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「同じコード進行であれだけの違う曲を書けるのはすごい!」
トリビュート・アルバムを発表したビルト・トゥ・スピルのダグ・マーシュ、
“同志”ダニエル・ジョンストンを語る

19 August 2020 | By Shino Okamura

正直なところ、ダニエル・ジョンストンがもうこの世にいないということがまだ信じられないでいる。ある時突然動画サイトか何かに現れて、「ほら、コロナだったからさあ、ずっと家にこもってたんだよ」とか言って、あのでっかい体をよっこらしょっとばかりに起こしては、ギターを手にしていつものあの調子でふにゃふにゃと歌を聴かせてくれるんじゃないか。今もそんなことが起こるような気がして、私は今もふとぼんやり彼の作品に手を伸ばしてみるのだ。

ダニエルの死からまもなく1年になる。2019年9月10日。享年58。元マネージャーのジェフ・タルタコフが明かしたところによると、死因は心臓発作。しかし、2005年に制作されたドキュメント映画『悪魔とダニエル・ジョンストン』でも赤裸々に明かされていたように、長年に渡りメンタルヘルス面で葛藤しており、晩年は床に伏せっていたという。復活の日を夢見て、ベッドの上で大好きなビートルズを聴いたり、大好きなキャプテン・アメリカやキャスパーのイラストを描いていたのかもしれない……そんな想像をするとひたすら胸が詰まるが、悲哀とユーモアに溢れた、でもどうしようもなくおおらかな彼のポップ・ソングを聴くと、これがなぜか一気に元気になったり、無性に大声で歌いたくなったりするのも事実で……もしかすると、「この人」もそういう気持ちでダニエルの曲に向かい、このアルバムを完成させたのかもしれない……と思ったりする。

ダグ・マーシュ率いるビルト・トゥ・スピルがダニエル・ジョンストンの曲を丸ごととりあげたカヴァー・アルバム『Built To Spill Plays The Songs Of Daniel Johnston』。本国では既に6月に発表され、日本でもこのほどリリースされたこの作品が伝えてくれるのは、ダニエルの音楽の裏の裏をかくようなアングルではなく、あくまで正面からグッド・ソングとして向き合う素直な姿勢だ。ビルト・トゥ・スピルは、Treepeopleのギタリスト/ヴォーカリストだったダグ・マーシュ(1969年生まれ)を中心に1992年にアイダホ州ボイシで結成された、本国を中心に根強い人気を誇るバンド。97年にメジャー・デビュー作となる『Perfect From Now On』をリリースしてから2017年まで長きに渡りワーナーから作品を出し続け、オルタナ時代から息長く活動するロック・バンドとして幅広い支持を獲得している。現在2015年の『Untethered Moon』に続くニュー・アルバムの制作にも入っているという彼らは、活動開始こそダニエルの方が早かったものの、同じ90年代〜2000年代をオルタナティヴなエネルギーを推進力にして共闘してきた言わば同志と言っていい。とりわけ、ダグ・マーシュがキャルヴィン・ジョンソンらと組み、《K Records》から作品を出していたユニット=ハロ・ベンダースなどはダニエルの作品と共振するところが少なくなかった。

そんなビルト・トゥ・スピルのダグ・マーシュにダニエルの曲をとりあげた『Built To Spill Plays The Songs Of Daniel Johnston』についての話を訊いた。2017年にビルト・トゥ・スピルとしてダニエルのバック・バンドをつとめていくつかのショーを行ったダグだが、意外にも想像していたほどにはベタベタしていない関係だったようで、もしかするとそんな心地よい距離感があったからこそ、あくまで優れたポップ・ソングとして向き合えたのかもしれない。
(インタビュー・文/岡村詩野)

Interview with Doug Martsch

――ダニエルが亡くなったのが去年9月10日。 ダニエルは長く病床に伏せっていましたそうですが、そういう状況をあなたはご存知でしたか? 生前にそんなダニエルに会ったりやりとりをしたり、お見舞いしたりするようなことはあったのでしょうか?

Doug Martsch(以下、D):ああ、もちろん、ダニエルの死には驚いたし悲しかったよ。でも、そもそもそんな状況だとは知らなかったんだ。

――そうだったのですか。てっきり親しくされていると思っていました。そもそも最初にあなたがダニエルの作品を聴いたのはいつのことでした?

D:もちろんいくつかの曲を聴いたことはあったけど、初めて彼のレコードを買ったのはたぶん1990年だったと思う。僕は19歳だったよ。彼の曲はそのころ僕が聴いていたどの曲とも違っていたから驚いたけど、でもすぐに大好きになった。けれど、その後なかなか生で観るチャンスがなくて……彼のパフォーマンスを最初に観たのは2012年ごろだったかな、《SXSW》で観たんだ。

――ダニエルはビートルズが大好きで自分もビートルズみたいになりたいんだ、ビートルズのような曲を書きたいんだと話してくれたことがありますよ。

D:ああ、そうだよね。たぶん、彼がビートルズとチャネリングする方法……それがソングライティングだったんじゃないかな。僕も、そういうダニエルの作品には影響を受けているというよりインスピレーションを得ているって感じなんだ。

