生きたいように生きろ! 言いたいことを言え!
Boygenius『the record』
クロス・レヴュー
少年になりたかった/であるべき/であろうとする、彼女たちのハーモニー
ボーイジーニアスという名前は「男の子はみんな天才」、つまり、彼女たちがソングライターとして活動する中で散々聞かされてきた「男性がやることはなんでも優れているのだからそれに従うべきだ」という言い草を揶揄する意味でつけたらしいが、インタヴューなんかで大笑いしながらバカ話をする3人を目にするとまた別の印象も思い浮かんだ。なんというか、「最高の天才クソガキたち」という感じ。(既成イメージの)女性のグループ、というよりも、少年トリオのようと言うべきか、怖いもの知らずなムードが “クソ最高” なのだ。
冒頭2曲目から4曲目は、ジュリアン、フィービー、ルーシーがそれぞれメイン・ソングライター/ヴォーカルを取るナンバーだが、声を聞かずとも最初の数小節で誰が書いたものかすぐに見当がつく。ハードコア~エモ直球サウンドにストレートな感情が炸裂するジュリアン、カントリー~フォーク風の子守唄のようなメロディに澄んだメランコリーを託すフィービー、サッドコア・テイストのニュアンスに富んだベッドルーム・ロックで聴き手を包むルーシー。書き手の顔が浮かぶ曲は他にも多く、全員それほど個性が際立つ作り手であるのを確認できる。それだけに楽曲のテイスト自体はバラバラ。だが、だからこそ、まるで放課後にグループの誰かの部屋に集まって互いのお気に入りのCDを交換しあうかのような、純粋で楽しげなムードが今作には充満している。
とはいえ、エゴがぶつかる様子はまるでない。スーパーバンドが陥りがちな単調な歌い継ぎを周到に避け、ヴォーカルを引き立てるように残りの2人のコーラスが効果的に配置されているのが秀逸だ。そして特筆すべきは、ハーモニーの美麗さ。各自が優れた声の持ち主だというだけでなく、「Without You Without Them」はじめ各曲のハーモニーにはカントリーやウェスト・コースト、そしてキングストン・トリオ、フォー・シーズンズといったオールディーズのコーラスのオマージュ的なクラシカルな手触りが感じられるのも面白い。また、その名も「Leonard Cohen」というナンバーでは“私は実存的危機に直面し、仏教の修道院で官能的なポエムを詠んでるオヤジなんかじゃない/でも共感はできる”と、“おっさんくささ” を丁寧に拒否しつつ、若い女性たちも当然その感覚が共有できる、と雄弁に語る。共同プロデューサーにキャサリン・マークス、ベースにメリーナ・ドゥテルテ、ドラムにカーラ・アザール……とバックも女性陣でかため、古臭いイメージのこびり付いたそれらを彼女たちの“有能さ”をとりわけ際立たせるファクターとして転用するのはなんとも痛快だ。
「女の子は男の子のことばかり歌う」という“期待”に反して、「We’re in Love」というタイトルで深い友愛と絆を歌うナンバーもいい。3人ともクィアを公言していて、母やら妻やらといったカテゴリーで女性を一括りにするまなざしに閉口しているという自認もあるいは作用しているのかもしれないが、少なくとも全員、まなざされる性としてあるべき姿との葛藤の中で音楽に触れてきた少女時代を送ってきたことは想像にかたくない。だから、今作への「何にも縛られる必要のない少年のよう」という先ほどの筆者の指摘はバンド名の由来の裏返しであるとともに、その自由さは彼女たちが少女だった頃に(あるいは今も)自ら押し殺し、そして強烈に憧れていたものなのかもしれない。当然ボーイ・フッドにはホモソーシャルな価値観に転じる危うさもある。そうした面は明確に否定しつつも、好きなものを好きと言いあえる自由への憧れを、彼女たち3人はこのレコードで互いに許し合い、実践しているのだ。
キラー・チューン「Not Strong Enough」は、ヴォーカルが変わるたびガラリと景色が変わる鮮やかさに圧倒されつつも、やはり目的地は同じ、といった具合に、3人の独立した個性と一体感が共存した疑いようのない名曲。リリックでは自信と自己嫌悪の間で悩みながらも爽快に疾走していくこの3人ならどこまでも自由に行けるだろう。その無敵感に、ジャケットよろしく、ガッツポーズを掲げたい。(井草七海)
