Review

Troye Sivan: Something To Give Each Other

2023/ EMI
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あの夏の、衝突する輝き

10 November 2023 | By Tsuyachan

輝きが衝突しあっている。輝きとは、汗だ。輝きとは、あらゆる液体だ。それらは太陽の光を受け、カラフルなネオンを受け、きらきらと煌めく。トロイ・シヴァンの三作目となるアルバム『Something To Give Each Other』は、大量の輝きが衝突しあうことで、無数の煌めきを生んでいる。

近年、優れたMVの表現者としてトロイ・シヴァンの右に出る者はいないだろう。何よりも、 彼のビデオは“輝きの衝突”がふんだんに収められている。今年最大のサマー・アンセムとなった「Rush」はメルボルンのゲイ・クラブでの体験をインスピレーション源にした映像で、激しい吐息とともに汗と汗がぶつかり合っていた。「Got Me Started」ではベルリンの地でドラマティックなライトに照射されながら人々が躍動する。ウォン・カーウァイやレオス・カラックス、バリー・ジェンキンスらへのオマージュで満ち満ちた画面の中にあって、前かがみになり全速力で疾走するトロイの姿には、映画史とポップミュージック史が描いてきた猥雑な身体がいきいきと弾けるように投影されている。延々と終わらない運動が生む汗と照明による煌めきとともに、ここには、最上の幸福感が閉じ込められている。

これだけ意欲的に輝きの衝突を表現できるようになった点に、まずはトロイのアーティストとしての──という以前に、世界に対して性的マイノリティである自らのアイデンティティをさらけ出した一人の人としての──自信と成熟を確かめることができるはずだ。事実このアルバムには、“親密さ”や“解放”といった、特定のダンスミュージックが必要とする要素がすべて備わっている。「Rush」や「Got Me Started」のような曲においてはエネルギーの発散が際立つ一方で、チルでスムースな曲も多く、たとえばイアン・カークパトリックがプロデュースに入った「Silly」では、ディープハウスの柔らかくセクシーなビートに乗って撫でるようなファルセットを聴かせる。A.Gクックが参加する「How To Stay With You」では凸凹したサウンド・フォルムに対しエンディングにふさわしい穏やかな旋律を乗せて届ける。そう、本作はベッドルームからダンスフロアまで、さまざまな愛の交歓のシーンをキャプチャしている。だからこそここには、人が生きていくうえで求める普遍的な快楽が描かれているとも言える。なぜトロイ・シヴァンがこれほどまでに世界中のリスナーから愛されているかというと、感情の痛点を刺すような、万人に共通する刺激が備わっているからだろう。

けれども、だからと言って『Something To Give Each Other』を、トロイの成熟や楽曲の普遍的な快楽という言葉で一括りにして片づけたくはない。なぜなら、このアルバムで最も重要な曲に違いない「One of Youe Girls」は、どことなく寂しげかつ温かな声で次のように歌われるからだ。

Give me a call if you ever get desperate I’ll be like one of your girls
(絶望に陥ったら電話して。君の女友達のようにふるまうから)

MVでは、自然体な女性の姿になりきり叶わぬ恋を歌う。自らの身体を女友達のように装ってまで、君に寄り添うトロイ。落ち着かない心情を表すかのごとくぐねぐねと鳴るシンセ音に押しつぶされそうになるトロイ。ボーカルにエフェクトを施すトロイ。あれだけ解放され自信たっぷりに歌う「RUN」でさえ、終盤で過剰に声を加工するトロイ。数えきれないほどの大衆の心をつかみ、ありのままの姿で普遍的な音を鳴らしつつも、この音楽は最後トロイをトロイのままパッケージするがゆえに、エフェクトを残すのだ。なんという切ないポップ・ソングか。

輝きとは汗であり、輝きとはあらゆる液体であり、そして輝きとは涙だ──トロイは笑いながらそう言っているように見える。涙は太陽の光を受け、カラフルなネオンを受け、きらきらと煌めく。涙は人を躍らせる。私は、笑いながら泣く。(つやちゃん)

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