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映画『ファースト・カウ』
アメリカの原風景のなかで綴られる友情の物語

26 December 2023 | By Yasuo Murao

アメリカという国、そして、そこに暮らす人々を、静かな眼差しで描き続けてきたケリー・ライカート。現在のアメリカ映画界において最も重要な監督ともいわれている彼女が、近年話題作を次々と送り出している映画会社、《A24》と初めてタッグを組んだのが『ファースト・カウ』(2020年)だ。本作でライカートが物語の舞台に選んだのは、西部開拓時代の前夜、19世紀初頭のオレゴン。しかし、映画は現代から幕を開ける。

まず、スクリーンに映し出されるのは雄大な川。カメラは貨物船が進む様子をじっくりと捉えて、観客はライカート作品の特徴である緩やかな時間へと入っていく。そして、川岸で犬を連れて散歩していた女性が土の中に埋もれていた白骨を見つけると、物語は200年前へと時を遡る。そこに現れるのは森をさまよう一人の男。毛皮猟のハンター集団に料理人として雇われたクッキー(ジョン・マガロ)は、乱暴なハンター達に怒鳴りつけられながら食材を探していた。そんななかで出会ったのが、追っ手から身を隠して裸で震えている中国系移民のキング・ルー(オリオン・リー)。クッキーはルーを匿い、逃してやった。

『ファースト・カウ』 ©︎ 2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

それから数日後、ハンターたちからクビにされたクッキーは川沿いの交易所でルーと再会。ルーはクッキーの料理の腕に目をつけて、交易所でビスケットを売ってみようと提案する。辺境の地で甘いものは珍しく、あっという間にビスケットは完売。弱肉強食の西部で2人は成功する糸口を見つけた。そんな時、交易所に舟に乗って一頭の雌牛が運ばれてくる。それは交易所を取り仕切っている仲買商人が買ったもので、この町に初めてやってきた牛(ファースト・カウ)だった。牛乳があればドーナツが作れる、とクッキーが呟くのを聞いて、ルーは夜中にこっそり牛の乳を絞ることを思いつくが、それは危険な賭けだった。

牛は仲買商人にとって富の象徴。それを社会の底辺にいる2人が掠め取るという、ライカートが描き続けてきた「持たざる者」の物語が本作でも展開していく。かつて、ライカートは、本作と同じ時代の西部を舞台にした『ミークス・カットオフ』(2010年)を制作。女性の視線で辺境を旅する入植者たちの暮らしを描くことで、西部劇の男性的なロマティシズムを解体/再構築した。今回は「お菓子を売る男たち」という、西部劇でほとんど描かれることがなかった男社会の周辺にいる者たちを主人公にすることで、アメリカの社会や歴史を捉え直す。そこでテーマになっているのが友情で、映画の冒頭にはウィリアム・ブレイクのこんな言葉が引用されている。
 「鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情」
シャイなクッキーと頭が切れるルー。2人は性格は違うが優しさで繋がっている。ライカートは抑えた温度感で2人の関係を描き、友情を高らかに謳いあげたりはしない。それは西部劇が好むマッチョな男の絆とは違って、弱者が助け合う切実な関係だ。マガロとリーの息があった共演も素晴らしい。獰猛なハンター達や狡猾な仲買商人に比べると小動物のような2人。クッキーが登場した時、葉っぱの上でひっくり返っている小さなトカゲを、そっとうつ伏せに戻してやる。そういった仕草を通じて、ライカートは彼らの優しさを伝えると同時に、彼らもまたトカゲのように弱い存在であることを描いている。クッキーとルーの繊細な関係性は、温泉を探して山歩きをする2人の男を描いたライカートの2006年作『オールド・ジョイ』を思わせるところもある。そこで象徴的な役割を果たすのが、森のはずれにあるクッキーとルーが暮らす粗末な小屋だ。

クッキーはルーが暮らす小屋に招かれて一緒に暮らし始める。初めて小屋を訪れたクッキーが、ルーが薪を割っている間に、頼まれもしないのにホウキで床を掃き始めるのが微笑ましい。2人のパートナーシップが生まれたことを伝える細やかな描写だ。今回、ライカートは溝口健二やサタジッド・レイの映画を見直して「小屋のある風景」を構想したという。鳥の巣や蜘蛛の網のように、2人の小屋は友情の象徴。本作のスクリーンのアスペクト比は4:3で正方形に近く、ワイド画面で風景の広がりを見せようとする西部劇とは対照的に、世界を小さな窓で切り取ることで映画に親密さと内省的な雰囲気を生み出している。

また本作では、生命力溢れる森の自然も重要なキャラクターとして存在感を放っている。スクリーンに広がるのはアメリカの原風景。長年、ライカート作品を手掛けてきた撮影監督、クリストファー・ブローヴェルトの澄んだ空気が感じられるような撮影が見事だが、その映像に生命を吹き込んでいるのが、鳥や虫の声、葉のざわめきなどの音響だ。ライカートは常にサウンドデザインにも細やかに気を配ってきた。そして、そこに加わるのがウィリアム・タイラーによるサウンドトラックだ。シルヴァー・ジューズやラムチョップのメンバーとして活動後、ソロ活動に転じたタイラーは、アメリカーナな音楽性とオルタナティヴなモダンさを併せ持つギタリストとして注目を集めてきたが、サントラを手掛けるのは本作が初めて。ライカートの作品が好きだったタイラーは、天にも昇る気持ちでサントラの制作に情熱を注いだ。

『ファースト・カウ』 ©︎ 2019 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ファースト・カウ』には、中国系移民、イギリス人、ネイティヴ・アメリカンなど様々な人種が登場。19世紀からアメリカが人種のるつぼだったことを描いているが、ライカートは様々な国のルーツ・ミュージックに聞こえるような音楽にして欲しいとタイラーに依頼。タイラーは編集がほぼ終わったフィルムを見てイメージを膨らませ、ギター、バンジョー、ダルシマー、ハープなど様々な楽器を使用してレコーディングをした。タイラーは曲作りの際、インド音楽など非西洋音楽を取りれたフォーク・ミュージシャン、サンディ・ブルの曲をヒントにしたそうだが、そこで重要だったのはサウンドデザインと馴染む余白を持った音楽であること。その音楽からはクッキーやルーの無垢さが感じられる。これまでライカートは、ヨ・ラ・テンゴやボビー・プリンス・ビリーなど様々なアーティストをサントラに起用してきたが、本作でも彼女の音楽へのこだわりが作品に奥行きを与えている。

暴力が吹き荒れる西部の辺境で生きていくため、そして、アメリカンドリームを夢を見るために寄り添ったクッキーとルー。その「寄り添う」という関係性が、映画のラストに美しいイメージで映像化される。その時、2人に向けられた視線の優しさ、そして、哀しさに胸を打たれた。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『ファースト・カウ』

12月22日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開

監督・脚本: ケリー・ライカート
脚本: ジョナサン・レイモンド
出演: ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズ
2019年/アメリカ/英語/122分/スタンダード/カラー/ 5.1ch/原題:First Cow/日本語字幕:中沢志乃
配給: 東京テアトル、ロングライド
公式サイト
firstcow.jp



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