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「真空状態では芸術は無意味だということなのだと思います」
ワイ・オークのジェン・ワズナーによるソロ・プロジェクト、フロック・オブ・ダイムズ新作に記された“感情”と“他者”について

15 May 2021 | By Yasuyuki Ono

シャロン・ヴァン・エッテン、フューチャー・アイランズ、ヘラド・ネグロ、タイタス・アンドロニカス、ボン・イヴェールといったバンド、ミュージシャンの作品での客演やフィーチャリング参加。自身もメンバーであるワイ・オークの活発なリリースに、別プロジェクトであるダンジョネスでの活動。友人でもあるシンガーソングライター、マデリーン・ケニーの近作におけるプロデュース/エンジニア・ワークなど、各所でその多才ぶりを発揮し、2010年代以降のインディー・ミュージックにおけるキー・パーソンの一人といえるジェン・ワズナー。ここ日本に住むリスナーの記憶に新しいところでは、2019年よりワズナーがバンド・メンバーとして参加しているボン・イヴェールが開催した2020年アジア・ツアー、Zepp Tokyo公演のステージ上で歌い、演奏するワズナーの姿を目にした人もいるだろう。そのワズナーによるソロ・プロジェクト、フロック・オブ・ダイムズがEP『Like So Much Desire』(2020年)を経て、フル・アルバムとしては5年ぶりにリリースするセカンド・アルバムが、本作『Head of Roses』である。

ワイ・オークがそのサウンドをシューゲイジングかつドリーミーな質感を湛えたギター・オリエンテッドなものから拡張/転換した4thアルバム『Shriek』(2014年)以降、自らの特徴とした多彩な音色のシンセサイザーやドラムマシンを用いたサウンド・プロダクションは、本作を含むフロック・オブ・ダイムズの諸作品でも踏襲されている。しかし、本作は昨年にリリースされたEPで萌芽を見せていたアトモスフィックなフォーク・テイストの楽曲を収めるとともに、適所で用いられる歪んだギター・サウンドが強い印象を残す作品になっている。さらに様々なヴォーカル・エフェクトが適用されながら、時に激しく時に静かにスタイルを変えつつエモーティヴに響きわたる歌声が伝えるように、ワズナーのヴォーカリストとしての表現力が随所で発揮されていることも本作の特徴である。

ワズナーによれば、“本作は心を痛めることと、同時に誰かの心を痛めてしまうことについてのレコードであり、それは痛々しい真実を避けることとその二重性をも受け入れることである”という。本作をかたちづくる、自己と他者の相互作用から生まれ出る複雑な感情と向き合いながら、その過程で揺らぐ自己アイデンティティを捉えなおしていくというテーマと上述したようなサウンドの特徴から、例えばアメリカーナ・サウンドへと接近し、薬物やアルコール依存とそこからの回復という内省的なテーマをエモーショナルなヴォーカルにのせて歌い上げ、多くの批評メディアからも絶賛されたワクサハッチー『Saint Cloud』(2020年)の姿を想起することも可能だろう。

今回実現したインタビューでは、ボン・イヴェールの日本公演にまつわる話に始まり、本作におけるサウンド・プロダクションから、作品全体を包摂するテーマ、さらにはワズナーの活動スタンスまで話題は多岐に及んだ。ワズナーが住むノースカロライナから遠く離れたここ日本に住む“他者”である私が投げかけた一つ一つの問いに対して丁寧に、真摯に、ワズナーは答えてくれた。

(インタビュー・文/尾野泰幸 通訳/相澤宏子)

――COVID-19によるパンデミックの影響をうけ、ここ日本でも昨年から数多くのライヴが中止、延期になりました。あなたもバンド・メンバーとしてライヴを行った、2020年1月のボン・イヴェール東京公演に私も参加していました。それが私が、国外から海を越えて日本を訪れてくれるアクトを実会場で観た最後の体験になっています。そのライヴは荘厳で静謐な空気に包まれたエキサイティングかつ感動的なものでしたが、そのライヴを含めて日本では何か印象的な体験はありましたか?

Jenn Wasner(以下、J):そのライヴは私にとってもパンデミック前に最後にプレイしたものなので、とてもよく覚えています! 日本を訪れてパフォーマンスするのは、いつだって信じられないほどの贈り物のようです。自宅からは本当に長旅だけれど、そこに居られることが本当に幸運だし素晴らしいことだと思います。日本への旅にはたくさんの思い出があるけれど一番の思い出の一つは、最高のバンド、コーネリアスのライヴを観に行ったことですね。本当に素晴らしかった!

――あなたはボン・イヴェールのみならず、ワイ・オークを含め数多くのプロジェクトに参加し、ツアーや楽曲制作を続けてきたと思います。その多忙な状態こそが、あなたのクリエイティビティを刺激し、支えていた部分があるのでしょうか?

