【あちこちのシューゲイザー】
Vol.3
地球の裏側で鳴らされたノイズの方が親しみやすいこともある
〜チリの新鋭シューゲイズ・アクト4組〜
年始早々シューゲイザーかよ? と思う方もいるかもしれない。しかしシューゲイザーとはそもそも、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインがノイズの中に暴力性ではなく安らぎを見出してきたように、必ずしも暗く下向きな音楽ではなく、見方を変えれば非常にポジティヴな音楽とも言える。もちろん私も、このジャンルの特性である逃避主義や、90年代初頭のマッドチェスターシーンと対照をなす富裕層青年の泣き言ロックとしての側面を、手放しに肯定するつもりはない。とはいえシューゲイザーが持ちうる表現はパンデミック以降、個人や世の中のムードと共鳴してさらにアクチュアリティを増していると思う。ただお気楽に絶望してるわけではない。戦争と政治と寒暖差とごく個人的な諍いやらが、靴がなくたって万人を俯かせてしまうこの時代において、「わたし」を守って寄り添ってくれるシェルターとしてシューゲイザーが機能しうるのは当然のこと。いやはや、ここ何ヶ月か、寒暖差で自律神経をやられてどうにもナイーヴなんですよ。あーあ。
2020年代のシューゲイザーといえば、ソウルのParannoulやトロントのwhat is your name?、シカゴのJane Removerのような、エモ〜ポストロック感の強いアクトが印象に残っている。シューゲイザー感は希薄だがメルボルンのPrises Roses Rosaもまた、上に名前を挙げたようなアクトと精神性を共有していると思う。海外評価も高い東京の“明日の叙景”をはじめブラックゲイズ系のバンドも、よりコアなリスナー層から強い支持を受けている感触がある。ただ私は個人的に、これらの大作主義的な傾向とはあまり相性のよくないリスナーである。昨年夢中になったシューゲイザー作品も、ブルックリンのKrausやロンドンのdearyのような、小粒で無邪気ながらも優れた感性とサウンドコントロールをもったバンドたちだった。
今回紹介する南米・チリの4組のアクトは、この連載のためにRate Your Musicを参照していた際に発見した。かれらもまたきっと、傑作やバズや批評への野心をもつタイプの作家ではない。むしろシューゲイザーを自身の影響元となる音楽に、とても無邪気かつスリリングな手つきでクロスオーバーさせる作家たちだ。だから安心して聴いてほしい。かれらは存外お気楽かもしれないけど、そうお気楽でもいられない読者の皆さまにとっても、長めのブルーマンデーとしての新年休みの憂鬱を笑い飛ばすような快作揃いだと思う。とにかく言いたいのは、年始に地元で行われる同窓会はめっちゃ排他的だけど、地球の裏側のどこかのベッドルームで行われたセッションはどこまでも親密でオープンだってこと。それでは前置きが長くなりましたが、チリのシューゲイズ・アクト4選です。お楽しみくださいませ。
NIEBLA NIEBLA
NIEBLA NIEBLAはチリの首都、サンティアゴにて結成。Bubblegum bass〜ハイパーポップ系のプロデューサー2人と、ソロ・アーティストとしても一定の人気を集めるシンガーのPrincesa Albaからなる3人組。かれらのリリースは現状、5曲入りEP『cuando te sueño ੈ♡˳*☾』(2022年)の1枚のみ。その音楽性は本人たちが「hyper-gaze」を標榜している通り、シューゲイザーとハイパーポップのクロスオーバー。100ゲックス(100 gecs)の音楽にも指摘できるように、ファズギターが現代のグリッチノイズであるという発想は、現在のベッドルーム寄りのインディーシーンに広く共有されている気がする。かつてdltzk名義でハイパーポップの作品をリリースしていたJane Removerが昨年シューゲイザーに急接近したように、こうしたクロスオーバーは予期されていたことだと思うし、NIEBLA NIEBLAのシューゲイズ・ギターと潰れたシンセとの混ざり合いの違和感のなさには必然性を感じる。Kawaii future bassやポーター・ロビンソンの作品にも通ずる刹那的な高揚感はいかにもシューゲイザー的な逃避主義とも接続できるが、間違いなく2020年代だから生まれた表現でもある。
