血まみれのポップが提示する「変化を受け入れること」
6月にリリースされた先行シングル「LET THE VIRGIN DRIVE」を聴いてぶっ飛んだ方は少なくないだろう。山下達郎「Your Eyes」(1982年)のヴォーカルにオートチューンがかけられ、ほぼ全編にわたって使用されていたからだ。スピリット・オブ・ザ・ビーハイヴはかねてから自らのスタイルを“コラージュ・ロック”と呼び、サンプリングとバンドのアンサンブルを組み合わせてきたが、ここでもおおよそシティポップの文脈から外れた引用により、なんとも居心地の悪いムードを醸し出すことに成功している。
前作『ENTERTAINMENT, DEATH』(2021年)から今作に至るまでは、バンドにとって絶え間ない変化の期間だった。2022年の夏にギター/ヴォーカルのザック・シュワルツとベースのリヴカ・ラヴェードは10年以上続いた関係を終わらせた。しばらくの準備期間ののち、バンドは自身のスタジオを構え、EP『i’m so lucky』を2023年9月にリリース。ここには以前発表したラヴソング「NATURAL DEVOTION」(2015年)の続編として、ふたりの関係の終わりを直接的に歌詞にした「natural devotion 2」も収められている。
とりわけコロナ禍以降、バンドメンバーがリモートで制作を行うことは珍しいことではなくなったが、彼らも例外ではなく、新作はリスボン(ポルトガル)に居を移したラヴェードと、地元フィラデルフィアで制作を行うシュワルツそしてマルチ・インストゥルメンタリストのコーリー・ウィクリンとの間で制作が行われ、プロデュース、録音、エンジニアリング、ミックスをバンド自身で行っている。ブルータルなギターのノイズやエクストリームなシフトチェンジは控えめになり、そのかわりに、ポップすぎる違和感と言ったらいいだろうか、どうしてしまったんだというくらい吹っ切れたメロディ・メイキングのセンスが突出している。
バンドの力学が変わったことは、今作全体にポジティヴな影響を与えているようだ。その変化を最も象徴するのが、アルバムの6曲目、レコードでいうとA面の最後に配置された「FOUND A BODY」だ。これまではシュワルツが用意した楽曲にアイディアを加える立場だったラヴェードが初めてバンドに持ち込んだ楽曲だという。シャーデー「Love Is Stronger Than Pride」(1988年)のブリージンなシンセサイザーのスタブと、プライマル・スクリームの「Higher Than The Sun」(1991年)のブレイクをパッチワークしたようなプロダクションにめまいがするが、過去に囚われることなく前に進むためにはどうしたらいのか、そうした切実なテーマがファンタジックでドリーミーな世界のなかで歌われる。
このアルバムはフロントマンをサポートする存在だった女性が自立し、自身の声を発表するまでのドキュメント、と形容しても大げさではないと思う。そして、スピリット・オブ・ザ・ビーハイヴには一貫してリヴカによるペインティングが用いられたジャケットが、アルバムの世界を構築するために必要な要素だったことも忘れてはならない。『ENTERTAINMENT, DEATH』のそれが1988年にフロリダの遊園地で撮られた彼女の母親の写真をモチーフにしているのと同じく、今作の血まみれのナイフが突き刺さった油絵は、頭にこびりついて離れない記憶や日常のなかにある異次元への裂け目のようなものであり、彼女の心理がダイレクトに反映されている、と言っていいだろう。
しかし、別れをテーマにしたアルバムなのに、こんなに晴れ晴れとした、まんざらでもない気分になるなんて。このムードを異様とか悪夢と片付けてしまっていいはずがない。変化を受け入れること。妥協を繰り返し、現実を受け入れることの連続で日々は続いているものなのだから。(駒井憲嗣)