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フジロック出演にも期待! ペギー・グー『I Hear You』を聴け

16 July 2024 | By Shoya Takahashi

ペギー・グーにとってこの1年間は、台風のような時間の変化だったに違いない。1991年、韓国・仁川(インチョン)出身、ベルリン在住、DJ/シンガー/ソングライター/プロデューサー/レーベル《Gudu Records》設立者のキム・ミンジ(Kim Min-ji)。mensa級に優秀な兄を持つ家庭に生まれて、勉強が不得意だった、学校になじめていないことについて母親と相談したのをきっかけに、14歳で英語を学びにロンドンへ。クラブ通いをはじめたのもその頃からで、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに入学後は自身もDJに。大学卒業後にベルリンに移住して、レコード店で働き始める¹。ベルリンのナイトライフでテクノの洗礼を浴びつつ、自分の楽曲も作るようになった。

その後の活動は彼女のディスコグラフィーが示すとおり。《Ninja Tune》からリリースされたEP『Once』(2018年)は彼女の最初の代表作となった。2019年に設立したレーベル《Gudu Records》からは次のEP『Moment』(2019年)をリリース。このレーベルからは昨年にコンピレーション『Gudu & Friends Vol. 1』(アートワークがかわいい)が発表されており、そこにはDMXクルーやSalamandaも参加している。《Gudu Records》からリリースされる作品のアートワークはすべて、Jee-ook ChoiやJin Young Choiら韓国人アーティストが手がけているよう。彼女はコントロールフリークであることを自認しており、レーベルのディレクションにとどまらず、すべての作品をミックス段階まで確認しているという²。

そして、「(It Goes Like) Nanana」(2023年)が大ヒット。同曲とおなじくユーロハウスの要素をもつ、ビヨンセ「BREAK MY SOUL」の流れをひくサマー・アンセムとして。その後もアリアナ・グランデ「yes, and?」やRIIZE「Impossible」などアンセミックな欧州風のハウスナンバーが次々にヒットしていることを念頭におくと、ペギー・グー「(It Goes Like) Nanana」のヒットはこれ以上ないほどうまく時流に乗った結果といえよう。そしてDJ/ファッションアイコン/セレブ(?)として、カンヌ・amfARガラ、F1モナコグランプリに出演、メイクアップブランド=メイベリンニューヨークのグローバルアンバサダーに就任³……。すごく華々しい。もっとも、それ以前の彼女を、同じく韓国出身のSalamandaやイェジとも共振しインディー/アンダーグラウンドな志向性の聴き手にリーチするダンス音楽の作り手として認識していたわたしには、嬉しくも一抹の寂しさが残ったけども。

しかしその「(It Goes Like) Nanana」も収録された初のフルレングス、『I Hear You』を聴いたらたちまち満足。全編を通してハッピーなヴァイブスが収められている。

ペギー・グー自身がナレーターとなったSF的もしくは催眠的な導入「Your Art」が終わると、全40分間の音旅行が始まる(アートワークに映るペギーの姿は、宇宙ステーションを模っているようにも、スピリチュアルな意味での「鏡」を表しているようにも見える)。ユーロハウス譲りの四つ打ちに、デュラン・デュランみたいないかがわしい(80年代から見た先進性を享楽的に表現した)シンセの音色が重なると、地に足がついた感覚と現実を忘れて宙を漂っている感覚とを同時に味わう。

ゆるやかな四つ打ちに合わせて、よいしょよいしょと進もう。レニー・クラヴィッツとコラボした「I Believe In Love Again」。「もう一度愛を信じよう~」と歌い上げるクラヴィッツに、ペギー・グーは「今夜、あなたはわかってるはず……探しものがきっと見つかると……」とささやく。そこに現実なんて介在しない。精神宇宙に投げ出された二人は「higher place」に導かれるという。まったくだ、早く現世から離れてしまいたい気分だよ。そう呟いた君は、ペギーの大衆化にどこか喪失感を覚えつつも、自分の下半身が踊りだしていることに気づく。

