【FEATURES】
『Godfather of Harlem』
物語は、映像は、音楽は、いかにして引き裂かれるのか?
ドラマ『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』が描く3つの葛藤
激動の時代を「葛藤」ともに描いたギャング・ドラマ
1960年代前半はアメリカ史、とりわけアフリカン・アメリカン史にとって大きな転換点だった。1963年はワシントン大行進やケネディ暗殺事件があり、1964年は「公民権法」、1965年は人種による投票の制限を禁止した「投票権法」が制定される。
こうした時代のうねりを、1人のギャングの視点から描いたドラマが2019年、米《Epix》で放送を開始した『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』シリーズだ。本作は2021年に日本でも配信がはじまり、現在シーズン3までディズニープラスで配信されている。
舞台はニューヨークのハーレム地区。実在したギャングのエルズワース・“バンピー”・ジョンソンを主人公に据え、マルコムXや黒人初の下院議員アダム・クレイトン・パウエル・ジュニア、そしてイタリア系マフィアである五大ファミリーとの関わりが、虚実を交えて描かれる。
『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』ディズニープラスのスターで配信中© 2024 ABC Signature Productions, Inc.物語は1963年、バンピー(フォレスト・ウィテカー)がアルカトラズ刑務所から出所したところからはじまる。バンピーの服役中、イタリア系マフィアである五大ファミリーがハーレムでの勢力を伸ばし、バンピーのシマでもドラッグのビジネスを展開。危機を感じたバンピーと、五大ファミリーとのあいだで、ドラッグビジネスを巡り駆け引きが生じる。ときに協力し、ときに衝突するバンピーと五大ファミリーの関係がスリリングさをもたらす。
一方で、時代は公民権運動が盛り上がっていた時期でもある。マルコムXやアダム・パウエル・ジュニアとともに、バンピーがアフリカン・アメリカンの権利を獲得するための活動とどう関わったのかが描かれる。モハメド・アリの活躍や、ジェームズ・パウエル殺害に端を発した1964年のハーレム暴動など、実際に起きた出来事も脚色されながら取り上げられる。
本作のショーランナーであるクリス・ブランカートとポール・エクスタインは、バンピーの孫娘マーガレットから「マルコムXが毎週自宅に来てバンピーとチェスをしていた」というエピソードを聞き、このギャングと公民権運動が交差する物語を構想していったという。
暴力・犯罪に手を染めるギャングと、不正に抗う公民権運動。一見、相反する二つの事象が矛盾を抱えながら描かれるが、この「二つの相反する要素による矛盾」はシリーズを貫くテーマとなっている。そうした矛盾に対して生じる葛藤が視聴者を惹きつける、本作の魅力の一つといえるだろう。
今作ではさまざまな葛藤が描かれるが、本稿ではそれを三つに分類したい。一つ目は登場人物たちが抱える心理的な葛藤。二つ目は映像と映像のあいだで起きる葛藤、そして三つ目は映像と音楽とのあいだで起きる葛藤だ。
『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』ディズニープラスのスターで配信中© 2024 ABC Signature Productions, Inc.バンピーとステラから見る、内面の葛藤
主人公バンピー・ジョンソンは「矛盾」「葛藤」を体現する人物として描かれる。ハーレムに大量のドラッグを流通させる冷酷なギャングでありながら、稼いだ金銭で貧しいハーレムの住民をサポートするヒーローでもある。そのためハーレムの人々は、バンピーを恐れもするし、頼りにもする。ちなみに実際のバンピーも、ハーレムの貧しい人々に食べものや贈りものを提供し、感謝祭のときは七面鳥のディナーを配達していたというエピソードが残っている。
バンピーの葛藤は、薬物依存症でもある自身の娘エリース(アントワネット・クロウ=レガシー)との関係でとりわけ強く伝わってくる。バンピーはマルコムX(シーズン1・2はナイジェル・サッチ/シーズン3はジェイソン・アラン・カーヴェルが演じる)を通じてネイション・オブ・イスラムが運営する更生施設にエリースを預ける。しかしそこでマルコムXも指摘するように、エリースを蝕むドラッグをハーレムに流通させているのはバンピー本人なのだ。愛する人を薬物依存から救いたい、しかしドラッグのビジネスはやめられない。そんな矛盾をバンピーは抱えている。
『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』ディズニープラスのスターで配信中© 2024 ABC Signature Productions, Inc.そうしたバンピーの矛盾はシーズン3で「絵画」として描かれる。バンピーの妻メイミ(イルフェネシュ・ハデラ)お気に入りのアーティストが、バンピーをモチーフにした絵画を描くのだが、その作品を見たバンピーは激怒する。なぜならそこで描かれたバンピーの肖像は左半分が穏やかな聖者のように描かれている一方で、右半分は悪魔のような形相が描かれているからだ。画家は、バンピーの二面性を鋭く指摘し、それを描いたと語る。しかしバンピーは、そんな自身に向き合うことができず、その作品を持っていたストレート・レザー(カミソリ)で文字通り「引き裂いて」しまう。この場面は、本作が持つ「二面性に引き裂かれる」というテーマが視覚的に表現された印象的なシーンだ。
バンピーのほか、マルコムXやメイミなど多くの人物がこのドラマでは葛藤を抱える様子が描かれるが、なかでもヴィンセント・“チン”・ジガンテ(ヴィンセント・ドノフリオ)の娘ステラ・ジガンテ(ルーシー・フライ)の抱える葛藤は印象的だ。
チン・ジガンテは五大ファミリー、ジェノヴェーゼ一家の実在したマフィア。逮捕を逃れるために精神疾患を装い、バスローブとスリッパ姿で街を徘徊するなど奇怪な行動を重ねたエピソードがあり、ドラマでもそうした姿が描かれる。