J:私はもともと積極的に動いて、さまざまなサウンドやスタイル、役割を持って実験を重ねたいタイプのミュージシャンだと思っています。もちろんサポート・ミュージシャンとしてプレイする経験や他の誰かのビジョンをサポートするということは、対等なコラボレーションや自分自身の楽曲を演奏することとは全く異なります。でも、サポート・アクトはとても満足度が高く、自分自身のキャリアの大事な部分を占めているんです。どちらか一方を選んでしまうことは私にとってハッピーなことではなくて、二重のキャリアを築けたことは幸運なことだと思いますし、一方の活動がもう一方の活動にいい影響を与えているんです。

――一方で、現在も続くCOVID-19の感染拡大と隔離状態によってそのような多忙な状態に何かしらの留保や変化が訪れたことも事実だと思います。もちろんあなたは昨年から、活動が制限された期間で本作の制作や、作曲などを行ってきたのだと思いますが、その留保や変化は本作に関わるあなたの活動にどのような変化やきっかけをもたらしたのでしょうか?

J:確かに私はコンスタントにツアーをやってきましたが、2020年はそれができない人生でも初めての年になりました。いまも、ツアーに関わるいろんなことが本当に恋しいです。特に、創作におけるコミュニティの感覚が。でも、旅をしてライヴができない中でも、音楽を作ってクリエイティブでいられることは幸せなことだと思っています。一つの場所に長い間居続けることで、自分の創作活動との関係が非常に美しいかたちで深まったことが数多くあって、そのことにとても感謝していますね。

――作品の内容へと話を進めると、本作『Head of Roses』を聴いてもっとも私の心を打ったのはあなたの歌声でした。「2 Heads」でのオートチューンとオーバーダブを用いたヴォーカル処理、「One More Hour」や「No Question」での奥行きを感じる空間的なヴォーカル・エフェクトなどの歌声も本作には収められていますが、それ以上に本作で私が感じたのはあなたの歌声がとても生々しく、そしてエモーショナルで伸びやかな質感をもって耳へと届いてくることです。本作において私があなたの歌声に感じ取った感覚は本作の制作で意図していたものなのでしょうか?

J:ヴォーカル・プロダクションに関してはかなりいろんな選択を考えましたね。リヴァーブ、ディレイ、ハーモニック・エフェクトや、そのほかにも色々と。でも一番大切なことは、声が私の声そのものである限り、それは私の開けた口から出てくる音だということですね。つまり、何かの“エフェクト”と共に歌うのではなく、自分自身の声を生かすように努力して完璧すぎないヴォーカルを目指したことで、そこにあなたが言うような人間味が存在したのだと思っています。

――さらに、本作のサウンド・デザインは前半部分では重層的な(バンド・)サウンドが展開し、後半につれてミニマルな構成に変化していくことも特徴的です。本作のサウンドがそのようにある種の揺れ幅をもって設計されたのはなぜなのでしょうか?

J:アルバムの構成に関しては、自然に感じられるような流れを作るために、自分の直感に頼る部分がありますね。でも、このアルバムのテーマは悲しみの段階を踏みしめていくものだと思っているんです。つまり、最初の方には例えば「Price of Blue」のような、より激しい、時には怒りを込めた曲があるけれど、徐々に進むに連れて受け入れやすく穏やかな状態になっていく。そのルートは必然な結果として最初から特段に意識してアルバムを設計したわけではないけど、そういうふうに本作を捉えていくことが私はとても好きになっていきました。

――なるほど。加えて、本作のサウンドは、これまでの作品と比べより一層の“生々しさ”があるとともに、シックでアトモスフィックな色彩も濃い印象です。このようなサウンドはどのような意図から構築されたものなのでしょうか?

J:それについてはシンプルに1枚のレコードを作るのが昔と比べて上手になったということではないでしょうか。一つ一つの素材を活かせるような美的選択をして、意図した通りに受け取ってもらえるようにはしていますね。

――そのように一言でまとめてしまうことが決してできそうにない多様なサウンドが収められた本作において、特に強く耳に残るのは「Price of Blue」での轟き、蠢くギター・サウンドです。その響きは決して暴力的なものではなく、自身の感情のやり場を探す模索の過程が刻まれているようにも聴こえてきます。

J:先に言ったことと少し関係しますが、全ての悲しみの段階がこのアルバムでは言及されているんです。そのうち「Price of Blue」は怒りを表現している曲なのですが、私は自分自身の怒りを感じるのがすごく苦手で、怒りという感情は自分を急かしたり、恥ずかしい感情だと思ってしまうんです。でも、怒りは人間の感情のスペクトラムの重要な一部分であることも確かで、そこで最近では、自分の怒りと向き合い、受け入れて健康的な方法で経験する方法を学ぼうともしています。この曲のギターは、かなり生々しく不安な音にしようと意図していて、自分を受け入れようと焦るのではなく、その過程でいつか訪れるカタルシスの瞬間に身をまかせようとするイメージを反映しているものでもあるんです。

――そのギターという側面から少し話を広げると、本作にはギターでハンド・ハビッツのメグ・ダフィーが参加し、ボン・イヴェールにあなたとともに参加しているマット・マコーンをはじめ、ワイ・オークのアンディ・スタックやランドレディのアダム・シェッツもおり、シルヴァン・エッソのニック・サンボーンは共同プロデュースで参加しています。本作の制作にあたりこの一種の(小規模な)コレクティブはなぜ、どのような意図で集められたのでしょうか?