――彼の弾くオルガンもギターも特有のタイム感ですよね。彼自身のリズムや速度がそのまま演奏になるような自由さと広がりがある。

D:ああ、その通り。僕は彼の演奏が大好きでね。シンプルだけど強い確信があるよね。あと歌詞もそう。彼は素晴らしい想像力を持っている。それを自分の作品によってうまく伝えることが出来たってことじゃないかな。でも、それって彼だけの世界の話じゃなくて、彼の頭の中で描かれている世界から、聴いているそれぞれのリスナーが自分自身の在り方を見つけることができるんだと思うよ。ただ、一方で彼はイラストでよくキャプテン・アメリカやキャスパーといったアメリカン・ヒーローをモチーフに描いてるよね。彼がそういうヒーローへの憧れを作品に描いていた理由は本当にわからないなあ。多分うまく描けたからそれにこだわったんじゃないかな。

6月13日にダグ・マーシュがダニエル・ジョンストンの曲を歌ったインスタライヴの模様

――さて、あなたはまず2017年にビルト・トゥ・スピルとしてダニエルのバックをつとめてライヴをやっています。そもそも、ダニエルのバックをつとめることになったのはどういうきっかけだったのですか?

D:そう、僕らは2017年にボイシ、ポートランド、シアトル、バンクーバーと4か所でダニエルと一緒に演奏したんだ。ただ、僕たちはそれまでダニエルに会ったこともなくってね。ましてやダニエルが僕らの音楽を知っているとも思ってなかったんだけど、彼のエージェントが彼のバックバンドをしないかって連絡してきたんだ。僕たちはみんな彼の大ファンだったから感激したよ!

――では、その時の邂逅からどのようにこのカヴァー・アルバムの制作に入っていったのでしょうか? ダニエルの死がきっかけになったのでしょうか?

D:いや、実のところこのアルバムは2017年の夏、僕らが彼に会う2、3か月前、ダニエルのバックをつとめることが決まって、彼の曲を練習しているときに思いついたんだ。練習中、まず僕がダニエルの歌を歌っていた。そうしたらそれを聞いてた友達の一人がその曲の僕らのヴァージョンを録音するのっていいんじゃないかなって提案してきてね。それはグッドアイデアだな!って思って、その気になってさらに練習してみたんだけど、正直言って、どうもうまくいかなくて、結局レコーディングもできなかったんだ。で、その後ダニエルと一緒にライヴで演奏をしたけど、それからは彼の曲は二度と演奏しなかったよ。

ところが、そこから1年後の2018年の8月、ツアーの合間に2、3日の休みがとれたんで僕らのサポートをしてくれてるジム・ロスが持ってるシアトルのスタジオにビルト・トゥ・スピルの新しいデモを録音しに行ったんだ。でも、なかなか新曲をやる気分になれなくてね。その代わりにダニエルの曲をもう一回やってみようかってことになって合わせてみたら思いの外うまくいったんだ。こりゃこのままダニエルの曲を録音するほうが楽しいんじゃないかってことになって、それで何曲かもう一回練習して、2日ほどで録音してみたってわけ。でも、最初はリリースを視野に入れてなかったんだ。あくまで僕たち自身と友達のために録音しようかって感じでね。でも、いざやってみたらかなりいい出来だしリリースしようってことになった。

――気楽にやってみたのが却ってよかったということですね。

D:そうなんだ。実際、リハーサルやデモのように仕上げたかったので制作は最小限に抑えたよ。だから、そのまま作業は継続したんだけど、いったん中断して9月にまたシアトルに戻ってヴォーカルとギターを仕上げて、12月に数日かけて発売できるレベルまでミックスしたというわけ。

 

――選曲はダニエルの80年代前半の初期作品から2009年の作品まで幅広くピックアップされています。チョイスのポイントはありましたか?

D:ダニエルのバックバンドとしての契約をしたときに、彼の事務所から彼が演奏できる、あるいはしたいと思っている曲のリストが送られてきたんだ。たぶん150曲ぐらいあったかな。でも、僕らはそのほとんど聞いたことがなかったから2、3週間かけてプレイリストを作って、「ビルト・トゥ・スピルのためのダニエル・ジョンストンの30曲」を選べるまで全部を聴き込んだんだ。だから、あくまでライヴをやることを前提にした選曲になっている。僕としては出来るだけライヴをロックにしたかったからアップビートの曲を選んだつもりだよ。ただ……僕の大好きな何曲かはダニエルが全然歌いたくないっていう事でレパートリーからは外されたんだ(笑)。

――ズバリ、ダニエルの曲を演奏、自ら歌ってみて、どういうところに新たな発見があったと言えますか?

D:同じコード進行であれだけの違う曲を書けるのはすごい!ってことに尽きるよ!(笑) ただ、彼も僕らもほぼ同じ時代に活動をしていたわけだけど、やりたいことを自分たちで決めることができて、何をするべきか誰かに指図されることなく活動をしてこれたのは本当に幸運だったと思うね。これはダニエルもそうだったんじゃないかな。

――ダニエルとあなたの個人的な交流のエピソードはありますか?

D:実はね、僕とダニエルの唯一の交流はバックバンドをした時のショーの直前に楽屋での数分間だけなんだ。僕たちは最初のショーのサウンドチェックの時に初めて会ったんだけど、そのあとはそのツアー中も別々に移動して、別のところに泊まった。だから僕らはお互いに良くは知らないんだ。だけどとてもいい人だったよ(笑)。ダニエルの曲で一番好きなのは、アルバムでもとりあげた「Heart mind and Soul」かな。

<了>


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Built To Spill

Plays The Songs Of Daniel Johnston

LABEL : Ernest Jenning / Ca Va? Records / Hayabusa Landings
RELEASE DATE : 2020.08.19(日本盤)


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Text By Shino Okamura

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