Review

Yaya Bey: Remember Your North Star

2022 / Big Dada / Beatink
Back

黒人女性が直面する苛立ちと喜びをソウルフルな歌に注ぎ込む

18 July 2022 | By Kenji Komai

今年3月に行われたアカデミー賞授賞式、ウィル・スミスが妻のジェイダ・ピンケット・スミスの髪型を揶揄され、司会のクリス・ロックを壇上で平手打ちした事件で、「ミソジノワール」という言葉がクローズアップされた。黒人女性は人種的な差別とミソジニー(女性蔑視)の双方で抑圧されていると、2010年にフェミニストのモヤ・ベイリーが提起した言葉だ。

ハイプ・ウィリアムスやオニキス・コレクティブらを擁すレーベル《Big Dada》は昨年、黒人・有色人種・マイノリティの声を広めるためのレーベルとして生まれ変わった。そのリニューアル第1弾としてアルバムをリリースしたヤヤ・ベイも、ジャケット裏でスペシャル・サンクスのクレジットとともにこの言葉を掲げている。

「これは恋愛関係におけるミソジノワール、それが引き起こした世代間の苦痛を克服するための私なりの考え。自分自身に責任を持ち、健全な愛に希望を持ち続けることについての作品」

ニューヨーク生まれ、現在33歳のヤヤ・ベイは2016年にフェミニスト作家オードリ・ロードの作品にインスパイアされた、アコースティックな音源とデジタル・コラージュと本を組み合わせたインタラクティブなアルバム『The Many Alter-Egos of Trill’eta Brown』でデビュー後、美術館や図書館で働きながらアーティスト活動を続けてきた。その間に離婚、当時のマネージャーとの恋愛と破局を経験した彼女は、愛を求める黒人女性の姿とミソジノワールについて作品にするという思いを強くした。

『Remember Your North Star』でヤヤ・ベイは黒人女性が直面する苛立ちと喜びをソウルフルな歌に注ぎ込む。「プッシーはとても良いのに、あなたはまだ私を愛していない」と繰り返す「keisha」。「reprise」では音信が途絶えていた母親に10年ぶりに連絡をとろうとする姿を通して両親との関係に揺れる心境を余すところなく描く。「don’t fucking call me」では、浮遊感に満ちたトラックの上で「結局のところわたしはいつも独り」と回想しながら、同時に「必要なら泣いてもいい」と、別れた恋人へのアンビバレントな感情を隠すことがない。「street fighter blues」では、「あなたはとても愛していると言う/なぜ私を行かせるの?/私は風の中に浮いている/決して勝てないように思える」と引き裂かれる思いを明かす。

フォニー・ピープルのエイジャ・グラントとDJ ネイティブサンが参加しいくつかの曲を共同プロデュースしているものの、ほとんどを自身で仕上げたプロデューサーとしての力量も確かなものだ。アルバム中盤の「rolling stoner」は、2分弱の時間のなかでブルージーなムードからトラップのビートに一転するが、この曲に象徴されるように、90’sを彷彿とさせるスムースなR&B、もっと言えばヒップホップのサンプリング・ソース的なメロウネスを基調に、ヒップホップ、ジャズ、ハウス、レゲエなどのテクスチャーがミックステープのように放り込まれる。ハリー・ジェイ・オール・スターズを思わせるチャーミングなレゲエ・チューン「meet me in brooklyn」は、幼少時代クイーンズの家ではレゲエがいつも流れていた思い出がベースとなっており、父親(グランド・ダディー・アイ・ユー)からのラッパーとして以外の影響が現れているのも微笑ましい。全18曲、どのプロダクションも決して派手ではないが、きめ細かく整えられたアトモスフェリックな質感が心地よく、生々しく辛辣なメッセージを際立たせる。また、今作から発表された4曲のMV全てを自身で監督していることも記しておきたい。

このアルバムは20年以上にわたり黒人女性の地位向上のために活動してきたヤヤ・ベイの力強いステイトメントであり、トラウマから抜け出そうとするひとりの女性の人生そのものだ。アルバムのクローザーとなる「blessings」で彼女は「あまりの悲しみにベッドから出ることができなかった」と日常を淡々と綴りながら、「そして私の周りには祝福がある」と締めくくる。モダンな音響とスウィートな歌声で彩られたR&Bアルバムであるが、家族と恋人への複雑な心情を散りばめ、内面の弱さを臆することなく表現した彼女のように、誰もが自由に真実を話していいのだ、という深意を聴き手に伝える。

最後に、日本でも近頃《subversive records》が黒人女性映画監督マデリン・アンダーソンの『アイ・アム・サムバディ/ I Am Somebody』(1970年)を日本初配信したほか、《Political Feelings Collective》によりオードリ・ロードの著作集の翻訳出版プロジェクトが進められている。ミソジノワールについて知識を深める機会が今後さらに増えていくことを願う。(駒井憲嗣)

More Reviews

1 2 3 73