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Snail Mail: Valentine

2021 / Matador / Beatink
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多様なサウンドで昇華されていく感情の渦

05 November 2021 | By Hiroko Aizawa

デビュー作である前作の『Lush』は、グランジやオルタナへの憧情が色濃く出たシンプルなローファイ・サウンドがとにかく心地よかった。多感な少女の複雑な想いや葛藤、苛立ちを表現するかのような、怠さと感傷の間を行き来する絶妙なテンションのヴォーカルがそのサウンドに相まって、スネイル・メイルことリンジー・ジョーダンの希有な才能を世の中に知らしめるに相応しいデビュー作であった。

そこから約3年後の今、ようやくセカンド・アルバム『Valentine』が届いた。今作の10曲は2019〜2020年に書き上げたそうだが、その間リンジーはどのように過ごしていたのか? というと、「Ben Franklin」で言及されているとおり、更生施設に滞在していた時期もあるようだ。その滞在期間に、楽器も録音機材もない中で頭の中だけでアレンジを書き溜めていったというから驚きである。いや、むしろ想像力だけで作ったからこその、リスナーの予想を裏切るような曲の展開であったり構成になったのではないかと思える。そして今作は共同プロデューサーとして、ボン・イベールやワクサハッチーを手掛けてきたブラッド・クックが参加している。こうした変化も、多様な曲調や新たなサウンドを取り入れるのに一役買っていることは間違いないだろう。

表題曲であり冒頭曲の「Valentine」は、不穏なお伽話が始まるかのようなシンセの音と、囁くような落ち着いたヴォーカルで始まる。MVでは同性愛者として生きることの難しさが描かれている。誰もいない二人きりの部屋で相手の女性に妖艶な微笑みを見せるリンジーだが、サビの部分では打って変わって呆れと悔しさに満ちた冷めた眼差しで、パーティーの場をグチャグチャにしていくシーンが描かれる。その後のキャリー(スティーヴン・キング原作の復讐ホラー映画の主人公)もびっくりの血だらけで暴れる様子は激しい復讐心と諦念で溢れている。だが、その様は不思議と哀れみや同情心を誘うようなものではなく、確固たる意思の表れに思える。冒頭の静けさや妖艶さを含んだサウンドとは一転して、スネイル・メイル節といったギターサウンドと力強いヴォーカルが展開されるサビの部分には、今あるものをぶっ壊していくような爽快感すらある。

ただ、彼女は吹っ切れているわけではなく、常に愛情という感情の中で踠いている。「Ben Franklin」では、軽快なポップ・サウンドに乗せながら「先に進んだけど何も現実に思えない。時々彼女があなたじゃないというだけで嫌いになる。リハビリの後自分が小さな存在に思える。私を構って、あなたに電話したい」、「あなたは死ねると言った、私のために死んでくれると言ったのに」という破局に関する具体的な感情を歌っている。MVの部屋の中で一人踊りまくる様子はまさに様々な感情の渦の中で踠いているように見えるが、犬と戯れるシーンでは素の柔らかい表情が出ており、「それでも私は気にしてない」と言いたいようにも見える。

こういった彼女の入り乱れる感情は、歌詞だけでなくサウンド面にも表れている。「Valentine」や「Ben Franklin」だけでも、『Lush』の時には見られなかったシンセの多用が目立つ。「Headlock」は穏やかだが憂いのある、気怠いコーラスのハーモニーが美しい曲で、鍵盤が効果的に使われている。曲の最後で静かに盛り上がる部分は、絶妙な高揚感を伴い静かに解放されていくような雰囲気がある。「Light Blue」はアコースティックは曲で歌声にフィーチャーされており、感傷的ですり切れるような高音の歌声が印象に残る。「Forever (Sailing) 」は甘いキュートなミドル・テンポのバラードでドリーミー・ポップ感もある。前作『Lush』を思わせる「Glory」のような直球のギター・サウンドが特徴の曲ももちろんある。アルバムのラスト飾る「Mia」は切ないメロディと弦楽器のアンサンブルが非常に美しい曲だが、別れた相手への愛情と別離の決意を歌っている。

絶望の淵に立たされ、悲しみに満ちても、回復して前進しようとする。その過程で抱く様々な感情を昇華していくかのような多様なサウンドがに織り成されていくこの作品を聴いていると、これから彼女が歩んでいく人生と作品をいつまでも追い続けていたくなる。(相澤宏子)

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