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Cigarettes After Sex: X’s

2024 / Partisan / BIG NOTHING / Ultra-Vybe
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人知れずCigarettes After Sexが強化されている

10 September 2024 | By Shoya Takahashi

シガレッツ・アフター・セックスは、幻のギターポップ時代のデモ『Romans 13:9』(2011年)や、リリースのち当分は日の目を見なかった傑作EP『I.』(2012年)、YouTube経由で発見され急上昇した人気に応える形で放った冗長ながらも粒揃いなデビュー作『Cigarettes After Sex』(2017年)、典型的なセカンドアルバムシンドロームとなった2枚目にして初の駄作『Cry』(2019年、駄作を作れる作家は偉大である)、その後いくつかのシングルとレディオヘッドのカヴァー「Motion Picture Soundtrack」を経て、約5年ぶりとなる待望のサード・アルバム『X’s』をリリースした。

前作『Cry』の不発もあり、音楽ファンも批評家もかなり距離を置いてしまった感があるが、今でも彼らはSpotifyで2600万人のリスナーを抱え「Apocalypse」の再生数はまわり続けている。そんな中、人知れずシガレッツ・アフター・セックスの音楽が強化されている。ポイントを2つ紹介しよう。


ポイント1)作曲:もう単色とは言わせない

メロディーが多彩になっている。シガレッツの音楽の持ち味の一つは、過去の「K.」や「John Wayne」他おおくの楽曲に例をみる、メロディーの甘美さである。ソングライターのGreg Gonzalezの憂いを帯びた表情から発せられる中性的な声は、ヴェルヴェッツ時代のルー・リードをトレースするように中音域をふわふわ上下動しながら空間にうたを馴染ませていく。プレート・リバーブ系エフェクトのかかったギターは、『Cigarettes After Sex』以降にアルペジオの色合いが強くなったが、単音の連なりによって人懐っこいフレーズと空間的な和声を描いている。

しかし一本調子になりやすいところがあった。『Cigarettes After Sex』は「K.」、「Sunsetz」、「Apocalypse」等の代表曲を含み人気もあるが、日本語圏では「水墨画」的とも評されるモノクロームの作曲はバンドの印象を固定化するものでもあった。2作目『Cry』ではリズムのヴァリエーションに気を配り、新しいタイプの作曲を試みたが、メロディーの弱さが際立っていた。

新作『X’s』は前二作での課題を完全にクリアしている。

以前は50~60年代のポップ音楽に触発されていたシガレッツだが、現在は「70~80年代のスロウダンス」に惹かれているという。70~80年代のスロウダンスというのがスムースソウルやディスコなどを指しているというのは憶測だが、確かにこれらの音楽からの影響がそこかしこに見られる。バンド自身による「X’s Influences」なるプレイリストを見ると、シャーデーのほかエイミー・ワインハウスやマドンナといった、90~2000年代のソウルやアダルト・コンテンポラリーも入っている。

これまではぼうっと遠くを眺めるように、8分音符の連なりからなる穏やかかつ平坦なメロディーを聴かせ、ギターのフレーズもそれに同調させていたGonzalezだったが、本作での歌唱はもっとドラマティックでエモーショナル。「Tejano Blue」のイントロで輝かしいギターが降り注ぐが、コーラスでの彼の歌唱はなるほど90年代のアダルト・コンテンポラリーのように大きくてブライトだ。「Dark Vacay」のプリコーラスの「So come on, come」と歌う節回しや「Baby Blue Movie」のプリコーラスでのセルフ掛け合いは、かつての豊かだった時代のきらびやかなポップスを思わせる。16分のニュアンスを持った溜めのあるフレーズも飛び出し、楽曲はこれまでのシガレッツになかった表情を見せる。

いや、そもそも、“Gonzalezがプリコーラスを書く”こと自体がまず衝撃的なのである! プリコーラスを書くようになったことで、楽曲の見せる色あいは一気に鮮やかなものになった。そして明るい楽曲が増えたことも特筆すべきである。もうメランコリックではいられない。もうモノクロームとは言わせない。


ポイント2)サウンド:ギターへの回帰

実はアルバムごとに変化している、これまでのシガレッツのサウンドを復習する。

初期EP『I.』はスネアにかかった深いリバーブが印象的で、スロウコア的な音像を見せていた。1枚目『Cigarettes After Sex』はスネアのリバーブは抑えられ、代わりにギターの音色を強化。プレート・リバーブのエフェクターのノブをすべて最大にすることでしか再現できないそのギターには、倍音をふんだんに含んだチャイムを思わせる高い響きがあった。2枚目『Cry』ではギターが後退、代わってキーボードによる音色が空間を満たすようになる。

本作『X’s』では再びギターが前面に登場しているが、そこには『Cigarettes After Sex』のようなプレート・リバーブの高い倍音はない。もっと低く深い残響が、地面から腰あたりまでを浸している。そして少し空間にゆとりを持たせたことで、今度は歌唱やギターによるメロディーが際立つようになる。エモーショナルな旋律が、靄のかかった森林を飛ぶように、深い残響のなかを自在に行き来する。

さらにベースとドラムにも目を向けてみる。Gonzalezは、2拍目にタンバリン、または3拍目にスネアがくるパターンを得意とする。前作『Cry』の表題曲ではその定型を脱するべく四つ打ちのリズムを試みていたが、本作『X’s』ではそのリズム探究をより強化。いくつかのリズム・パターンを試すほか、ベースのアタックとキックを同調させることによって、引き締まったグルーヴをついに手に入れている。ソウルやディスコの影響を受けた楽曲や音色が、Gonzalez本来のビートルズ以前のポップ音楽への愛着と合わさることで、冬にわかれて『タンデム』やアークティック・モンキーズ『Tranquility Base Hotel & Casino』のような貫禄ある作品へと結びついている。


本作のタイトルはX’s、つまりキスの複数形。それは50~60年代ポップと70~80年代スロウダンスの幸福な「接合」、という深読みはむなしく、きっと本作のテーマになった一つの恋愛を指している。曰く、「これまでのアルバムが様々な恋愛の集合体であったのに対し、『X’s』では4年間にわたる1つの恋愛に焦点を絞っている」と。単一の主題に意識を集中させることで、図らずもアルバム総体として完成度の高い作品になっている。そこには『Cigarettes After Sex』の冗長さも『Cry』の散漫さも存在しない。ただ感傷的なメロディーと、甘美で深い音像が立ち現われるだけ。

彼らは完全な伏兵だった。僕はDIYで暴力的な音楽も好きだしそういう音楽が勢力を強めているのは本当だが、そんなことは関係なしに大人の余裕も漂う無口なフロントパーソンはまだすすり泣いていた。2024年、一人の孤独な男性の口づけが静かに勝利している。(髙橋翔哉)

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