのは誰? 責任者は誰? それが変わらない限り、雑誌の表紙に誰が起用されようが関係ない。中身は変わっていないのが現実だと思う。だから、自分がアーティストとしてできることは例えばパーティーやエージェンシー、レーベルなど音楽業界で意見を表明しやすい人たち、権力を持っている人たちの意識を変えていくことだと思う。

──シェレルとあなたが話をしている《Mixmag》の記事でも、資本主義という全体を覆う問題に触れています。このような状況で自分自身、そして他の周縁化された人々のための闘いによって精神的にすり減ってしまうことは少なくないと思うのですが、あなたがご自身をケアするために心がけていることはありますか?

I:その方法を学んでいるところ。自分自身をどれだけ犠牲にしたいかについてもね。こういった問題について話したり、パネル・ディスカッションに参加したりするよう頼まれることが多いけど、正直もううんざりしているところもあって。もっと別のことを話す必要があるのに、彼ら(ディスカッションに招く人たち)は毎回同じようなことを言うだけ。彼らは話すことが大好きだけど、その話や言葉を実際の行動に移そうとはしない。だから自分は多くのディスカッションに参加せず、それでいて自分の力をどうすればたくさん発揮できるかを学んでいるんだ。個人的な経験について話すのはとても疲れることだし、それをよくわかっているからね。SNSも似たようなもので、ベッドで寝ようとしているときも携帯をスクロールできるし、物事について考えているからいつも仕事のようになってしまう。自分に必要な休暇を与えるようにしなきゃね。 周りの人たちに気を配るようにして、しっかり睡眠を取ったり、運動するのも効果的だと思う。今日は良い天気だからどうしようかな。

──キングス・カレッジ・ロンドンでの仕事、2022年のDJ、プロデューサー、ヴォーカリスト、インストゥルメンタリストをサポートするための「Trans_Formation: Power in Community」というプロジェクトなど、あなたは多くの周縁化された人々の活動を支えています。ぜひあなたが今注目している(あまり日本で知られていないであろう)若いアーティストを紹介してください。

I:もちろん! 名前を覚えるのが本当に苦手だから携帯を見てもいい?(携帯を確認して)それじゃあ紹介するね。まずARCHANGEL。ニューヨークを拠点に活動するDJ兼プロデューサーでとても速いジャングル・スタイルの曲を作る。素晴らしいよ。TAAHLIAHは聞いたことがあるかな、スコットランド出身で、自分の親友なんだ。彼女のプレイもカラフル。FAFFはロンドンを拠点に活動しているデュオで、陶酔的なトランスをプレイするよ。そしてSister Zoはニューヨークを拠点に活動していて、UKのブリストル・スタイルのような感じでお気に入りだよ。

──ありがとうございます。では最後にいつか一緒に作業をしてみたいクリエイターがいたら教えてください。

I:クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズ……どうかぜひ! もし繋がりのある人がいたら連絡して。いつでも待ってる(笑)!

<了>

【THE QUESTIONS✌️】Vol.25 I. JORDAN

Text By Daiki Takaku

Photo By Michi Nakano


I. JORDAN

『I AM JORDAN』

LABEL : Ninja Tune / Beat Records
RELEASE DATE : 2024.05.10
購入は以下から
Tower Records / HMV / Amazon / Beatink

1 2 3 73