暗闇に滲むメロディ
4枚目となるアルバム『Piss In The Wind』をリリースするまで、ジョージの沈黙は長く感じられた。2023年にはアルバム・ツアーを行っていたが、2024年に投稿したインスタグラムの数はゼロ、実際に少数のフェスを除いて彼は表舞台に姿を見せていなかった。
昔からジョージ、いや“ピンク・ガイ”を知っている人なら、彼がフランク・オーシャンのような寡黙なタイプの人物ではないとわかっているはずだ。ジョージ・クスノキ・ミラーは、“ピンク・ガイ”として2つのユーチューブ・チャンネルで登録者数総合計1000万人を超えるコメディ・ユーチューバーであり、動画で成人向けの言葉を連発しまくり、元祖ミーム的なコンテンツを生み出して人気を博した。2017年にはジョージとして音楽活動のみに移行し、アジア系アーティストを発信するレーベル《88rising》に加入する。「SLOW DANCING IN THE DARK」や「Glimpse of Us」を始めとするシングル・ヒットに恵まれ、同レーベルに所属していたリッチ・ブライアンやニキと共にアジア系アーティストのムーヴメントを牽引。アジア系アメリカ人が共鳴できるポップ・ミュージックと文化という点で《88rising》は大きなリプレゼンテーションの役割を担っていたが、次第にレーベルがアイドル産業に力を入れるようになったあたりから、稼ぎ頭だったジョージは人前に表れなくなった。
同レーベルを脱退し自身のレーベル《Palace Creek》から初めてリリースしたアルバム『Piss In The Wind』は、ジョージが得意とするローファイR&Bを基軸に、レイジ的なアプローチにも挑戦した作品だ。ウィスパー・ヴォイスで綴られるテーマは一貫して失恋の痛みであり、全21曲はこれまで以上に陰鬱なムードに覆われている。3分を超えるスパンの楽曲はなく、すべての楽曲が混じり合っているようにも聞こえ、印象主義的なアプローチとも言える。シューゲイズ・ソングの「LOVE YOU LESS」やオルタナティヴ・バラードの「Hotel California」、ドラマティックな「Past Won’t Leave My Bed」は、ジョージらしいメランコリックなサウンドと情緒が楽しめる。特に、「Past Won’t Leave My Bed」はアルバムの中でもハイライトとも言えるほどの楽曲だろう。「目を開けると/彼女の顔が壁に残っている/頭の中で彼女は巻き戻されたまま/前に進もうとしても/過去がベッドから離れてくれない」。ジョージは忘れることのできない元恋人との別れをずっと惜しんでるようだ。ディストーションが強い「PIXELATED KISSES」や「Sojourn」、ジャージー・クラブが鳴る「DYKILY」のような楽曲はスパイスとして効いており、緩やかなアルバム進行にほどよいアクセントを加えている。また、Yeat、4batz、ギヴィオン、ドン・トリヴァーの客演は、ジョージの音楽スタイルにフィットした良い人選だった。
しかし、難点はどの曲も短すぎることだろう。楽曲ごとの意図がわかりづらいためアルバム全体としてのダイナミクスに欠けてしまい、数曲を除いて印象が薄くなってしまっているのが残念だ。また、今回のリリースに伴い制作されたMVではジョージにそっくりな人物を起用しており、ミステリアスな演出を意識しているようでもある。「If It Only Gets Better」では0:12で、「Last of a Dying Breed / Dior」では4:46の箇所で1秒だけジョージ本人が映っており、サブリミナル効果のようにジョージの顔の残像だけが残る。リリックが抽象的なだけに(過去作でも彼は多くを語らないスタイルだが)、ジョージ本人のパーソナリティがアルバムで深く語られないのも、マイナーな問題点だろう。21曲収録と長編なだけに、際立った楽曲以外が繋ぎのBGMのように霞んでしまっているのが勿体無い。
迷走しているレーベルから抜けられたことは、ひとつの大きな良い兆候だ。そしてまずは彼が沈黙を破り、新しい音楽を届けてくれたこと自体に価値はある。メロウなバラードのみならず新たなジャンルに挑戦していることも、今後の方向性に役立つ今作の新たな収穫だろう。ジョージが優れた失恋バラードを書けることは、もはや誰もが知るところだ。この“サッドボーイ”的なペルソナも、どれだけ持続可能かという懸念もある。だからこそ今、彼にはコンフォート・ゾーンを越えたサウンドやナラティヴが求められているのかもしれない。そしてなにより、ストーリー性を持った、アルバムとして構成が統一された完成作品を聞きたいところ。今作はまだ過渡期の作品なのかもしれない。しかしその先にどのようなサウンドが待っているのか、ジョージの次の一手に期待したい。(島岡奈央)

