チャンス・ザ・ラッパーに対するUKからの解答
カニエ・ウエストにより00年代半ばに広められたメロディックなポップ・ソングにラップや歌声を乗せるという大胆な手法、それは00年代後半に入りマック・ミラー『Best Day Ever』、『K.I.D.S』やフランク・オーシャン『Nostalgia, Ultra』へとミックス・テープという形で引き継がれていった。それをバンドのサウンドとして、サンダーキャットやアンダーソン・パークなどのジャズ/ソウル・ミュージックの流れを取り込みながら、ヒップ・ホップとして形にした重要人物の一人がドニー・トランペットことNico Segalだろう。彼はKids These Daysでの活動後、現在はチャンス・ザ・ラッパーのサウンドを支えているバンド=Social Experiment(以下SOX)の中核を担っている。このUKはレスター出身のバンド=Easy Lifeは、Nico Segalに対するUKからの返答と言えるようなサウンドを聴かせる5人組。本作は英国のロック・バンドというフォーマットにおけるヒップ・ホップの受容のされ方の一片を示すことができる重要な作品だ。
その“英国のロック・バンドというフォーマットにおけるヒップ・ホップの受容のされ方”という視点から見た場合、セカンドEPとなる本作はSOXからの影響が確かに色濃く出ていると思う。レトロな映画を思わせるようなトランペット鳴りが印象的な「Mercury Retrograde」はSOXの「Miracle」を思わせるし、「Basics」の音数を減らしライムの語りをじっくりと聴かせる構成はチャンス・ザ・ラッパーの「Blessings」(SOXプロデュース)を連想させるだろう。「Sunday」は、SOX「Sunday Candy」のゴスペルが持つ重層的な熱気を、個人的な思い出へと移行させたかのようである。メンバーのMurrayとSamはスイング・バンドを、Jordanはレゲエ・バンドで活動していた。こういったビッグ・バンドでの経験が彼らのサウンドを広義の意味での生音ヒップ・ホップ・バンドとしての骨格になっている。そして、フロントマンのMurrayの声色とフローの置き方や重ね方はマック・ミラーを彷彿とさせるという事実。少し憂いを含んだドリーミーなサウンドとの相性が良いこの彼の声には、思わず耳を傾けてしまう。
初期のアークティック・モンキーズがロックとヒップ・ホップのエッジーな部分を掛け合わせたのに対し、彼らはメロウな部分を抽出し構成したようにも感じる。彼らのドリーミーかつカラフルなシンセサイザーの音色は、ホット・チップからの流れのようにも感じるが、それは、大雑把に振り返れば90年代はアンダーワールドやケミカル・ブラザーズなどを、80年代はニュー・オーダーやペット・ショップ・ボーイズやバグルスへとクラブシーンと影響しながら変化してきたシンセ・ポップの変遷を遡っていくことにも繋がるかもしれない。元レイト・オブ・ザ・ピアーのサム・ダストによるプロジェクトLA Priestが『Inji』(2015)で示したこれらのシンセ・ポップの文脈をジミ・ヘンドリックスやプリンスと言ったソウル・ミュージックとの掛け合わせを、より現代的な文脈で行っているのがEasy Lifeと言えるのではないだろうか。(杉山 慧)