Review

Vitesse X: Us Ephemeral

2022 / 100% Electronica
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ヴェイパーウェイヴ周縁シーンから生まれた、 パンデミック下の幽玄のレイヴ・ミュージック

16 April 2022 | By Shoya Takahashi

2022年の今、90年代レイヴ・ミュージックのリバイバルが盛り上がりを見せている。ピンクパンサレスをはじめ、主にZ世代の女性プロデューサーによるこのムーヴメントは、Spotifyではプレイリスト《planet rave》としてコンパイルされ、《TURN》でもyunè pinkuを中心に取り上げられていた。本稿の主役、Vitesse Xの楽曲も、当初は《planet rave》に追加されていた(本稿執筆時点では外されている)。

Vitesse Xのデビュー作『Us Ephemeral』は、《100% Electronica》からリリースされた。ジョージ・クラントン(a.k.a ESPRIT 空想)が設立し、death’s dynamic shroudsやダン・メイソンらのリリースなど、ヴェイパーウェイヴ~チルウェイヴに特化したレーベルである。この面々はパンデミック以降、VRパフォーマンスを頻繁に開催しており、そこに彼女も参加している。

《planet rave》とヴェイパーウェイヴ。それぞれインターネット中心のムーヴメントでありながら、世代も背景も異なり、互いの繋がりは希薄に見える。しかしVitesse Xは、ピンクパンサレス以降の流れと地続きでありながら、ヴェイパーウェイヴ周辺のサウンドとも共振する、稀有な存在なのだ。

実際に聴いてみると、ドラムンベースのビートや一言一言つぶやくような歌は、《planet rave》の楽曲たちからも聴こえる特徴だ。また、「Us Ephemeral」の空間を満たすようなシンセや、「Therma Maxima」のスクリューされたヴォーカルは、ヴェイパーウェイヴ的といえる。MVにおけるVHSのような画質や紫色を多用したヴィジュアルにも、既視感を覚えるだろう。このようにVitesse Xの音楽には、《planet rave》とヴェイパーウェイヴに片足ずつ突っ込んでいながら、どちらの箱にも安易に入れられない自由さがある。

彼女のベースにあるのは、エイフェックス・ツインやフォー・テットのような実験的なエレクトロニック。また、過去にはいくつかのドリームポップ・バンドで活動していた経験もあり、空間的なシンセに溶け込むようなギターの演奏を、「Rash Devices」などの楽曲で聴くことができる。そして本作の制作はクラフトワークのアルバム『Trans-Europa Express(ヨーロッパ特急)』から着想を得ているそう。確かに「Centrifuge Me」の金属的な響きを強調したハイハットは「Trans-Europe Express」を連想させたり、「Us Ephemeral」のブレークでは「Tour de France, Étape 2」のリフを引用したりと、随所にクラフトワークのエッセンスが散りばめられている。このような時代観もリファレンスも広く分散したサウンドは、《planet rave》にも《100% Electronica》周辺にも前例は多くない。

このアルバムについてVitesse X本人は、「自分に立ち返ること、判断や反抗を取り払うこと、無私の行為としての自己実現に働きかける」作品としている。社会の過剰な情報に疲弊する中、パンデミックによって外部からの影響から切り離され、自身のルーツに立ち返った。アティチュードやエゴを脱ぎ捨て別世界へ没頭することは、彼女が音楽によって現実から逃避するための手段であった。つかみどころのないサウンドやヴォーカルのつぶやくような声は瞑想のような感覚に引き込むが、聴き手に余計な思考を放棄させることこそが、この作品の狙いなのだろう。

彼女はデビュー曲を自身のTikTokで発表したとき、こんな言葉を添えている。「あなたを虚空に導き、また引き戻します」。《planet rave》と《100% Electronica》、過去と未来、自己と外部、そのあいだに広がる虚空に、一度身を委ねてみてほしい。あなたの耳と意識を社会から切り離し、自己と向き合うヒントになってくれるはずだ。(髙橋翔哉)

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