Review

Daughter: Stereo Mind Game

2023 / 4AD / Glassnote
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耽美と躍動、変容を辿るドーターの優美

18 April 2023 | By Nana Yoshizawa

《4AD》から7年振り3作目のスタジオ・アルバム『Stereo Mind Game』は、ドーターのアルバムの中でも明るい叙情が垣間見える作品だろう。

ギターのへフェリは『Stereo Mind Game』について、「絶対的なものの中で仕事をしないということなんだ」と話す。7年間の間にバンドは拠点としていたロンドンを離れ、ヴォーカルのトンラはノース・ロンドンでソロ活動を、ドラムのアギレラはオレゴン州ポートランド、へフェリはイギリスのブリストルに移った。加えてパンデミックに見舞われるなど物理的な距離のある中、メンバー同士が会いに行き、イギリスのデヴォン、ブリストル、ロンドン、カリフォルニア州サンディエゴ、ワシントン州バンクーバー……と各地で作曲・録音を行なった。本作はそうした時間や距離の溝を埋めるように、優美なメロディーが充満している。

全編を通して、ロンドンの弦楽合奏団、12 Ensembleのオーケストレーション/ストリングスが取り入れられた。本作では温もりのある空間を拡げたり、バンド・サウンドを繋げたりする役割に貢献している。弦楽のレイヤーが入れ替わる様は、トリップ・ホップやスロウコアの持つ、アブストラクトな浮遊の波のようだ。その静かな変容を歓迎するように、ドーターのヴァリエーション豊かなリズム/打ち込みは一層立体的に躍動する。参考までに、12 Ensembleによる神秘的なストリングスの音使いは、ニック・ケイヴ&ウォーレン・エリスがサウンド・トラックを手掛けた自然ドキュメンタリー映画《La Panthère des Neiges》や青葉市子とのライヴ・コラボレーションでも発揮されている。

ほかにも前向きな変化があった。トンラの歌声のほかに、友人や家族からの声がフィーチュアされた「Wish I Could Cross The Sea」、「(Missed Calls)」をはじめ、「Swim Back」ではへフェリがヴォーカルとして初参加。またヴォーカルのメロディー・ラインを提案するなど新しい試みが多い。この「Swim Back」は本作のなかで最も明るく力強いサウンドだと思う。躍動するベース・ライン、シンセやストリングスのエコーが勢いよく過ぎる間を、短くリズミカルな歌声が現れるのがとても心地いい。

「Swim Back」の“距離感をなくせばいいんだ/泳ぎ返す”という歌詞の一節は、救いのない絶望とともに前に進む決意にも見てとれるだろう。この辺りの、危機を孕んだ神秘さは、かつての《4AD》の特色を思い出させる。それも90年代の《4AD》が醸し出すダークでメランコリックな流れは、ほかの場面でも健在。たとえばアートワークの写真の花をそのままタイトルに冠した「Dandelion」は歪んだギターにクリーン・トーンを重ねて作る退廃的なムードのある楽曲だ。「Neptune」はゴスとフォークを折衷した重厚さ然り、聖歌隊とブラス・クァルテットで織り成すゴスペルになっている。こうした実験精神や脆い危うさは、やはり90年代くらいまでの《4AD》、ブロンド・レッドヘッドやレッド・ハウス・ペインターズに通じるものがあると思う。

筆者は本作をプラネタリウムの試聴会ではじめて聴いたのだが、そのときは少し疲れていたし、耽美に浸りたい気持ちだった。しかし楽曲が進むにつれ『Stereo Mind Game』の持つ、暖かさに鼓舞されていた。それは自身の草臥れた感情が癒されたのかもしれないし、満点の星と、トンラの歌声は儚くも確固とした姿で似ていたので、その存在に励まされたのかもしれない。アレンジに弦楽オーケストラや複数の声を迎えるも、核となる部分は変わらない。《4AD》本来の魅力を継承しつつ、ドーターの耽美な深淵に触れることができる、愛おしさを覚える作品だ。(吉澤奈々)

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