そんなチンの娘、ステラはイタリア系でありながら、アフリカン・アメリカンによるソウル・ミュージックの大ファン。恋人もシンガーの黒人青年テディ(ケルヴィン・ハリソン・Jr)だ。しかし父親であるチン・ジガンテは2人の交際を認めない。娘の恋人はイタリア系の男性であってほしいと願っているからだ。そしてチンはテディを殺害するように部下に命じる。ステラは父親であるチンを家族として愛しながらも、恋人を奪おうとする冷酷さに憎しみを抱く。イタリア系の家族とアフリカン・アメリカンの恋人のあいだで引き裂かれる人物として描かれている。その結果、ステラはどんどんチン・ジガンテの望む「理想の娘」像から逸脱していくのだが、その様子がとてもスリリングなのでぜひご自身の目で確認してもらいたい。
『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』ディズニープラスのスターで配信中© 2024 ABC Signature Productions, Inc.カットバックで表現される「映像の葛藤」
映画・ドラマで「葛藤」という言葉が使用される場合、一般的には登場人物の内面や心理についての指摘だと想像するだろう。しかし葛藤が生じるのは、人物の内面でだけとは限らない。本作では、しばしば映像それ自体が「葛藤」している。
例えばシーズン2のエピソード6のある場面で、二つの映像がカットバックで交互に示される。一つは、マルコムXのスピーチの様子。「投票か弾丸か」という強烈なフレーズで有名になったマルコムのスピーチがあるが、映像はマイクに向かってその内容を語りかける彼の表情を映し出す。
二つ目の映像は、チン・ジガンテの部下アーニーが白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)メンバーを拷問し、殺害する場面だ。この少し前の場面で、マイケル・シュワーナー、ジェームズ・チェイニー、アンドリュー・グッドマンという人種差別に抵抗する活動家3名が、ミシシッピ州で行方不明になる事件が起きた(1964年に実際に起きた事件である)。バンピーはビジネス上の協力関係にあったチン・ジガンテに彼らを探し出してほしいと依頼する。そこでアーニーがミシシッピを探索した結果、3名の殺害に関わったKKKメンバーを見つけ出した。
一方はKKKによる不当な差別に対して「殺人」という最もおぞましい暴力が行使される映像。もう一方は投票に関する差別が撤廃されなければ暴力に訴えることも妨げられないというスピーチの映像。そこには「差別」に抵抗すること自体の正当性と、たとえ差別への抵抗であっても暴力が行使されることへの疑問が同時に提示されている。正義と暴力のあいだで映像は2つに引き裂かれ、葛藤を抱えるのだ。こうした映像と映像のあいだに葛藤が生まれるようなカットバックの場面は、本シリーズを通じて何度も登場する。そのたびに視聴者は、映像が抱える葛藤と向き合わざるをえなくなる。
『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』ディズニープラスのスターで配信中© 2024 ABC Signature Productions, Inc.60年代の世界観を彩る、豪華ヒップホップ・サウンド
『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』シリーズの魅力の一つとして、サウンドトラックも挙げられる。オープニング曲「Just in Case ft. Swizz Beatz, Rick Ross, DMX」を筆頭に、ヒップホップ・サウンドが全編を彩る。サウンドトラックの参加アーティストはジェイダキスやプシャ・Tといったヴェテランから、21サヴェージやファイヴィオ・フォーリン(Fivio Foreign)といった旬のスターまで豪華なメンバーが顔を揃える。しかもシーズンごとにオリジナルの新曲がアルバム単位で用意されるという、力の入れようだ。
ギャングものの映像作品でヒップホップが流れるというのは決して珍しくない。しかし本作がユニークなのは、それがドラマの主題でもある「葛藤」というテーマと関連している点だ。
本シリーズの舞台となった1960年代には、まだヒップホップは誕生していない。本来であれば、1960年代のソウル・ミュージックが流れたほうが、的確にドラマの世界観を伝えられるだろう。
実際にドラマの中では、ソウル・ミュージックに関わるミュージシャンたちが登場する。先に紹介したチン・ジガンテの娘ステラの恋人テディも、ソウル・シンガーだった。また、3人組の女性アーティストがパフォーマンスをしているバーのシーンがある。名前こそ紹介されないものの、今、売出し中と語られるその3人組が歌っていた曲は「Wild One」。つまりこの3人組は、「Dancing In The Street」などの代表曲で知られるモータウン所属のコーラス・グループ、マーサ&ザ・ヴァンデラスということになる。
舞台となった「1960年代」を示すような記号が劇中に配置される一方で、画面の外側からは当時、まだ生まれてさえもいないヒップホップが流れてくる。そうした画面内の映像と画面外のサウンドトラックのあいだにも葛藤が生まれているのが、このシリーズのユニークさなのだ。
人間も社会も、常に一貫したスタンスでいられるとは限らない。バンピー・ジョンソンのように極端な形でなくても、多くの人間は矛盾を抱えながら生きているのではないだろうか。『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』はそれを登場人物のキャラクターだけでなく、映像それ自体、そして音楽の使い方など、そのすべてを使って伝えてくれる魅力的な作品だ。
シーズン3の終盤、ついにドラッグのビジネスから足を洗おうとするバンピーの姿が描かれる。しかしバンピーの葛藤が解消されそうになったまさにその瞬間、あまりに深刻な「歴史的な事件」が起きてしまう。その事件の後、バンピーは再び葛藤を抱える生活に戻ってしまうのだろうか。シーズン4もあることを期待して待ちたい。(浅井剛志)
『ゴッドファーザー・オブ・ハーレム』ディズニープラスのスターで配信中© 2024 ABC Signature Productions, Inc.Text By Asai Goshi