Review

Ezra Feinberg: Soft Power

2024 / Tonal Union
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水面の乱反射のように

08 July 2024 | By Fumito Hashiguchi

まずは印象的なアルバム・ジャケットから。この写真はマーク・アルコックの『California Topiary』という作品集から選ばれている。トピアリーとはヨーロッパの庭園などでよく見られる人工的に形作られた樹木による造形物のことで、この写真集には、アルコックが英国からサンフランシスコに移住した際に、まるでトピアリーのようだと気付かされた、カリフォルニア周辺の住宅建築におけるユニークな自然環境の取り入れ方が各種収められている。

Marc Alcock HPより

エズラ・ファインバーグは、かつてサンフランシスコでバンド、Citayを組み、活動していた。その音楽性は、かの地ならではの(とつい思ってしまう)サイケデリック・フォーク・ロックであり、2007年から2013年にかけて3枚のアルバムを発表している。その後、ニューヨークへと移住。精神分析医の職を務めながら、ギタリストとしてインストゥルメンタル作品を創り、2018年に最初のソロ名義作を、そして2020年に2作目のアルバムをリリースしている。

バンド時代からのキャリアを追って聴いていくとよくわかるのだが、作品内におけるギタリストとしての比重が徐々に減ってきており、ソロ3作目となる今作では、よりサウンドスケープとして作品を提示する方向へと作家性がシフトしている。各楽曲の印象は参加ゲストの演奏に負うところが大きく、ファインバーグのギターは一歩引いた存在で、さほど目立ちはしない。もはや、いわゆるギタリストならではの作品ではないと言ってしまってもいいだろう。また、それと同時に、記号的な酩酊感も見られなくなり、よりプレーンなサウンドに近づいている。

ファインバーグのギターはアルペジオやリフによるレイヤーの生成に徹し、そこにゲスト勢が異なるレイヤーや演奏を重ねていく。「Future Sand」や「Soft Power」、「Get Some Rest」などで聞こえてくるフルートやクラリネットの響きは今作の牧歌的な雰囲気を象徴している。奏者はデヴィッド・ラックナー。マルチプレイヤーである彼は多くの曲でフェンダー・ローズも演奏している。 『Sowiesoso』期のクラスターを彷彿とさせるシンセ・サウンドはジェフレ・キャンツ=リデスマやデヴィッド・ムーア、ファインバーグ自身によるもの。シンセやギターのテクスチャーの重なりがスケープを現出させ、そこに「Flutter Intensity」でのラッセル・グリーンバーグのヴィブラフォンや「Get Some Rest」でのメアリー・ラティモアのハープといった印象的な器楽演奏が加わって、詩情にも近い美しさを醸し出している。「The Big Clock」では今作唯一のリニアなドラムビートが現れる。手掛けているのは共同プロデューサーでもあるジョン・セイヤー。彼は録音/エンジニアリング/ミックスも担当し、今作を支える存在である。

レーベル・インフォメーションの中でファインバーグは今作についてこうコメントしている。

「日々の生活と同じように、非常に平凡で、シンプルで、穏やかな、ほぼ日常的な側面を伝えたかったのですが、各作品にはその形が広がり、そこから抜け出す弧のようなものが含まれています。そのため、海辺のモーテルの花の絵のように始まったものが、色と音の騒動に変わり、永遠に続くような夢に陥った感覚になるのです」

ここで述べられていることを一言で表すと、“サイケデリック”になるであろう。この変容の感覚はアルバムタイトル曲のMVでも見て取れる。映像作家エレン・フランクリンが、コダック社のスーパー8カメラを使って撮るものは、6分弱の間に、先に述べたサンフランシスコやサンタバーバラで見られる都市の中の自然=トピアリーから、ヨセミテ国立公園やオーエンズ・ヴァレーの、より本格的な自然環境へと移り変わり、終盤には反射光できらめく水面の抽象的な幾何学模様へと“変容”していく。

「Pose Beams」ではジェフレ・キャンツ=リデスマによるシンセのいくつかのレイヤーとロビー・リーによるピアノ演奏によって曲が進行し、エンディングのパートになるとファインバーグのギターやジョン・セイヤーのドラムも加わった即興演奏がいくつもの音の粒をカスケード状に降り注がせる。ここは今作で最も美しい変容のシーンのひとつだろう。かつての作品ではわかりやすい形で見られていた変容の感覚は、決して消滅したのではなく、希釈されアルバム全編に漂っているようだ。それらはおそらく水面の乱反射のように、聴く時々でランダムに作用することだろう。(橋口史人)



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