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Mereba: The Breeze Grew a Fire

2025 / Secretly Canadian
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私の存在を確かめるために

12 March 2025 | By Tatsuki Ichikawa

そこには揺らぎに満ちた詩やメロディー、シンプルながらグルーヴを誘うドラム・ループや幻惑的なビートが存在し、薄暗い夜明けの明かりや夜風、その中で散る火花や燃え上がる炎が、確かに捉えられている。Mereba「Black Truck」(2018年)のMVは、『ムーンライト』(2016年)などの撮影監督としても知られるジェームズ・ラクストンによる撮影で、彼女の曲のムードを視覚的に最適な形で浮かび上がらせる。最初と同じようにハンモックで寝ている彼女の姿で終わるこのヴィデオは、まるで全てが夢であったかのような演出を施し、曖昧さをリスナーに託している。

アラバマ州モンゴメリー出身のMerebaというアーティストの存在自体は、確かにどこか掴みきれないものがあり、それ故に魅力的でもある。早い時期にノースカロライナへ家族と共に移住した彼女はそこでギターやピアノなどの楽器を習う。その後、父親のルーツであるエチオピアに1年間滞在するなど、幾つかの土地に身を置きながら、アトランタに辿り着き、EARTHGANGやJID、6LACKが所属するクルー、Spillage Villageに加入。そこで出会った仲間たちと楽曲制作し、名前をシーンに知らしめ、今はロサンゼルスに拠点を置いている。多くの土地を移動し、多様な音楽性をルーツとするMerebaのバックグラウンドを、アブストラクトな彼女のイメージと重ねることができるかもしれない。

しかし、同時に確かなのは、前作『The Jungle Is The Only Way Out』(2019年)を作っていた時にはすでにアトランタからロサンゼルスに拠点を移していたという彼女の歌が、黒人の人々が直面する日常的な暴力や抑圧から目を逸らさず、自らの身体の在り方や存在する場所について、雄弁に物語っていたことだ。2021年にリリースされたEP『AZEB』も含めて、彼女の作品は、極めて政治的な、ささやかでありながらダイナミックな愛についてのレコードであり、実存と闘争の記録でもある。彼女の音楽の、夜の電飾のようなぼやけた美しさの中には、ストリートの緊張感が潜んでいる(加えて、『AZEB』に何度も出てくる“世界が戦争状態のように感じる”という彼女の実感は、イスラエルによるガザへの侵攻を憂う現在の私たちには、また違った重みを持って耳に響くかもしれない)。

また、彼女が「Yo Love」という曲で、ヴィンス・ステイプルスや仲間の6LACKと共にサウンドトラックに参加した映画『クイーン&スリム』(2019年)は、レイシストの白人警官をデート中に正当防衛で撃ち殺してしまった黒人カップルの逃避行を描いた物語で、まさに現代アメリカの愛の逃走(闘争)を描いている。2020年、再び世界中に炙り出されたアメリカ社会における人種間の緊張は、そこに暮らす黒人の人々の実存や愛の存続にとって重大な問題で、逆に言えば、その直前に公開されたこの映画の中では、愛を続けることこそが抵抗でもあった。この部分は察しの通り、Merebaのリリシズムとも共鳴する。つまり、彼女の音楽は確かに幻想的だが、その実、歌っていることは社会構造的に存在する暴力や、それに抵抗するような愛の行動など、極めて輪郭がはっきりしたものでもあったのだ。そして何よりも自らの実存を確認し、守ること。さまざまな場所へ揺らぎ続けながら、個人の身体を引き裂こうとする社会の中で、確かなものを求めることが、彼女のソウル、フォーク的歌唱、あるいはラップやポエトリーのテーマだった。

そんな彼女の6年ぶりのフル・アルバム『The Breeze Grew a Fire』は、(あえてこの言葉を使うが)普遍的な物語だ。『AZEB』のラディカルさとは対照的に、内省表現に焦点を絞った作品であり、『The Jungle Is The Only Way Out』よりもさらに多くのリスナーに好まれそうな、現在進行形のポップスの雑食的な鮮やかさも備えている。

本作で描かれる喪失感や、自由、または安心感への渇望は切実なものだが、彼女は、そういった感情や願いを、今まで以上にカラフルな音とストーリーに刻んでいる。例えば、最初の3曲を聞いてみてほしい。リラックスしたヴァイブスのラップや、キャッチーなコーラスを携え、ソングライティングの力を見せる「Counterfeit」、艶やかなネオソウルとレゲトン調のヴァイブスをブレンドしたラヴソング「Ever Needed」、こもった音像のシンセ・トラックに乗る「Phone Me」。多くの引き出しと豊穣な演出力。この最初の数分間だけでも引き込まれる。

一方で、「Hawk」は彼女の亡くなった親しい友人に捧げられた歌だが、全体はダンサブルなビートとラップで染められており、「Wild Sky」では、壮大なサウンドスケープと共に死のテーマが浮かび上がる。アルバムの中に時折潜む死の香りは気のせいではないが、そのことによって全体が暗く沈むことはない。彼女は一貫して軽やかなスタンスを、このアルバムでは見せている。それは、まるで祝祭的な鮮やかさとさえ言えそうだ。

地上から足が浮き立つような、実体を掴ませてくれないようなサウンドと声。その中で、彼女は「あなたはオリジナルな存在/自分を偽らないで」(「Counterfeit」)と優しく歌う。『The Breeze Grew a Fire』には、引き裂かれるような情熱的な愛や身近に潜む死の存在を確認しながらも、過去作以上に確信に満ちた彼女の姿がある。揺らぐ炎の中で、自分自身と、これを聞いている私たち一人ひとりの存在を掬い出すような彼女の歌は、まるでぼやけている街の明かりの一つひとつに、ピントを合わせていくようだ。(市川タツキ)

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