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ケルシー・ルー来日公演決定!
環境に寄り添うサウンドと歌の可能性を探求するチェリスト/シンガー

07 May 2019 | By Koki Kato

ケルシー・ルーの来日公演が5月29日(水)に渋谷『WWWX』で行われることが決定した。ソランジュ、ブラッド・オレンジやOPNなどの作品にも参加してきた彼女のソロ・デビュー・アルバムとなる『Blood』が4月にリリースされたばかり、絶好のタイミングでの来日だ。

チェロを携え歌うスタイル、そして自然環境からインスピレーションを受けている彼女の音楽は私たちに興味深く感じさせてくれる。また近年、一層人口が増加し地価が高騰するニューヨークに住んだ後ロサンゼルスへ移住、現在はロサンゼルスの郊外に住む彼女は人口の密集した中心部と距離を取りながら、けれど上述したミュージシャンとの交流や共演も行う活動に独特のバランス感覚があるようにも感じる。

ノースカロライナ出身のケルシー・ルーは18歳のときに地元の芸術学校に入学するも1年で退学し飲食店でのアルバイトを始めたという。そこで出会ったヒップホップグループ、ナッピー・ルーツとの交流が彼女の音楽キャリアのスタート。ライブではコーラス/ボーカルとして参加し、彼女をフィーチャリングした楽曲「Waiting」も制作された。ブレイクビーツに重なる彼女のソウルフルな歌声はローリン・ヒルを彷彿とさせ、またタイトなビートに伸びやかなチェロが重なる実験的なサウンドは、様々なアーティストと共作した『Blood』の原体験にもなっているかもしれない。ナッピー・ルーツとの出会いから楽曲制作を始めたことは、彼女自身のインタビューからも重要な体験として位置づけられていることが分かる。

その後、ニューヨークに移住するも収入がなかなか得られず楽曲制作もiPhoneのガレージバンドで行っていた彼女の転機は、リーバイスのファッションモデルの仕事だったという。ファッションから受けるインスピレーションも彼女の中で重要な要素となっているというから、今回の来日公演でも彼女のファッションには要注目だ。ファッション界隈からも熱視線を受ける彼女、実は昨年の10月11日に表参道のジル・サンダーのローンチ・イベントに出演していた。

よって、今回の単独公演は改めて音楽家としての彼女にフォーカスできるチャンスだ。音楽活動はナッピー・ルーツとの交流をきっかけに持ち、ファッションとも接続するケルシー・ルーだが、彼女自身の音楽に作品に注目し、ファーストEP「Church」(2016年)と先日発売されたデビュー・アルバム『Blood』を聴くと、彼女の音楽に宿る環境/スピリチュアルな意識が段々と変化をしていく様子が分かる。

『Church』は、自らの声とチェロというシンプルなサウンドと、そのミニマルな編成ゆえにできた空間をうまく利用しながら、チェロと歌の旋律を丁寧に重ねていくバランスが見事だ。ニューヨークやロサンゼルスの中心部のようなぎっしりと埋め尽くされた都会の喧騒とは異なる、現在彼女自身がロサンゼルスの郊外で自然に囲まれて過ごすように、まるで自然環境に存在する余白を表現しているようでもある。彼女が自らの手によって自然界の環境音を人工的に再現している、とも言えるかもしれない。それは例えばニコラス・ブリテルが映画『ムーンライト』のサウンドトラックでピアノのアルペジオとヴァイオリンの長く響くシンプルなサウンドによって、舞台となったマイアミ/リバティー・シティのぽっかりと空いたその地の衰退を再現したことにも近いかもしれない。そこには、環境に潜む空白の「再現」があるのだ。

けれど、先日リリースされた『Blood』は前作とは少し装いの異なる作品だ。歌の存在感は一層強くなり、様々な楽器が交差する中、チェロや環境(音)のような前作を引き継ぐサウンドはアクセントのように配置している。彼女特有のそのバランス感覚に驚かされるのだ。スクリレックスがプロデュースした「Due West」でシンセや打ち込みのドラミングなどエレクトロニクスの中でソウルフルに歌い上げたと思えば、ジェイミーXXがプロデュースした「Foreign Car」では力強いストリングスのサウンドと暗く低いベースをバックにラップのようにリリックを反復するなど、彼女の歌唱は取り囲むサウンドに応じて変化している。一方で、前作のような質感はケルシー・ルーが愛聴するララージの影響を感じる「KINDRED I」「KINDRED II」に特徴的だ。環境音やアンビエントといった彼の作品を彷彿とさせるこれらのインタールードは、鳥のさえずりやぼんやりと響く彼女の歌声によってアルバム全体の中に空白を生み出している。ララージもインタールードにI、IIと数字を振っているようにそういう部分にもリスペクトはあったのだろう。そして、エイドリアン・ヤングがプロデュースした表題曲「Blood」のイノセンスが、本アルバムの終着点として相応しい歌唱になっている。ピアノのサウンドはトレモロによってゆらゆらと、ヴァイオリンとハープのオーケストレーションが季節の移り変わりを表すようにドラマチックに展開する中、澄み切った彼女の歌声はどの楽曲とも異なるし、唯一無二の純真さによってアルバムを締めくくるのだ。

そして出色は、10ccの「I’m Not in Love」のカバーだ。原曲でも印象的な声の多重録音(原曲は624人分のコーラスを重ねている)は非常に印象的だが、彼女は原曲と遜色ない多重録音を「再現」している。上述のように本アルバムは彼女自身が様々な歌唱によって声/歌の可能性を探求しているとするならば、多重録音は一つの挑戦であるし、原曲に劣らない素晴らしいこのコーラスワークは象徴的だ。そして原曲と異なるバスドラムのキックは、まるで心拍数のようにリズムを刻み、声という肉体的な表現に囲まれることと相まって人間の生命力を表現するかのようでもある。まるで自然が次々とその表情を変えるように、歌を中心としながら一定の歌唱スタイルや楽器に固執せず音楽を奏でることを目指したのが『Blood』だったのかもしれない。

前作、今作とこれまでにリリースされた楽曲がライブでどう演奏されるか、今回の来日公演でどのように表現されるか期待がふくらむ。また、アルバムには未収録だが4カ月前にサンファをフィーチャリングしたジョニ・ミッチェルの「River」のカバーが彼女の《SoundCloud》にアップされた。来日公演では、この素晴らしいカバーも聴くことができるだろうか。今一度、リリースされたばかりのアルバムと合わせて聴き、初公演を心待ちにしたい。(加藤孔紀)

■Kelsey Lu Official Site
http://www.kelsey.lu/

■ケルシー・ルー 初来日公演
https://www-shibuya.jp/schedule/011042.php

Text By Koki Kato

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