Sault: NINE

2021年の夏はきっと、UKソウル・シーンの豊作期として記憶されるだろう。ジャングル『Loving In Stereo』、クレオ・ソル『Mother』、リトル・シムズ『Sometimes I Might Be Introvert』。ここに挙げたアルバムいずれにもプロデユーサーとして関わっているインフロー（Inflo）について、シムズは、「私たちの相性は、まさに比類がない。スタジオでの制作に境界線や制限がなく、自由に新しいことを試せることが、彼との仕事でいちばん気に入っている」（※1）と称賛を惜しまない。

そのインフロが中心となってラッパーのキッド・シスター、クレオ・ソルらと活動していると噂されているものの、アーティスト写真やインタビュー取材が存在せず、レーベル「Forever Living Originals」を自ら運営するDIYなスピリットも注目されるコレクティブ、ソー（Sault）。6月25日にリリースされたこの通算5作目は、「99日後（10月2日）に消える」とアナウンスされたこともあり、彼らの「謎」を増幅させた。

2020年、ブラック・ライヴス・マター運動のさなかに発表した2枚の無題アルバム『(Rise)』『(Black Is)』の戦闘的な印象から遡り、イギリスの緊急通報用電話番号＝999を想起せずにはいられないタイトルを持つこの新作は、2019年の『5』『7』にあったポスト・パンク的なアブストラクトさが冒頭から横溢する。不穏にブーストされたベースと子供たちのコーラスを交錯させた「Haha」。キッズ・ソウルとアイルランド民謡（「蛍の光」！）が混合する「London Gangs」、警官と銃とナイフが身近にある、危険と隣合わせの生活を活写する「Trap Life」、むき出しのブレイクビーツが刺さる「Fear」。R&B、ヒップホップ、アフロ、ディスコなど多層的なリズムが入れ代わり立ち代わり現れるスタイルは、サンプリングカルチャーやグライム、ダブステップ以降の音の意匠であることは間違いないのだが、その影響をあからさまに提示するのではなく、ざらりとしたプロダクションの手触りで強固な政治的態度をアウトプットしていく手腕は見事なものだ。

アルバムは5曲目、父親の殺害を少年の視点から回想する「Mike’s Story」からよりメロウで内省的でくつろいだ展開にシフトチェンジする。改革されないシステムへの憤りや怒りよりも教育とコミュニティの大切さを説明し、ブラック・コミュニティー讃歌に変わって幼少時のトラウマを癒せない大人がアルコールやドラッグに走ってしまうことや、リーダーシップを求める若者がギャングの生活に巻き込まれてしまう現実を生々しく捉える。無題アルバムにあった祝祭感は後退し、甘美なトラックと、生きている場所での葛藤とのギャップが悲痛な現実を浮き彫りにし、胸に刺さる。しかし、シムズのラップで「英国らしさ」とそれをからかうアメリカ人を皮肉っぽく描写した「You from London」や、ジェイムズ・ボールドウィンの小説のサウンドトラックのような流麗なストリングスを湛えた「Bitter Street」など、諧謔やロマンティシズムも忘れてはいない。生きることだけで精一杯の状態であるからこそ必要な余裕、自分さえも笑えるような客観的な視点があることは強調したい。痛みと喜びが絡まり合い、いびつなままそのまま投げ出されている。筆者にとってソーの魅力とはそこにほかならない。

シムズ以外にも、ロータリー・コネクションのようなサイケデリック・ソウル「9」にはジャングルのJ Lloydが参加。そして、00年代にジャングリーなギターを信条に来日も果たし、その後ゴスペル・フィーリングと壮大なサウンドスケープに転向した“ロンドナー“、ジャック・ペニャーテと3曲においてコラボレーションしている（※2）ことも特筆したい。

ソーのオフィシャル・インスタグラムのアカウントは、リリースの前日6月23日、ロンドンの公営住宅と思しき写真をポストし（※3）、このアルバムで題材としている問題を挙げ、「もしこれがあなただったらどうするだろう？」と警鐘を鳴らしている。34分にわたるロンドンの生活者の鮮やかなドキュメントの最後の言葉は、「自分を失うことはない／いつでもやり直すことができる」（「Lite’s In Your Hand」）。いささかありきたりだけれど、連綿と連なるソウル・ミュージックの歴史に基づいた肯定的でパワフルな言葉がとても率直に歌われるとき、自分自身の生き方はどうなのかと問われていることを感じずにはいられない。（駒井憲嗣）