【From My Bookshelf】
『そして、みんなクレイジーになっていく DJカルチャーとクラブ・ミュージックの100年史』(増補改訂版)
ビル・ブルースター(著) フランク・ブロートン(著) 島田陽子(翻訳)
現在進行形で自由を勝ち取る場
本書を読む上で必携のもの、スマートフォンとストリーミング・サービス、YouTube、それからなるべく良いスピーカーか、なければヘッドホン。何故ならば、作中に引用される音楽は漏れなく聴きたくなるし、共に読み進めることで時代感を掴むことができる。そしてハマり、その指でヤフオクかメルカリでアナログ盤を探し、ウォッチリストに追加することになる。実例として、ジェームズ・マーフィーによる序文の時点で、私は即座にシルヴェスターの「Over And Over」の12インチをポチった。楽曲に触れる文章のどれもがレコメンデーションとして求心力があり、付録の有名クラブによるクラブ・チャートはひたすらに音楽への欲望を唆る内容だ。
2章の「アシッド」についての項では、グレイトフル・デッドの長尺演奏がその時、その場所にとっていかに必然的なものだったか、そして初期セカンド・サマー・オブ・ラブの主流であった、ロング・ミックスの陶酔感との親和性にまで思いを巡らせることとなるのだが、後の「アシッド・ハウス」や「アウトロー」の章で、しっかりと言及される。そして、最初期のグレイトフル・デッドのライブ盤である、『Live / Dead』を聴きながらその後を読み進めることになり、聴きながらフィル・レッシュは史上最高のベーシストだなと思ったり、なんなんだこの奇跡的な一体感は……と感動する。そんな余所見しがちでいいのかと思っていると、次の項でトッテナムにあったクラブ《UFO》では、客がアシッドをキメて、グレイトフル・デッドなどのレコードが流れる中で読書をしていたと記されているではないか。なら、これは追体験をしているんじゃないかと、自分に言い訳をしたりもした。実に、本書はある種のドラッギーな構成に感じる節がある。歴史を語るにしたって、時代や場所があちこちに行ったり戻ってきたり。だが、各項が大体2、3ページで切り替わるスピード感はクイックミックス的で、心地よいテンポで読み進められる。
本書はクラブ・カルチャーの通史本ではあるが、その視点を置く位置に好感を持った。ドラッグを称揚することはない(自制している)し、寧ろクラブ・カルチャーの猥らな面や、禍々しい側面、あらゆる功罪に関してニュートラルだと判断できるし、それらに対して自省的に捉えている。1920~30年代にラジオで活躍していた座付オーケストラが、レコードとディスクジョッキーの出現により職を失ったという、DJ文化の最初の功罪に始まる、ミュージシャン〜音楽ソフトの形骸化の歴史でもあり、“貧すれば鈍する”という、今日においてもアクチュアルなテーゼがそこに浮かび上がる。一方で、本書で反復される、クラブ・カルチャーが人々に与えた“自由”については、LGBTや労働階級の人々にとって解放の場であったという、広く知られた前時代の言説だけで止まらないところに感心した。レインボーフラッグの成り立ちについて、この本ほど優れた表現はない。粗野な野朗が多いマンチェスターにおいて、《The Haçienda》はLGBTに対しての偏見を希釈する場であり、英国で最もボヘミアンな街にまでしてしまったこと。多くの国々でリーガルなこともイリーガルなイスラム教圏において、現在進行形で自由を勝ち取る場であること。有り余る両義性がこの本にはあり、そこに信頼が感じられる。
2022年の増補版を底本にした本書は、ここ20年のクラブ・シーンについて補強され、女性DJに一章を使ってフォーカスされたのは特に重要なことだ。近年は女性DJが増えて当たり前になったが故に、#MeTooムーブメント以降のここ10年の動きだったことにも少しの驚きがあったが、Very Male Line-Upsに端を発し、女性アクトの少なさが是正され始めた中で、ポリコレ疲れだの、ジェンダー平等に対する揺り戻しだのが、再び分断を予感させる昨今。DJというフィジカリティの優劣がない聖域においては、アクトの平等性はこれからも担保される空間であり続けるだろうし、そうあって欲しい。シャロン・ホワイトやスモーキン・ジョーを始めとしたパイオニアが築いたレガシーから語り直されるこの章を読んで、そう強く思った。
また、DJ/クラブ・カルチャーのメインストリーム化にはある程度寛容だが、近年の構造的な商業化やDJのスーパースター化、なにより拝金主義に対しては批判的で、1990~2000年代の失敗の史実を根拠に、保守的とさえ言えるほどのスタンスでこき下ろす様には、清々しささえ覚えた。原語版の出版からの3年間だけで色々と変化があり、歴史が繰り返されたクラブ・ミュージックだが、DJセットがオンラインで配信されることが一般的になり、政治利用の道具となっている現在とこれからにも刺さる、普遍的なイシューが本書にはあった。
いつだってなんだって、根強いファンを蔑ろにすれば、当然に根は腐り、その終わりは早い。地下に根を張り、美しい塊茎を肥やすこの文化は、誰もが主役であり、誰もが自由である。この本は、それを何度も何度も刻みつけてくれた。(hiwatt)
Text By hiwatt
『そして、みんなクレイジーになっていく DJカルチャーとクラブ・ミュージックの100年史』(増補改訂版)
出版社 : DU BOOKS
発売日 : 2024.12.27
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