Review

Quadeca: Vanisher, Horizon Scraper

2025 / X8 Music (Self-released)
Back

クアデカはきっと隠れたがっている。

12 August 2025 | By Rishi

クアデカはきっと隠れたがっている。ボイスメモ。冬山。亡霊の視線。失踪じみた航海。生きているのか死んでいるのかが不確かであるような、そんな有り様への関心。この意味で、彼のアルバムの主題は一貫している。前々作『From Me to You』(2021年)全体をエーテルのように包み込む無機質なリバーブや、前作『I Didn’t Mean to Haunt You』(2022年)の埃を被った子供時代の思い出のようなローファイサウンドに耳を傾ければ、映像やリリックの次元にとどまらない音楽的機知において存在の曖昧さというテーマが追求されてきたことがわかるだろう。

このLA出身のシンガーソングライター/ラッパーが語られる際、枕詞のように付いて回るのがYouTuberとしての出自だ。11歳でYouTubeアカウントを開設した彼は、ゲーム実況を続ける中でラップ・ミュージックへの関心を深めていき、2014年以降はフリースタイルラップの動画を投稿するなど音楽方面へ活動を広げた。数々のバズを経てクアデカの存在は次第にプラットフォーム上で注目を集めるようになったが、それはアーティストとしての彼にとって足枷でもあった。「何をリリースしようと、それがどこに行き着こうと、誰が気に入ってくれようと、誰とコラボしようと、僕にはYouTubeという赤い文字のAがつきまとう」と彼が《Paste Magazine》のインタビューで語っているように、この出自は初期のキャリアにおいてまさに十字架として機能した。SNS上のラップコミュニティではYouTuberとしてのイメージからいまだに彼を侮蔑する者が少なくなく、《Rate Your Music》や《Album of The Year》といったユーザー・クリティックではアンチによる低評価爆撃が炸裂する。

プラットフォームの論理に対する決別は、一アーティストとしてのクアデカにとって極めて重要なテーマだったに違いない。自己を公に曝け出し、見苦しく大声を張り上げ注目を求める地獄。曖昧で謎めいていることは、アルゴリズムが支配する荒野から抜け出すための優れた方法だったのだ。こうしたポストインターネット的な状況は、彼の近年の作品に通底する不確かさへの拘りを語る上で避けることのできない文脈だろう。

ファースト・アルバム『Voice Memos』(2019年)から最新作『Vanisher, Horizon Scraper』に至るまで、クアデカの作家性は大きく変化してきた。Logicの基本機能とプラグインによる技術的に素朴なエモ・ラップから出発したのが信じがたいほど複雑化した彼の作風。ここではその変遷を、ボーカルという観点から紐解いていこう。

例えば『Voice Memos』や『From Me to You』では、発声の音楽としてのラップ・ミュージックが必然的に抱え込むような、ある種の明瞭さが支配的だったと言えるだろう。初期の人気曲「Sisyphus」ではエレクトロニカやポストロックといった具体的な要素こそ現在の音楽性と接続できるものの、そのボーカルをはじめとしたサウンドプロダクションは優れてハイファイな作りとなっている。

しかしサード・アルバム『I Didn’t Mean to Haunt You』でザ・マイクロフォンズ的なローファイでアコースティックな質感が導入されると、作品内のラップの割合は減り、かつダーティな音響処理を施されたボーカル表現が前景化していく。

そして最新作『Vanisher, Horizon Scraper』でクアデカの声は、分厚いコーラスの中に溶けてしまっていたり、極端に揺らぎが強調されたりしながら、ロック、フォーク、ジャズ、エレクトロニカ、MPB、アンビエントといった要素が構成する曼荼羅的なサウンドの一部と化している。本作における雄弁さとは、パーカッションの大胆かつ緻密な配置や、打ち込みのビートとアコースティックなサウンドのギリギリのせめぎ合い、巨大な氷壁のように仕上げられたコーラスといった側面にこそあるわけだ。

そして声の表現をめぐるこれらの変化は言うまでもなく、クアデカの曖昧さへの志向と通じている。しかし一方で強調しなければならないのは、彼がただ孤独にボソボソ呟きながらアーティスティックに引きこもっているわけではないことだ。「GODSTAINED」のブラジル音楽とチェンバー・フォークの間をすり抜けながらやがて性急なラップへと旋回する優雅な手捌きや、「CASPER」の現代ジャズのリズム感覚を通過したスワンズのような切迫感の表現を聴けば明らかなように、本作には至るところに聴き手を誘惑するフックに溢れている。

アーティストとしての彼を新たに取り巻く(とりわけ熱心とされる)ファンコミュニティの存在は、これらの彼の試みの副産物に違いない。NYとLAで開催された『Vanisher, Horizon Scraper』の先行発表会には多くのリスナーが駆けつけ、アーティスト本人と交流する様子がSNSでシェアされた。このささやかな親密さとも言える独特のトーンこそが今の彼の最大の魅力だ。

そう、クアデカはきっと隠れたがっている。他の誰でもない、今そこにいるあなたと。(李氏)

More Reviews

1 2 3 84