スタンダードになるための“記録”
3人の手が空に向かって伸びているジャケット写真。これが、ジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダッカスのそれぞれの手であることは想像に難くないわけだが、重要なのは、どの手にも共通したタトゥーがある、ということだ。写真左の手は彫り物の多さから推察するにジュリアン、中央と右はどちらがフィービーでどちらがルーシーかを判別するのは難しいが、いずれにせよ、3本の手首にはよく見ると同じ“歯”のタトゥーがハッキリと見える。フィービーのインスタグラムでこの同じタトゥーのことがポストされたのは2019年4月のこと(その時の写真ではまだジュリアンの手の甲にこのジャケットのような花のタトゥーはない)。このお揃いの“歯”が何を意味しているのかは明かされていないが、ある種の“契り”……というより、結束の象徴であることは誰の目にも明らかだ。なぜなら、その“歯”のタトゥーには3本の“根”が描かれており、その根の部分が、このジャケットの手さながらに上に向かっているから。3人は別々ではなく、同じ一つの歯の根となっていることをさりげなく表明しているのである。
ボーイジーニアスが《Matador》から最初のEP『Boygenius』をリリースしたのは2018年10月。そこからこのファースト・アルバムまでは約4年半ほど間が空き、その間にコロナの横槍も入ったが、その“歯”のごとく見えないところで根はしっかりと下ろされていたようだ。しかも、メジャーの《Interscope》に移籍しての発売である。とはいえ、全曲オリジナルで名義上は3人の共作ながら、それぞれメイン・ヴォーカルをとったり持ち回りとなったりと柔軟。楽曲もサイモン&ガーファンクルの「Boxer」そっくりの「Cool About It」のようなオーセンティックなフォークもあれば、オルタナ〜ローファイ調の「Anti-Curse」のような曲もあったりとかなりラフに曲を作り集めた印象で、LAの街や遊園地、山、海などを3人で遊びまわる様子を自ら撮影した「Not Strong Enough」のMVの雰囲気そのままにリラックスした気の置けないムードが反映されている。それでいて曲はどれも奇跡的なまでに良くて、ハーモニーは完璧だし、3人の声の個性がちゃんと曲の中で生かされているのもいい。3人の良い部分ばかりが自然と曲の中に集結したような1枚だ。
一方で歌詞は畏怖や不安を歌ったもの、宗教や神話に対して皮肉めいたものが多い。特筆すべきはタイトルもズバリ「Leonard Cohen」。実際にレナード・コーエンの「Anthem」の歌詞の一部(“There’s a crack in everything, that’s how the light gets in”──何事にもヒビが入り、そうして光が差し込む)を引用し、“レナード・コーエンはそう言うけれど……”とリスペクトを見せつつも、すぐさま“私は仏教の僧院でエッチな詩を書いている”と自嘲する。熱心な禅仏教徒だったコーエンのリリックを通じて宗教批判するかのような表現は実に興味深い。ソロモン王と72柱の悪魔を皮肉ったような「Satanist」(悪魔主義者)も風刺が効いている。宗教心へのアイロニーがところどころ散見されるのは本作の歌詞における特徴の一つだろう。
確かに女性同士の連帯を象徴する作品だ。黒いスーツに身を包んだ今年の《Coachella 2023》の彼女たちのステージが「Without You Without Them」のアカペラで始まった時は、ジェンダーフリーを自認するこの3人が時代のトップランナーになっている爽快感に心が震えた。性的マイノリティを非難するフロリダ州の知事で共和党の次期大統領候補者の一人でもあるデサンティス議員に対してステージ上で「F××k」と叫んだ瞬間も痛快だった。称賛されることに陶酔する自信過剰な男性のことを揶揄したこのBoygeniusというネーミングからして、男性ヒーロー崇拝を最初から覆す気満々だったのだろう。80年代には、時の人気女性シンガー・ソングライターの3人=ドリー・パートン、リンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリスが『Trio』(1987年)というアルバムを発表し大ヒットとなったが、あの頃とは時代の空気もミュージシャンの意識も大きく変わった。