ずれるようなファンク・ベースに乗せて、ゆるゆると進もう。「All That」ではプエルトリコ出身のラッパー=Villano Antillanoがスペイン語のねちっこいフロウをきかせれば、ファットなキックやパーカッションが重たいビートでそれに呼応する。どの楽曲も、差し込まれるサンプルや細部のテクスチャに耳をすませていくとキリがない。しかし全体から感じられるのは、初期ケミカル・ブラザーズのようなアシッドな90年代フィーリング。しかしそれほど騒々しくはない。電気グルーヴでいえば、『VITAMIN』のアシッド・ハウスに『J-POP』の開き直ったポップネスやファンクネスが混じってくるような。

跳ねるベースとピアノに乗せて、どぅんどぅんと進もう。「(It Goes Like) Nanana (Edit)」についても書かなければ。近年では流行した楽曲について、しばしば楽曲ではなく「バズについて語る」ことが目的化しているが、本当に素晴らしい作品に触れたときにはバズやTikTokでの話題からは超越的なところでわたしたちの感覚にリーチするものである。本作『I Hear You』においては「(It Goes Like) Nanana」に並ぶインパクトのある楽曲が多くおさめられている。例えば、ペギーの韓国語歌唱とスネアにかかったディレイがマジやばい「Lobster Telephone」や、ジャングルビートにレイヴ音楽のけたたましいサイレンとYMOみたいな東洋音階のフレーズがかぶさるキメラめいた「Seoulsi Peggygou (​서​울​시​페​기​구​)」など。それらのやばさ/毒々しさに比べると、「(It Goes Like) Nanana」のキャッチーさは毒抜きされた感もある。サマー・アンセムだからね。だがクラブミュージックとしての芯はしっかり残っていて、ぶち上げすぎない平熱に保たれたグルーヴは持続して、コーラスの「Na-na-na~」歌唱でもペギーは落ち着きはらっている。

「(It Goes Like) Nanana」のリリックを読んでみると、

説明できないよ
消せない気持ちがある
どうしてもどうしても消せない気持ちがあるんだ
私の心にあるもので
それはきっとこんな感じ
ナナナ~♪

とある。「Na-na-na」にあたる部分は、自分に残った気持ちの高まりの記憶、あるいはクラブで踊った高揚感の断片をうたっている。つまり、「あの夜はあんな曲が流れていたな」という劇中曲ならぬ「曲中曲」とでも呼ぶべきものか。彼女の内面の発露をパッケージしたこの曲が、TikTok上でバイラル・ヒットしたというのは得心がいく(モロッコの《Lost Nomads》フェスにペギーが出演した際の、オーディエンスの映像が拡散されたことがきっかけ)。この曲のTikTokヒット、そしてペギーのグローバルヒットの秘密は、「うまく説明できないけど最高!」という誰にでも共感できる、原初的な興奮だったのだ。

あ、つまりは今年出演する《フジロックフェスティバル》のような場所でも、彼女の音楽は誰しもの精神や気分にフィットするということ。ちなみにペギーの出番は1日目、ホワイトステージの22時台。きっと「(It Goes Like) Nanana」でも歌われたような、忘れられない夜になるだろう。(髙橋翔哉)

¹《BillBoard》|「Peggy Gou on ‘It Goes Like’, Tour & Her DJ-Producer Vision」https://www.billboard.com/music/features/peggy-gou-dj-producer-tour-billboard-cover-story-1235664758/

²《Hypebeast》|「ストリートスナップ: ペギー・グー」https://hypebeast.com/jp/2023/3/streetsnaps-peggy-gou-gudu-records-interview

³《Vogue》|「Inside DJ Peggy Gou’s Very Bold World」https://www.vogue.com/article/dj-peggy-gou-interview

Text By Shoya Takahashi


FUJI ROCK FESTIVAL ’24(画像をクリックするとページに飛べます)

Peggy Gou

『I Hear You』

LABEL : XL / BEATINK
RELEASE DATE : 2024.6.7
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BEATINK / TOWER RECORDS / HMV / Amazon / Apple Music


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