ASMRBRUJO
ASMRBRUJOは、5人組バンドのColoresantosのギタリストとしてキャリアをスタートしている、サンティアゴ在住、Adán Fresardのソロプロジェクト。Coloresantosはシューゲイザーとクラウトロックに触発されたヒプノティックなサウンドを聴かせるバンドだが、ASMRBRUJO名義での活動は「複雑で再現不可能なサウンドデザインを追求する」ことが動機となっているそうだ。ダウンテンポやIDMからの影響が伺えるビートやシンセノイズからは、エヴリシング・バッド・ザ・ガールやトム・ヨークのソロ作が思い出される。おそらく、同じくグリッチ〜IDMが根っこにありつつシューゲイザーにもカテゴライズされるような前例として、2000年代のスウィート・トリップのようなアクトがロールモデルなのだろうと想像できる。『MAXIMALISMO』(2022年)というアルバム・タイトルも端的に表しているように、バンドではやれない様々なアイディアや音に貪欲にトライしようとする野心が聴き取れるが、その浮かれにも似た気概には微笑ましさも覚える。
Contraorden
ContraordenもASMRBRUJOに同じく、Lucas Maisterowによる“ひとりシューゲイザー”である。しかもこちらは打ち込み主体ではなく、ベース、ギター、シンセサイザー、ドラムスをひとりでこなすバンド感の強いサウンドである。2022年にリリースされていた2枚のデモEPからは、本人が公言しているトリップ・ホップからの影響が見え隠れするが、ファースト・アルバム『Despertar』(2023年)ではザ・キュアーを思わせる、より耽美なポストパンク〜ゴシック・ロックに接近。そういったサウンド面ではアイルランドのJust MustardやNewDadといったバンドとも比較できるが、Contraordenのスペイン語による言葉数を多めに詰め込まれた歌唱とまばゆいギター・アルペジオの組み合わせは、ひときわ個性を放っている。とにかくキャッチーなヴォーカルの旋律、そしてアップテンポかつシンコペーテッドされたリズムはどこかJロック的、特にゴシックなサウンドも相まってV系を思わせるところもあり、不思議なシンパシーを感じるアクトである。こちらもサンティアゴ在住。
my bunny valentine
これには笑った。名義がマイ・バニー・ヴァレンタインで、唯一リリースされたアルバムのタイトルは『lvlss』(2022年)。つまり、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『loveless』とバッド・バニーとをマッシュアップした作品である。チリ中南部の工業都市、コンセプシオン在住のRodolfo Ronは、5人組クルー、Los Hermanos Broders Gang(以下、LHBG)のひとり。10代のメンバーで構成されるLHBG名義では、ネット・ミームの引用や既存のヒップホップへのパロディー要素を多分に含んだ、ジョーク的な作品を多数リリースしている。日本においてはFranz K Endoや、霊臨が所属する三次元遊戯を連想したりもするが、そのメンバーであるRodolfoによるmy bunny valentineの『lvlss』は、それら以上に粗雑でくだらない。好き勝手にカットアップやピッチシフトを施された『loveless』のノイズ・オブ・ウォールに、レゲトンのビートとバッド・バニーのヴォーカルが重ねられる。切り刻まれても酩酊感や記名性が目減りすることのないマイブラのシューゲイズ・ギターに、バッド・バニーの声やフロウの魅力と、レゲトン/トラップのフォーマット化されたビートのミニマリズム的な良さ。奇しくも元ネタの音楽的強度が証明されるし、案外悪くない組み合わせもおもしろいリリース。一発ネタではあるため今後のmy bunny valentine名義での作品は期待できないかもしれないが、LHBGのクルー名義や各メンバーはまだアクティヴに活動を続けているため、引き続きウォッチしていきたい。
(以上、文/髙橋翔哉)
Text By Shoya Takahashi
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