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豊田道倫: 大阪へおいでよ

25時 / 2024年
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ノンリバーブの恍惚

24 March 2024 | By Takujuro Iwade

豊田道倫のソロ作『大阪へおいでよ』は全編アコースティック・ギター弾き語りの作品である。

豊田の作品群の中では、『奇跡の夜遊び』『Sweet26』『SING A SONG』などなど、全編弾き語りの作品がいくつかあ る。彼の特徴的な歌や曲で見受けられる個性とそのスタンスはなおのことではあるが、こうした弾き語り作品の音響にも 独特の一貫した姿勢を感じることができる。

どの作品もほぼリバーブなしだ、ということだろうか。声が 妙に近くてギターがショボかったり、色々と作品ごとにヴァリエーションはあるが、豊田道倫の弾き語り音源というと、ノンリバーブの生々しい音が浮かぶ。リバーブはないがいわゆる「デッド」な感じではなく、何か奇妙な鳴らない鳴り、のようなものがある。そのリアリズム的音像は、おそらく部屋でテレコに向かって宅録をしていた、その延長にあるのだと思われる。深夜の自室で何もつながないエレキギターを弾きながら小さな声で歌うのを自分で聴いているような、またスピーカーで聴くと弾き語る豊田の姿がそこに浮き立ってくるような、そんなような音である。かと思うと、突然妙なエフェクト音を弾き語りに被せてきたりもして、認識が歪み始めるような作品も数多くあるのだが。

過去には、ダブ・エンジニアの内田直之氏を起用したり、バイノーラル・マイクを使用しているので、この不思議な音像には相当のこだわりがあるということが見受けられる。今回も、ほぼリバーブなし、完全に一発ライブの歌とアコースティック・ギター、マイク数本の位置を拘って、音響を作り上げたとのことである。

ところで、豊田のXで、スロウダイブのライブについて興味深いポストを読んだ。 「リバーブ&ディレイの深い残響と手堅いリズムが作る音場のスロウダイブ。帰宅して、自分の新作を少し聴いた。生々しすぎるノンリバーブの音像は彼らと真逆ではある。どちらも目指すのは、陶酔、恍惚だけど」。

陶酔、恍惚とは、何だろう。

ダイレクトに、歌とギターが響く時の、陶酔、恍惚とは。

もちろん、豊田の音楽の核は音響のみにあらず、歌そのもの や歌われる内容、そしてほんの一瞬の何かに、深くそのスタンスが表れている。ここでいくつか曲を紹介しよう。 アルバム・タイトルにもなっている1曲目「大阪へおいでよ」 は、やさしく「大阪へおいでよ」と歌う中、突然のキレたハープソロに刹那がこもっている。個人的には大阪は好きな街だ。商人の街というが、どこか人間を忘れないでいてくれるような、街全体の優しさがあるように思う。人間のままで生きれるような。(京都市)左京区や中央線沿線などの人を受け入れてくれる感じがありつつ、集落っぽさがなくサラッとした適度な距離感を保ってくれる。

2曲目には「明日は絵を描いてみたいと思って寝た」。タイトルの「〜したいと思って寝た」を色んなヴァリエーションで 繰り返し歌う。明日に希望を持ち決意を込めて今日は寝る、というのは私にも心当たりがある。誰にでもあるだろう。というか、日々はずっとそうなのかもしれない。この歌はひたすらそれを繰り返す。それを何も否定はしないし、どうというわけでもない。ただそうあるということを歌ってくれるというのが、歌の優しさなのだろうと思う。

実体験なのか知り合いなのかはわからないが、誰かの生活とその中で心の揺らぐ瞬間を切り取ったような歌が続く。タイトル・トラックが1曲目にあることで、曲の舞台は全て大阪なのだろうか、とも思ってしまう。後半の曲はほぼ、録音の1ヶ月前に作った曲だというが、アルバムの世界観も無意識のうちに作曲に内包されていたのか、全体を通して不思議なまとまりがある。歌が進んでいくにつれて、大阪の街が立体的になっていくようである。歌われた誰かの心を、街はやさしく抱く。

父から離れていく息子の決心を歌う、8曲目の「鷹の爪、塩 昆布入りのベーコン・キャベツのパスタ」。「色々あったけど/たくさんあったけど/思い出さない」という一節は様々な感情、そこに至るドラマを含み、これからへの示唆を与えてくれる。

本当は覚えているけど忘れようという、このような潔ぎの良さはこのSNSの時代にはあまり見つけられない。過去やいい 時代の思い出に浸ること、それらをいちいち取り出して眺めることから抜け出すのは難しい。そこには確かに、リバーブの陶酔と恍惚がある。誰が言ったか本当のリバーブの遠さは記憶の遠さだとするならば、豊田が歌うのは過去を追うことではなく現在に立ち戻る、くらくらするようなこの現実の、「ノンリバーブ」の恍惚なのだろうか。瞬間ごとに響く、陶酔なのだろうか。(岩出拓十郎)




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