J:彼らは本当に才能があるし、とても良い友人たちだから、本当に本作を一緒に作り上げることができて幸運でした! でも、正直に言うと、これらの選択の多くはCOVID-19の影響によって生み出された現実的な状況によってもたらされたものなんです。彼らの多くがノースカロライナの私の自宅から数分のところに住んでいる、もしくは当時住んでいたんです。こんなミュージシャンたちを集められて、これ以上幸せなことはないと思っていて、彼らがこんなに私の近くに住んでいなかったら、このアルバムを無事に完成させられたかどうか分からないくらいです。

――本作をめぐる影響関係についても聞かせてください。ニール・ヤングやジョニ・ミッチェル、コクトー・ツインズの音楽があなたにとって大切な音楽であり、最近だとオルダス・ハーディングを聴いていらしたようですが、あなたにとって本作の制作にあたり大きな影響があった、もしくは直接的であれ間接的であれリファレンスとなった音楽や、本、映画などはあるのでしょうか? あるとすればそれはどのような形で本作に反映されているでしょうか?

J:このアルバムを作る前に、マギー・ネルソンの『Bluets』(2009年)をもう一度読み直したんです。とても美しい本で、心の痛みや喪失感をいつも助けてくれる本なんです。それから、クラリッセ・リスペクトルの本もいつも読んでいましたね。でも、明確に影響を与えたものっていうのは答えるのが難しいですね。曲を書くのは、意識的というよりは直感的なものだと思っていますから。

――ここでサウンドからテーマへと話を向けると、“本作は心を痛めることと、同時に誰かの心を痛めてしまうことについてのレコードであり、それは痛々しい真実を避けることとその二重性をも受け入れることである”ということですが、「Two」での自立と相互依存の間のバランス、そしてそれらが自身の中で複数的に存在することを認識するというテーマにも見て取れるように、本作には内面を掘り下げていった自身の姿と、その自分自身の一部にもなってしまっているような“他者”の姿が同時に刻まれていることが特徴的だと思います。そのような“二元性”ともまとめることができそうなテーマはどのようにして本作のテーマとなったのでしょうか?

J:思うに私たち人間は、深い、根本的なレベルで他者を必要としているのだと思います。そして人間は欠点があり、壊れやすい生き物でもあります。だから結果として、自分が傷付いたり他人を傷つけることなく生きていくのは不可能です。これは1対1のロマンティックな関係性においてもそうだと思ういますし、もっと大きな地球規模のスケールで見てもそうだと思います。例えば、気候変動は現実にあり、私たちは生活を変えていかなければならないし、社会のあらゆる側面に浸透している体系的な人種差別など、困難で不快な真実に立ち向かうことなしには、私たちが正しく前に進み、良い未来を迎えることはできないのです。だから、自分たち自身に対してどう責任を取るか、自分たちの選択や行動が他者にどんな影響を与えるのか考えることが、違和感から逃げて成長の道を閉ざすのではなく、違和感をより広い視野で、思いやりを持って乗り越える方法を学ぶ助けになるのだと思います。

――先の質問とも少し重なりますが、本作は一面的ではない様々な自身についての、他者についての感情が入れ代わり立ち代わりに現れ混在していることも特徴的だと思います。そのような本作に収められている感情や音楽を、リスナーに自分のものとして読み解いてもらうことについて肯定的に考えているというあなたのインタビューでの発言も目にしました。つまり本作にはすでに作品中に存在している多様な他者と、これからこの音楽が耳に届く数多の他者が複雑に織り込まれているのだと考えることもできそうです。この“他者”という存在はあなたにとっても、本作にとっても重要なテーマとして現れているように思えますが、それはなぜでしょうか?

J:端的にまとめるならば、真空状態では芸術は無意味だということなのだと思います。もちろん私は自分自身をより理解するためのフレームワークとして曲作りを利用しているけれど、そうしていく中で他者の内面や世界全体についても学んできたんです。私たちはそれぞれが人生そのものの縮図です。そこには決して自分自身や自分にとって必要なもの、自分の経験ばかりだけが存在しているわけではないですよね。私は、曲作りの過程で学んだことを利用して人間性に関するある種の真理を語りながら、他者に見られている、理解されていると感じることができるような手助けをしていると思っているんです。学び、理解、創造の過程で得た発見を他者に伝えたり、自分が学んだことを世界と共有したりしなければ、創作とはとても空虚で自己中心的なものになってしまうのだと思っています。

<了>


Flock of Dimes

Head of Roses

LABEL : Sub Pop / Big Nothing
RELEASE DATE : 2021.04.02


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Tower Records / HMV / Amazon / iTunes


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Text By Yasuyuki Ono

Photo By Graham Tolbert

Interpretation By Hiroko Aizawa

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