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【From My Bookshelf】
Vol.29
『ネイティブス 帝国・人種・階級をめぐるイギリス黒人ラッパーの自伝的考察』
AKALA(著), 感覚社編集部(訳)

“太陽の沈まぬ国”の理不尽

27 June 2024 | By Masashi Yuno

筆者のアカラは、ジャマイカ移民の二世である父と、スコットランド人の母の間に83年に生まれたラッパーで作家、政治活動家。2006年度の黒人音楽を対象とした英国の音楽賞《MOBO Awards》で、最優秀ヒップホップ・アクトも受賞している。また、2009年にはシェイクスピアの作品と現代のヒップホップ・アーティストの作品との社会的、文化的、言語的類似性を探求することを目的とした音楽劇のカンパニー《The Hip-hop Shakespeare Company》も設立するなど、その活動は多岐にわたっている。なお、「Dy-Na-Mi-Tee」のヒットで知られるミス・ダイナマイトを姉に持つ。

本書は白人のシングルマザーのもとで、ロンドンのカムデンで育った自身の人生を、かつて“太陽の沈まぬ国”と称された大英帝国の歴史的背景と階級社会、人種差別と照らし合わせながら書き述べている。出版されたのは2019年3月で、それより5年後の日本語版の刊行ではあるが、彼が体験してきた理不尽な経験の数々は今もって根深く存在している。

一方で興味深いのが、83年生まれの彼は、80年代に英国各地で頻発した差別や国家暴力、貧困、階級的抑圧が引き起こした黒人による暴動や炭鉱争議などの現場にいた当事者ではなく、その息子や弟の世代にあたるということだ。そのきな臭い状況の中で育ちながら、何が起こっているのか、何が問題なのかがわかっておらず、後に答え合わせをするように状況を理解していった。つまり、スティーヴ・マックイーン監督(彼はサーの称号を得ている)が『スモール・アックス』で描いた“マングローブ9”やニュー・クロスの火災事件の後の世代であり、彼の上の世代が闘い続け、最低限の敬意を勝ち取った後の時代を過ごしている。

それでも彼は同じイギリスに生まれ育った白人と比べると困難な道のりをたどってきたことがページをめくるたびに明らかになっていく。彼と彼の弟はずば抜けて成績が優秀で、姉は《Mercury Prize》受賞のラッパーで、妹は超大作にも出演しているスタントウーマンと、まさに“ブリテン・ドリーム”のような一家なのだが、個人では如何ともし難い力──人種と階級がいかに彼らの人生に影響を及ぼしているのかを本書は検証している。特にハーフ・ジャマイカン、ハーフ・スコティッシュの視点で互いの土地や文化に触れた項が興味深く、おもしろかった。

彼らの祖父世代は戦後の労働力不足を理由に英国への移住を呼びかけられ、定住した“ウィンドラッシュ世代”だ。れっきとした英国国民でありながら、2018年には内務省によって誤って強制送還されるケースが相次ぎ、一大スキャンダルとして大きな批判を呼ぶことになった。そして、今年4月には自らも移民2世であるリシ・スナク首相は不法移民をルワンダに移送する法案をリードし、可決させた。7月4日に行われる英国総選挙で保守党は敗北が濃厚で、労働党政権へと移行することで、その法案は廃案になる見通しだが、寄せては返す波のような不法移民をどう対処していくのか、今のところは対処療法的な公約しか打ち出せていない。そんな英国社会の歪みはいつから、どこから起こったのか。アカラは自らの半生を綴りながら、その答えが本書にあると指し示しているようだ。(油納将志)



Text By Masashi Yuno


『ネイティブス 帝国・人種・階級をめぐるイギリス黒人ラッパーの自伝的考察』

著者: AKALA
訳:感覚社編集部
出版社:感覚社
発売日:‎2024年4月17日
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