けれど、だからといって決してメッセージ主体の大義名分にぶら下がっている作品ではない。こう言ってはなんだが、結構好き放題に音を鳴らし、好き放題に言いたいことを言っている、そんなあけすけな面白さのあるアルバムだ。本作に付けられたタイトルはただ“the record”。そう、記録である。長いポピュラー音楽の歴史の中に、こういう作品が一つ作られた、という記録を彼女たちは残したに過ぎない。突出した主張が取り沙汰されるのではなく、こうした姿勢の作品はあくまでスタンダードであるべき。本作からはそんなニヒルさも伝わってくるのである。(岡村詩野)
微笑ましくも憧れるスーパーグループ
ベイカー、ブリジャーズ、ダッカス、それぞれがリード・ヴォーカルを巧みにこなす『the record』が素晴らしいのは、繊細なヴォーカルを刺激し高め合う練熟したバンド・メンバーの存在も見逃せない。つい先日ライヴ配信された《Coachella 2023》ではギターをティアナ・オハラ、ベースをJay Somことメリーナ・ドゥテルテ(『the record』でもベースを担当)、ドラムをマッデン・クラス(『the record』はAutoluxのカーラ・アザールが担当)、キーボードをサラ・ゴールドストーンとアメリカの女性ミュージシャンが名を連ねる。
とりわけリズム隊のダイナミックで鋭敏な演奏は「Satanist」、「Anti-Curse」などベイカーの好むハードロックやヘヴィなギターリフと相性がいいようだ。ほかにも「True Blue」の深いリヴァーブの効いたシンセは、ダッカスの静かなヴォーカルと見事にマッチしており、辺りを穏やかに包み込む。本作は互いの個性を尊重しながら着想や音作りを重ねたのであろう。一音一音に味わい深い魅力が込められている。そして本作のハイライトである「Not Strong Enough」の“Always an angel, never a god.──いつだって天使、神にはなれない──”。この一節は3人の本心に違いない。強い自信がある一方で、不安や恐怖がすぐ襲いかかるのも事実。デリケートな感情を爆発させるフレーズは、バンドが一体となり聴き手の感情を揺さぶる。ブリジャーズがこの箇所のドラムのアイデアを提案したというエピソードも、合致した活動を窺わせる。ところで筆者はこの一節をサッド・ガールの表現だとは思わない。むしろ最高の自己讃歌で、愛する人たちをそのまま肯定するメッセージに思わないだろうか。
全員が黒のスーツの正装でギターをかき鳴らし歌を唄う……《Coachella 2023》でのボーイジーニアスのライヴは胸が空くような想いだった。心の底からかっこいいと感じた。同時に、意識せずとも自分は女性で女性という規範を歩むよう言われてきた一人で、少なからず背負ってきた違和感を認識して観ていた。トランスでなくてもマイノリティであろうとも、女性として扱われる世を生きる中で避けては通れない苦しみや葛藤を投影したのだ。“トランスの命は大事、トランスの子供も大事、私たちは戦って勝つんだ、そして中絶はロックだ、ロン・デサンティスはクソだ”と発言したり思いっきりシャウトしたり、恍惚とハーモニーを重ねた後ステージ上でふざけあう姿。微笑ましくもあり憧れてしまうバンドである。そしてこんなにクールな佇まいのスーパーグループは、ボーイジニアスに他ならないとも思う。(吉澤奈々)
Photo by Shervin Lainez
Text By Nana YoshizawaShino OkamuraNami Igusa
Boygenius
『the record』
LABEL : Interscope
RELEASE DATE : 2023.3.31
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