Review

André 3000: New Blue Sun

2023 / Epic
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ニューエイジ・リバイバルと西海岸のミュージシャン人脈から読み解く衝撃的ファースト

18 December 2023 | By Suimoku

アンドレ3000の17年ぶりのアルバム『New Blue Sun』がラップを含まない、ダブル・フルートを中心としたニューエイジ/アンビエント・ジャズ作品だったことは音楽ファンに衝撃を与えた。アルバムには10分以上の長尺なトラックが並び、定型的なビートはなく、柔らかく神秘的なシンセ、さまざまなパーカッションの響き…などがちりばめられている。アンドレがアウトキャスト活動休止後に各地でフルートを演奏しているというのは知られていたが、それをメインにした作品をリリースするというのは驚きだったし、「48歳になってラップしたいことはもうない」発言や《Pitchfork》でのジャンル分けを巡る騒動など含め、賛否ともども、2023年に大きな話題を巻き起こした一作であることには間違いないだろう。

それでは、この作品は本当に話題を巻き起こすような“新しい”作品なのだろうか。背景を整理すると、もともとアメリカでは00年代後半から西海岸を中心にこうしたニューエイジ・ミュージックの再評価が進んでいる。ニューエイジ・ミュージックとは、具体的には神秘的なシンセやシンプルな打楽器の繰り返しからなるような音楽で、そういうものを聴きながら瞑想したりして“宇宙との統一”や”内面の癒し”を求めるわけなのだが、かつてそうした文化は胡散臭く、非科学的なものとして敬遠されてもきた。しかし、それが10年代にポジティヴで、ある種、ファッショナブルなものとして蘇ったのだ。この“ニューエイジ・リバイバル”は、具体的にはララージやヤソスといった音楽家の再発見・リイシューという形をとったのだが、こうした動きは、瞑想がブームになるなどマインドフルネスへの関心が高まるアメリカ社会全体の流れとも足並みをそろえたものだった。このムーヴメントは、アリス・コルトレーンやファラオ・サンダースの(さらなる)再評価や、吉村弘をはじめとした日本の環境音楽の“発見”とも絡み合いつつ、ここ10年あまりのポップ・カルチャーを彩ってきた。

その動きの中心となった一人が、この『New Blue Sun』に参加しているカルロス・ニーニョだ。彼はカリフォルニアを拠点とするDJ/ミュージシャンで、LAのインターネット・ラジオ《dublab》の創業者としてキュレーションにかかわるほか、ビルド・アン・アークやカルロス・ニーニョ&フレンズといった自らのプロジェクトでニューエイジ/スピリチュアル・ジャズ色の強い作品を作って活動してきた。ほか、精力的に客演やプロデュースも行ない、彼がかかわったレコードは150枚を超えるとされる。その共演歴には先述したララージやヤソスのほか、近年、日本でインディ・ヒーロー的な立ち位置になりつつあるサム・ゲンデルなども名前を連ねる。いわば、西海岸の音楽家コミュニティにおける“グル”的存在がこのニーニョなのだ。

この『New Blue Sun』でも、これまでニーニョの作品をリリースしてきた《Leaving Records》のマシューデイヴィッドはじめ、ギタリストのNate Mercereau、キーボーディストのSurya Botofasinaといった“フレンズ”の面々が脇を固めている。アンドレがこうした西海岸のミュージシャンたちと共演に至った経緯を見ると、LAに移り住んだ際にNinoと出会って親交を深め、彼が主催するアリス・コルトレーン関連のイベントなどに参加したあと、定期的にニーニョ宅の地下室でセッションを行なうようになったとのこと。そして、アンドレは今年9月に発表されたカルロス・ニーニョ&フレンズの最新作『(I’m Just)Chillin’, On Fire』にもフルートで参加し、そうした一連の流れのなかで、このソロ・アルバムも制作されたということのようだ。

こうして00年代以降のニューエイジ・リバイバル、アメリカ社会の潮流、アンドレの近年の活動・交流……などを見ていくと、やや唐突だった「フルートを中心にしたニューエイジ作品」も、一定の納得感をもって受け止められるのではないだろうか。また、本作にはアンドレのフルートが入らず、バンドによる瞑想的な演奏が延々と続くパートが存在するが、そういうところを聴いていると、彼は自らリーダーとして主張するのではなく、あくまでカルロス・ニーニョの“フレンズ”の一員として音楽を奏でているようにも感じる。一説によると、本作はスピリチュアリズムにおいて“宇宙の周波数”とされる432Hzにチューニングされているらしく、そうした細部からもアンドレの“仕上がり具合”が感じられるというか、なにもラップ・ファンの期待を裏切るために奇を衒ったわけではなく、西海岸の音楽コミュニティの一員として、そのカルチャーを本気で愛していることが窺える。

とはいえ、冒頭の「この作品は本当に話題を巻き起こすような、“新しい”作品なのか」という問題に戻ると、「必ずしもそうは思えない」というのが本当のところだ。先述したようにカルロス・ニーニョ&フレンズのサウンドから連続するものが大きいように感じるし、R&B/ヒップホップからのニューエイジへの接近という点でも、たとえばソランジュやフランク・オーシャンが西海岸のニューエイジ色の強いキーボーディスト、ジョン・キャロル・カービーと共演してその雰囲気を取り入れるなど、10年代から散発的にそうした試みはおこなわれてきた。むしろ、本作はその二人からも尊敬される大物による“最後発”の取り組みという感じがする。また、いまやニューエイジ的なサウンドがポピュラー音楽のなかで市民権を得て、誰でもそこに関われるようになったということなのかなと思う。

現に『New Blue Sun』は発表後、即座に500万回以上のストリーミングを記録。そのなかの1曲「I Swear, I Really Wanted to Make a ‘Rap’ Album But This Is Literally the Way the Wind Blew Me This Time」は12分以上の長さにもかかわらず《Billboard》トップ100にランクインし、1トラックあたりの最長記録を更新したとのことだ。こうした成功にはもちろんアンドレのネーム・ヴァリューが多分にかかわっているものの、ニューエイジ的なサウンドがもはや特異なものではなく、一定のポピュラリティを得ているという証明になるのではないだろうか。このアルバムを受けて、同じようにニューエイジ作品を作るミュージシャンが続出する……かどうかは分からないが、こうした動きが、今後もある程度大きな存在感を持ち続けるのは間違いないところだろう。(吸い雲)


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