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マハラージャン: 蝉ダンスフロア

2023 / Sony Music
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2023年型シティポップのキーワードは蝉

19 August 2023 | By Kei Sugiyama

奇天烈なヴィジュアル・イメージと、元カノの歯ブラシで便器を磨く歌「君の歯ブラシ」(2022年)など、生活密着型の歌詞でキワモノ扱いされがちなマハラージャン。しかしその実態は、J-POPに再びファンキーなダンスフロアを呼び覚ますマエストロ。

そんな彼の最新EPからの表題曲「蝉ダンスフロア」は、夏の風物詩である蝉で一句ときた。音圧を目一杯に詰め込んだサウンドで奏でられる、煌びやかなだけでなく早急なディスコ/ファンク・チューンだ。70〜80’sのファンクやディスコをそのまま楽曲に落とし込むのではなく、展開の早い現行ダンス・ミュージックになっていることが、本作のテーマでもある蝉が地上に出てきてから7日間の命であることを意識した作りになっている所がニクい。本作のインスパイア元として、彼は中島義実「にんげんっていいな」(1984年:テレビアニメ『まんが日本昔ばなし』エンディング版)でのイントロのシンセの音に惹かれて制作したと語っていた。その他にも本作を聴いていると、私の耳ではモーニング娘。「Loveマシーン」(1999年)や電気グルーヴ「モノノケダンス」(2008年:テレビアニメ『墓場鬼太郎』主題歌)など様々な楽曲が思い浮かび、日本のポップシーンにおけるディスコ/ファンク史を振り返っているようで楽しくなる。

その中でも私が強調したいのは、最初のヴァース部分の歌詞の置き方やシンセの音色など、MANNA「でてこいとびきりZENKAIパワー!」(1989年:『ドラゴンボールZ』エンディングテーマ)を思い起こさせる所だ。この曲はベースが強調されたファンクなニュアンスだけでなく、ブレイク部分やシンセサイザーのオリエンタリズムを思わせる音色などは、『ドラゴンボール』が西遊記からの引用であることを意識しているのではと思わせる作りになっている。『ドラゴンボール』のテレビ・シリーズにおいて、こうしたサウンドが確信犯だと思うのは、この一つ前のエンディング曲であった橋本潮「ロマンティックあげるよ」(1986年)がマーヴィン・ゲイとタミー・テレル「Two Can Have A Party」(1967年)へのオマージュと思われるなど、ディスコ/ファンク/ソウルにおけるJ-POP的解釈をしていたからである。そして、こうしたファンクやソウルを解釈し直すという手法は、マハラージャンとも共通する部分ではないだろうか。もちろん80年代リバイバル的なシンセのサウンドは、デュア・リパなど世界的なポップ・シーンの流れとしても捉えられる。

その中に、蝉と言えば誰もが思い浮かべる松尾芭蕉の歌である「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という300年以上前の歌をサンプリングするだけでなく、人間目線の“静”が強調された松尾芭蕉の歌と、蝉目線の“動”が強調されたこの曲の緩急のギャップをより強調する作りになっている。愛を求めて飛び回りながらも、蝉の鳴き声である「ミーン、ミーン」でその意味を問う内省的な側面。そしてダンス・ミュージックの肝となる、ここではないどこかへという逃避願望までも盛り込む。蝉の儚い一生がダンスフロアの儚さが重なり、謎に泣けてくる夏のアンセムと言えるだろう。

このEPは他にも、オリジナル・ラブ「接吻」(1993年)と小沢健二「今夜はブギー・バック」(1994年)へのオマージュのようにも聴こえる「噂のキャンディ」、口笛やカッティング・ギターなど爽やかな風が吹き抜けていくような「波際のハチ公」、コロナ禍を経験した事で変化した私たちの雑菌リテラシーを歌として昇華し、サビでのダンダダダンが口心地良い「雑菌フィーバー」など、現在の都市生活を歌うという意味において、本作は2023年型シティポップであると言えるのではないだろうか。(杉山慧)


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